~破壊神・美野 粋なデビュー~
『さぁ、破壊神・美弥のキックラッシュから始まった。爆弾ゲームも第一クォーター、第二クォーターも終了し、現在14対13で弄月がキック差で優勢、だが、狭山コンビの姉がジェルとなってしまう大打撃。一方、足軽はレシーバーに斑目一角の乗るパンサーを起用し、かなり主力となって来ている。現在、20分間のインターバルを使用し、ブリーフィング中。互いにどぉ出るか、楽しみでござんす。』
歯取の実況が、聞こえてくる中、40分以上、動き続けていた全員に疲れが見え始めていた。
「くそっ、フルバックがいなくなった。どぉする」
バイソンの一人が、声を出し、藤田はふと、美弥の方を見て、視線に気が付いた美弥と目が合った。
「田村、フルバックやってみるか?」
「・・・・・・へっ?」
「マトリックスで確か、フォーメーションやった事あるよな?」
「えっ?・・えっ!いや、まぁやった事はあるけど、無理だって」
必死な抵抗も空しく、気が付けばオフェンスで正義の後ろで構える美弥の姿があった。
「セット ハット!」
正義の掛け声と同時に、バイソンからボールが正義に手渡され、ボールを持った狭山妹を守るため前を走り、側面から敵の足軽に思いっきりタックルされる美弥の姿があった。
「翠~、なまら怖いんですけど・・・」
後半に入って、敵がタイムアウトを取り、その間に美弥が津村に助けを求め無線で嘆いていた。
「ま、まぁ・・今の所、しっかり機能してるし、大丈夫だよ」
試合の流れをこっちが掴み始め、21対13と7点差に広げる事に成功したため、どうやらそのまま続行するような話が完全に出来あがっていた。けど、破壊神をフルバックに起用し、何かあると臭わせておきながら、結局パスで何度もファーストダウンを奪い、タッチダウンを決めたため、ただの囮だとばれてしまい、流れは再びどっちつかずの状況が、続いていた。
そんな中、美弥が遂にボロを出してしまった。正義から受け取るはずだったボールを落としてしまったのだ。
「ファンブル!」
敵のチームからは、そんな声が聞こえ、楕円形のボールは予測不可能な動きをしながら、跳ね、全員がそのボールを追いかけた。攻撃権を向こうに奪われ、その後、ラインの力士達が、ランのゴリ押し、ブラストを何度も使い、ファーストダウンを何度も取得し、タッチダウンとトライ・フォー・ポイントでタッチダウンを決められ、21対22と逆転を許してしまった。
「ごめん」
「気にするな、集中して行こう。取り返すんだ」
大正が項垂れる美弥の背中を強く叩き、励ますが、その後ろから狭山妹が落ち込む美弥の尻を蹴り上げ、無言のままキックリターンのポジションに付き、無言のプレッシャーは美弥の落ち込みを更に悪化させた。
敵のキッカーは、穴だとばれてしまった美弥にボールを蹴り飛ばしてきた。
それをカバーに入った狭山妹がボールを受け取り、全員が狭山妹を取り囲むように走りだした。完全に足を引っ張ってしまっている美弥は、孤独感を味わうようになっていた。
「・・・むら・・おぃ・・・田村美弥!」
意識が飛んでいた美弥の耳元で、藤田の声が聞こえ、思わず「ハイ!」と背筋を伸ばした。
「おぃ、大丈夫か?」
「えっ、大丈夫だよ。ちゃんと、足引っ張らないように頑張るから」
大丈夫だと美弥が言うと、何故か藤田がため息をついてきた。
「お前さ・・・何、気を張り詰めてんだ?」
「だって・・・負けたら、カイボー無くなっちゃうんでしょ?」
藤田は、タイムアウトを取り、森谷にある事を伝え、森谷はその伝えられた事を大正に伝える中、美弥を呼び出した。
「ど阿保」
呼び出されたかと思えば、開口一番にそう言われ、更に落ち込む美弥。
「なんか考える前に行動起こすような奴が、負けた時の事なんか考えてんじゃねぇよ」
確かにその通りだが「でも」と反論しようとするが「でも、じゃない」と釘を打たれた。
「なぁ、弄月の意味って知ってるか?」
「はぁ?何、突然」
「月を眺めて楽しむって意味だ。それ以外に何も要らない。俺は、そういう風に思っている。カイボーだってそうだ。走れりゃそれでいい。楽しめればそれでいい」
お前は、楽しくないのか?と尋ねられ、何と答えればいいのか迷っている間に、藤田に肩を思いっきり掴まれた。
「いいか、今からお前に、最高の華を持たせてやる。楽しんで来い」
背中を押され、美弥は再びグラウンドの中に入って行った。
大正からポジションの変更を伝えられ、美弥はレシーバーとして、横サイドに立っていた。
「contact.田村、聞こえるか。今から俺が、お前のメンテナンスをする」
「えっ・・嘘でしょ。正義は?」
「夏樹に任せた。いいか、今から送るルートをちゃんと走れ、無駄な事は考えるな」
美弥の視界には、これから走るルートが送られ、右下に表示され、セットバックから、正義はコールを掛け、その後ろでは大正と狭山妹が構えていた。
「私なんかが、このルートを走ったって、誰も相手にしないよ」
「だからやるんだ。俺はお前を信じてる。お前はどうだ?俺を信じろとは言わない。けどな、俺達を信じろ」
藤田の言葉が終ると同時に、バイソンから正義にボールが手渡され、正義は大きく横に移動し、後ろに立つ大正にボールを投げ渡した。ボールを取った大正に、襲いかかろうと敵が向かってくる中、大正がボールを前へと放り投げた。
大きく弧を描きながら飛んで行ったボールは、ボールが正義に手渡されてからずっと真っ直ぐ走っていた美弥の方へと飛んで行き「止めろ!」という一角の叫び声が、グラウンド中に轟いた。
完全にフリーになっていた美弥は、走りながら後ろを振り向くと、ボールが音を立てながら飛んでくるのが見えた。両手を伸ばしボールを受け取ると、一気に加速し、独走状態で美弥はエンドゾーンに到達した。
『・・・・ブ、ブラボォォウ!なんてこった、破壊神・美弥がビックプレーを叩きだした。自陣20ヤードから、一気に巻き返しそのままタッチダウン!』
客席からは歓声が響き渡り、プレーを成功させた味方は、雄叫びを上げて喜び、美弥の元へと駆け寄ってきた。「良くやった」そんな言葉と手が美弥に叩きつけられ、未だに自分が何をやらかしたのか理解できていない美弥は、放心状態だった。
放心状態の美弥の尻を蹴り上げた狭山妹は、無言のまま親指を立てて見せた。
ビックプレーの流れは、後半になっても止まる事はなく、相手のミスを誘いだすことにも成功し、何と自殺点を相手が出した。その後、トライ・フォー・ポイントで、キックを決めて一点を追加、その後、向こうのキックラッシュが始まるが、残り時間も少なく、おそらくこれが最後のプレーとなるだろう。向こうでは気合を入れてか円陣を組んで、意気込んでいるがかなりの点差を開いていたこっちにとっては、全くの無意味に近かった。
「田村、最後の印籠、お前が渡してやれ」
おそらく、美弥に蹴って来るだろうと予想した大正が、そんな事を伝えてくる。
「・・・浩」
自分のポジションに立った時に、何故だろうか、突然、変な事を言い出してしまった。
「ん?なんだ」
「私、浩の事、信じるよ」
「・・・・おぅ、そうか」
「だから、最後まで見てて・・」
「当り前だ。・・・お前のデビュー戦、粋な感じで終わらせようや」
「うん」
高々と蹴られたボールは、予想通り美弥の所へ向かって飛んできた。
「ツインタワーの、お披露目と行こう」
「了解」
藤田の言葉に、そう答え飛んできたボールをしっかりと取り込んだ。「Go!! Go!! Go!!」美弥の言葉を合図に、全員が襲いかかって来る敵のカイボーとぶつかり合い、それでも取りこぼした敵のカイボーが、美弥に襲いかかってきた。
「田村、二時方向、足軽。左旋回」
「確認」
右から襲いかかって来るカイボーを左に身体を回転させながら、交わし、襲いかかって来ようとするカイボーに正義が、タックルを決め、美弥はその上を飛び越えた。
目の前が一気に開き、向こう先には、敵のエンドゾーンが見えた。だが、その前にはボールを蹴ったピンク色のカイボーが立っていた。
「これ以上先に、行かせるかよ!」
一角が、走って来る美弥に向かって走り出した。
「それは、小麦ちゃんのカイボーだ!返せぇぇ!」
美弥は襲いかかって来るカイボーに向かって大きくジャンプし、拳を振り上げた。真っ赤なカイボーは、ライトを背に向けて拳を振り降ろした。眩しさに一瞬、目を取られたカイボーの顔に、見事にヒットし、芝のグラウンドは大きく凹み、蜘蛛の巣状に破壊された。
ピンクのカイボーは一瞬にして、ジェルと化し、全員が息をのむ中、悠々とエンドゾーンを突っ切り、リターンタッチダウンを決めた。
『破壊神・美弥。まさか最後に自分の噂を再現し、リターンタッチダウンを決めたぁ!そして、試合終了のホイッスルが吹かれたぁ!試合終了!圧勝、弄月寄せ集めチームが、足軽を主力メンバーにした檜山コンビに点差をつけて圧勝!これは、もぅ歌うしかない!』
会場には、テンションの上がりそうな歌を歯取が歌い続け、チーム弄月は勝利の味をしっかりと味わっていた。そんな中、二度のタッチダウンを決めた美弥は、再び放心状態へ成り果てていた。藤田の手を借りながら、やっとの思いでカイボーから出てくると、藤田が「楽しかったか?」と尋ねてきた。
(まぁ、確かに楽しかった)
「楽しかったよ・・・でも」
藤田に肩を担がれた美弥の目頭から、何故か涙が溢れ出してきた。
「なまら、怖かったぁぁ!」
今思えば、何故そのまま抱きついてしまったのか・・後悔先に立たずと言うがその通りだった。そんな写真を夏樹に取られ、次の日の高校新聞には『ツインタワー、片方に寄りかかる』と一面に取り上げられた。
「俺はどちらかと言えば、破壊神伝説再びの方が、良かったと思うけどな」
一面に飾られた写真を見て、顔一面を真っ赤にする美弥に対し、正義は二面にある芝のグラウンドの一部が上手に凹み、その中央で完全に伸びる一角の姿が映し出された物を眺めながら言ってきた。
高校新聞の一面だけじゃなく、全てが美弥に関する物で覆い尽くされ、その快挙を成し遂げた本人は、もはや時の人ではなく仙人になっていた。
「お~ぃ、夏樹。この写真、コピーよろしくな」
正義は、この写真を撮った事を自慢する夏樹に、そんな事を言い放ち、美弥は、友達にすらなって無かったはずなのだが「絶交だ!」と夏樹に言い放っていた。
そんな二人を見て、凸凹コンビの片割れの二人は、暴れる二人を見てため息を漏らしていた。
試合が終了した後、部屋の掃除をしていたオジサンが、食器棚の上から缶ケースを発見し、その中に一枚、興味深い写真が入って行った。
「おぃ、浩・・・・ちょっと来てみろ」
「何?・・・俺、和美さんと、これから弄月高行かなきゃいけないんだけど・・・」
勝負に負けた足軽と弄月高カイボー部との商談は、藤田の要求によって不成立となり、だが、桜田のカイボー以外、必要無いと檜山コンビと狐に言い放ち、今日、カイボーを取りに行く予定だった。
「まぁまぁ、大正にでも行かせておけ」
「・・・?」
妙に笑う浩嗣の提案で、大正と森谷が軽トラで出発した。
「で?一体、何見つけたんすか」
藤田の言葉に、浩嗣は一枚の写真を手渡した。
写真を面倒そうに見る藤田だが、その表情は、一変した。
「田村!」
倉庫で桜田を追いかけ回す美野に大声で話しかけ、ようやく捕まえた桜田に噛みつこうとしていた美野は、噛みつくのをやめた。
「浩~助かっよ~」
涙ぐむ桜田は、美野の包囲網から抜けだし、藤田にくっ付くが「いや、別に助けようとした訳じゃないんで」ときっぱりと否定した。
「おぃ、田村。やっぱ一度会ったんだよ、俺等」
「はぁ?」
首をかしげる美野に、藤田は一枚の写真を突き付けた。
藤田の持つ写真に、倉庫にいる全員が覗きこんだ。写真には、金城正志と美野の母親が一緒に写っていて、二人の間に無愛想な目つきでカメラを睨みつける男の子と、その男の子の上によじ登り、ピ-スサインをする女の子がいた。
「あっ・・・これ私だ」
美野は写真に写る自分を指差しながら、下にいる男の子と写真を持つ藤田を見比べた。
「え・・・えぇぇぇぇ!あれ、浩だったの?あの、すっごい感じの悪い子」
「感じが悪いって言うか、お前がハッチャケ過ぎだったんだよ・・・まぁ今もだけど」
「いやいや、さすがにこの頃の私よりは、今はハッチャケてないわよ」
軽く否定してみるが、そんな美野に対し全員が「えっ?」と声を洩らしながら首をかしげていた事を言うまでもない。
「は~い、ご対面」
森谷の合図で布が剥ぎ取られ、ピンク色のカイボーが倉庫の中にやってきた。
「おぉぉぉぉ!」
全員が唸り声を上げる中、早速解体したい衝動に駆られる藤田は、その気持ちを抑え込み、足踏みをし続ける。
「桜田、てめぇ笑えや!俺達が何のために戦ってきたと思ってる」
「誰が笑えって言われて笑うか!」
結局、あの戦いの後も桜田は満面の笑みを見せる事無く、責任を取れと藤田に追求し、代わりとして、藤田が全員の前で笑みを見せる事となり、藤田の笑みを見た人達は、しばらく夢で魘されたと言われている。
「さて・・・これで、全部が揃った訳で、白薔薇から抜けた事だし、そろそろチーム名を考えようと思うんだが」
騒ぎ続ける正義と桜田。そして、衝動を抑え込む藤田を放置し、大正が提案してきた。
「正義のヒーローって付けたい!」
と提案する正義に、桜田は即座に却下した。
「馬鹿か、それじゃ、まるであんた等、二人が主要キャラみたいじゃないか!むしろお前等は、アクセルとブレーキだろ正義?英雄?あんた等二人からは、かけ離れた存在だ」
桜田に一刀両断され、何故か藤田が落ち込んだ。
「だったら、桜田!お前にピンクなんか似合わねぇんだよ。どす黒い色にすれ!」
正義の反論に、提案を出す美弥や津村の声は届かず、収集がつかなくなった状況に大正は呆れ、森谷は「馬鹿でいいんじゃない」と提案した。
「はぁ?和実、馬鹿じゃねぇの。馬鹿って名前をチーム名にする馬鹿が、どこにいるんだよ、馬鹿」
正義はここで一体何回、馬鹿と言ったでしょう?
「フーリッシュ。かっこいい名前じゃない?」
確かに正義のヒーローよりはマシだと、女性陣は賛成し、多数決ですら男性陣は負けてしまい。チーム名が決定した。
『ボスフーリッシュ(馬鹿者共)』
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
いかがでしたでしょうか?
ここで第二章が終了するのですが『ボスフーリッシュ』はここで一度、終了させていただきます。
いや、申し訳ないです。
続きも書こうと思います。・・・というか、多分、書きます。
自分でも未だに結末が見えないため、こんな曖昧な終了してたまるか!
・・という気持ちに駆り立てられているので、またしばらくしたら『ボスフーリッシュ2』が日の目を拝めるかと思います。
それはいつの日になるか、正直わかりませんが、気に入ってくれた方は気長にお待ちください。
御意見やご感想、お待ちしています。