~爆弾ゲーム 弄月チーム対足軽~
白薔薇と足軽とは、北海道で活動する独立支援のカイボーチームの事である。会員数は、互いに一万を超え、カイボー人口の半分以上が、白薔薇もしくは足軽に所属しているとも言われている。そのため、抗争が絶えず行われ、商談の数だけ、金や商品、カイボーが行き来し、本部の懐が潤うとされている。
「なんで?」
白薔薇と足軽の歴史について教わりながらも、何故それで本部が潤うのかが、理解できない美弥は、マトリックスの世界でマミに話しかけていた。
「藤田浩の見解では、足軽と白薔薇は同一の会社で成り立っていると思われています。そして、その会社は、ケアリングロボットの本社と繋がりがあり、おそらく大量に製造を依頼する事で、紹介料を頂いているのではないかと・・」
未だに、攻撃プログラムと防御プログラムをうまく引き出せない美弥は、合同練習に参加する事は出来ず、リアルの方では、メンテナンスを行う津村が、桜田の指導を受け、現在、美弥はマトリックスの世界で、放置プレイを楽しんでいた。
「でも、証拠も無いんでしょ?」
「はい、ですが、火のない所に煙は立たぬ。とも言います」
マトリックスの世界で、独り言を繰り返す美弥を横に、津村は覚えることの多さに、目を回し、桜田は、目を回す津村に渇を飛ばしていた。
「ねぇ、爆弾ゲームってアメフトのルールと一緒なんだっけ?」
「はい、ですが、安全性の向上によりルールの緩和や、フィールドの大きさなどが相違点として上げられます」
美弥の視点の一部には、グラウンドの広さや、ボールの大きさを比較するような物が、映し出されるが「ストップ、ストップ」と止めに入った。
「マミは、オペレーションシステムなんでしょ?」
「正確には、operating systemです」
「あぁ、難しい単語は言わないで」
「operating systemとは、コンピューターで、利用者とハードウェアの間に合って、利用者がコンピューターシステムをできるだけ容易に・・」
「いや、そうじゃなくて、全部のカイボーにマミはいるの?」
「いいえ、音声案内システムを開発したのは、金城正志と東堂眞美です」
美弥の視線映像の隅には、高校時代の写真が映し出され、父親が立つ場所と、肩を組む金城と浩嗣を挟んで横に立つ母親が現れた。目が潰れるほどの笑顔を見せる金城と母親の顔が、ズームアップされた。
「主な開発者である東堂眞美の名を取って、マミと命名されました」
「じゃぁ、マミは高校時代のお父さんやお母さんの事を知ってるんだ」
「映像記録が残されております。拝見されますか?」
「あっ、見たい」
写真の出ていた部分が、映像に切り替わり、カメラを設置する金城が映し出された。
『よし、オッケイ!マミ、ずっとそれ持ってろよ』
固定されたカメラから金城は離れ、椅子に座り毛布を被り眠る眞美を叩き起こした。
『眞美、眞美、起きろ。完成してんぞ』
肩を揺らされ、意識がハッキリとしない眞美は、目を擦りながら金城に何時かと尋ね、知らんとキッパリと言われ、再び眠りに入ろうとしていた。
『眞美、起きろって、カイボーのオペレーティングシステムが完成してんだよ』
『えっ、嘘!』
意識を取り戻した眞美は椅子から飛び上がり、その拍子に金城の顎に頭をクリティカルヒットさせ、二人はその場に倒れた。
『いや~痛い!マサの馬鹿っ、もっと丁寧に起こしなさいよ!』
『そっちこそ、起きるならもっと丁寧に起きろ!』
眞美は、固定カメラに駆け寄り、状態を確かめようとマジマジと見つめ、金城は、他のメンバーを起こしに、倉庫の隅にある階段を上がり始める。
『うっそ、信じられない。本当に出来てるなんて』
『あっ、名前もう決まってるから、マミにしておいた』
『はぁっ?えっ、なんで・・ちょ、変更できないじゃない!』
眞美は、カメラの横にあるキーボードを打ち始めるが、変更が出来ない事に金城に文句を言っていた。
『ハハッ、親の名前と一緒で、良い名前だろ』
勝手に名前を付けられた眞美は、カメラに力無く、近寄り『もっと良い名前、考えてたのに』と嘆くが、ようやく録画されている事に気が付いた。
『ちょっ、ろく・・・録画って、録画って何よ!どこから撮ってた!』
『お前のぼやきは、永久保存だ。・・・・ヒロっ、ヒロっ起きろ!あっ、ついでに義彦も』
階段を上がり、扉を開くと同時に金城の顔に枕が飛んできた。
『うっせぇ、ボケ!夫婦喧嘩のせいで、こっちはもぅ起きてんだよ!』
『って言うか、ついでってどういう事だ!』
部屋の中からは、浩嗣と父親の若々しい声が聞こえ、二階で繰り広げられる枕投げを、日常茶飯事のように、画面の横でため息を洩らしながら、眞美は見つめていた。
『おぃ、手分けして他のメンバーも呼ぶぞ!眞美、お前は桃花、連れて来いって、完成した記念にみんなで写真撮るべ』
最後に金城の言葉が聞こえ、眞美の手によって映像は切られた。
「桃花って誰?」
「藤田桃花。金城正志、原田浩嗣と同様、カイボー部創立メンバーの一人、後の金城正志の婚約者です」
母親の顔が大きく映ったまま、止まる映像から、先ほどの写真に切り替わり、母親の下に車椅子に座り、オカッパ頭と暗い目つきが印象的で、鋭い目つきでカメラを睨みつけていた。
(なんだか、言い方は悪いが、こんな人に、母親が負けたなんてちょっとショックだ)
「ねぇ、その桃花さんは亡くなったんでしょ。なんで亡くなったの?」
「それは、俺のせいだ。俺を産んだ後に持病を併発して、ポックリだそうだ」
マミの代わりに、突然、登場した藤田が美弥に言ってきた。
「ったく、マミが映像システムを起動させてるから、来てみれば、何やってんだ?」
「えっと、あの・・・これは」
思わぬ登場人物に、慌てふためく赤いカイボーは、必死に言い訳を考えるが、無駄な努力だった。
「いや、ごめん」
「別に謝れても困る。それから、ちょっとこっちと合流してほしい」
「えっ、でも私、爆弾ゲームのルールも全然知らないよ」
「大丈夫だ。ボールを蹴るだけだ」
藤田は、リアルの世界で桜田と津村に話しかけた。
「翠、ちょっと交代だ。I have control.」
「りょ、了解。You have control.」
美弥は、マミに主導権が藤田に移動されたと聞かされ、目の前にあった倉庫は消え去り、大きな芝のグラウンドが目の前に広がった。
「おぉぉぉ」
「田村、お前、映像が切り替わるのに、いい加減慣れろよ」
唸り声を上げる美弥に、横に現れた藤田がため息交じりに言ってきた。
「いや、慣れるもなれないも、これは結構貴重な体験だと思うよ」
「はぃはぃ、とりあえず、グラウンドに置かれてるボールを助走つけて蹴ってみてくれ」
芝のグラウンドには、アメリカンフットボールの競技で使われるような、楕円形のボールが置かれ、藤田に言われるがまま、美弥はグラウンドへと向かった。
「ねぇ、これを蹴ればいいの?」
美弥の叫び声に、グラウンドの外にいる藤田は「そうだ」と美弥に聞こえるように叫び返した。
美弥は、設置されたボールから数歩離れ、助走を付けながらボールを蹴り飛ばした。
ボールは、音を立てながら飛び出し、大きな弧を描きながら、向こう側に見えるアメフトのゴールに使われるポールに当たった。
「ふ~ん、100ヤード以上は、飛んでるな」
藤田は、そんな事を呟き、グラウンドに放置されたままの美弥は、首を傾げていた。
「ねぇ、終わり?」
「うん、今のところは・・翠、You have control.じゃ、また後で」
手を上げる藤田の映像は消え去り、いつも通りの倉庫の風景が戻ってきた。
「contact.美弥、聞こえる?」
リアルとマトリックスをまだ行き来できない、津村は通信で美弥に話しかけて来た。
「うん、聞こえるよ」
「浩となに話してたの?」
「わかんない、ボールを蹴っただけ。ねぇ、それより、私、リアルに戻ろうか?すぐ横にいるのに、通信を使わないと、会話できないなんて、なんか気持ち悪いよ」
「あっ待って、今、電極を繋ぐ練習をしてる所だから」
「えぇ~また放置プレイ?」
「そんな事、無いよ。今から桜田先輩がそっちに行くから」
津村の言うとおり、美弥の目の前にはピンク色のカイボーを装着した桜田が指を鳴らしながら登場した。
「さぁて、攻撃と防御プログラムを同時に出す練習をしようか」
「えっ、嘘。小麦ちゃんと?」
小麦ちゃんと呼ばれ、頭に血が上った桜田は「小麦って言うなぁ」と叫びながら、サーベルを片手に、赤いカイボーに襲いかかった。
美弥が先ほどまでいたグラウンドよりも、広い場所では、原田兄弟や狛犬など、各チームのカイボーが、練習に勤しんでいた。
バイソンは、目の前にいる敵のカイボーを見立てた人形とぶつかり合い、スパイダーは、正義の投げたボールを追って、グラウンドを走り、空中でボールを捕まえていた。
「みんな、キッカーが決まったぞ」
森谷と各チームのメンテナンスの人達にそう言いながら、藤田は近寄って行った。
「なぁに、もしかして本当に美弥ちゃんを使うつもり?」
森谷の心配そうな声に、藤田は「そうだ」と頷き、藤田の答えに森谷は、ため息を漏らした。
「絶対に危ないって、デビュー戦が爆弾ゲームだなんて・・・」
「けど、いつかは経験する。遅いか早いかの問題だ」
グラウンドには、正義の掛け声と、バイソンの人形とぶつかり合う声が鳴り響き、大正が全体練習を始めようと提案した。
「浩も戻ってきた事だし、敵の動きは、浩にやってもらおう。本番、宛らで行くぞ」
大正の言葉に、全員が低い声で返し、グラウンドに向かった。
「敵のカイボーもそのまま出すぞ。ラインは、おそらくモデル力士で固めてくると思う」
藤田は、画面を操作し、大きな巨体をしたカイボーを五体、大正達の前に出し、残りの六体は、甲冑の姿をしたカイボーを出した。
敵のチームの掛け声が鳴り響き、ボールを持った力士が大勢を低くした。そんな力士と、ボールを挟んで体制を低くしたバイソン達が睨み合い、力士がボールを後ろにいる武人に手渡した瞬間、バイソン達は、目の前にいる五体の力士とぶつかり合った。
カイボー同士がぶつかり合う音が鳴り響き、手渡されたボールを持った武人は、力士に守られている間、素早くボールを味方に投げ放った。宙を飛ぶボールをバイソン達は見上げ、放たれたボールをキャッチした武人に、大正が体当たりを食らわせた。
『first down 10』
会場には、敵のプレーが成功したと知らされる言葉が、鳴り響き、向こう側は成功した事を喜び、ハイタッチなどを決めていた。それを見せつけられた大正達はあまりいい思いはしない。
「おぃおぃ、最初っからブレーキに翻弄されてどうするょ。本番じゃ、このプレーが命取りになるぞ」
ディフェンスリーダー狛犬の言葉に、全員が気持ちを引き締めた。狛犬が作戦内容を伝え「break!!」と手を鳴らし叫ぶと、全員が手を鳴らしながら、各自各々のポジションに立った。
再び、足軽の攻撃が行われ、力士の後ろにいるカイボーが、コールを始め、ボールを持った力士が、コールに合わせてボールを後ろに手渡した。
再び、バイソンと力士たちがぶつかり合うが、その間を通って狛犬がボールを持つカイボーに突っ込んでいった。ボールを投げる事が出来ず、狛犬のタックルをまともに食らったカイボーは、後ろに飛ばされた。
『2 down long』
「シャァ!nice choice.」
15ヤードも後退させる事が出来た事に、正義と狛犬はハイタッチを決め、ちょうどその時、桜田から厳しい指導を受け終えた美弥達が登場した。
「おぉお、なんか凄い事になってる」
美弥がそう呟く中、プレーは再開され、敵のカイボーが放ったボールを大正が追いかけ、空中で捕まえる事が出来た。
「intercept !!」
攻守交替だと、森谷は大正の活躍に声を張り上げ、喜び飛び跳ねていたが、敵のカイボーにすぐに抑えられ、敵を動かす藤田を森谷は睨みつけた。
「ちょっと、睨みつけないで下さいよ。俺がしているのは、作戦行動だけで、それ以外はコンピュータが操作してますから」
「後で、覚えてろよ」
森谷の言葉に、藤田はため息を洩らしながらも、攻守が交代したので新たな作戦を、グラウンドにいる人形達に伝えた。
「狛犬の双子で中央ブラスト」
オフェンスリーダーの正義が、何も考えずにゴリ押しの中央プレーの指示を出し、誰もが頭を抱え込みながらも「break!!」と言う正義の掛け声に、オフェンスの体系に広がり、正義の掛け声で、バイソンからボールを手渡された。正義は、後ろにいる双子の一人に、ボールを手渡し、手渡されなかったもう一人が先頭を走り、ボールを持つ者がその後を追って走り出した。
だが、プレーを読んでいた藤田によって、1ヤードも進めないまま、双子は力士達に押し潰されてしまった。
「あいつは、阿保か」
単純な性格のお陰で、捻った作戦が出来ない正義の頭を完全に読み取った藤田は、ため息交じりに呟いた。
その後、残りのプレーも全てランプレーに頼り切り、全て読み取られた正義は、オフェンスリーダーから外され、大正がオフェンスリーダーになる事になった。
合同で行われていた練習が無事に終了した後、倉庫では「ヤダ」と頬を膨らませる美弥に対し、藤田と津村はため息を洩らし、頬を膨らます巨人に、正義は少々、キレていた。
「お前な!頬を膨らませて可愛いとか思ってんなら、鏡の前でやって、ショックのあまり亜空間にでも飛ばされてろ!」
「うるさいっ、自分でも、そんなの小学生までだって自覚してます!」
倉庫の外で軽トラに乗り込んだ大正が、一向に終わらない口論に、口を挟んできた。
「なぁ、乗るなら早くしてくれよ。こっちはとっとと帰って、眠りたいんだ」
「うっせぇ、馬鹿兄貴。夜飯まで、ちゃっかり食っておきながら、帰るとか嫌らしいんだよ。一人暮らし止めろ!」
「うっせぇ、こっちは、ちゃんと給料の中でやりくりしてんだよ。高校生のお前とは、違うんだよ、ボケが!」
睨み合う二人に対し、助手席に座る森谷が「お兄さんが居なくなって寂しいんでしょ」と諭すかのように言われ、正義は「やっぱり帰れ!」と怒鳴り散らし、軽トラは弟に黒い煙を吹きつけながら去って行った。
「おぃ、原田。図星突かれたからって、破壊神の帰りの足はどうするんだよ」
息を荒げる正義に、桜田が追い打ちをかけ、暴れ始めようとする正義を藤田が抑えた。
「好都合じゃない。私、今日帰らなくて良くなったでしょ」
美弥の言葉に、津村が携帯を開き時間を確認して「20分後にあと一本だけ汽車がある」と訂正を入れた。頑としても動こうとしない美弥に、暴れ出そうとする正義を取り押さえながら、藤田が口を開いた。
「おぃ、田村。さすがに駄目だって、きっと、親父さんも心配してんぞ」
「心配?何それ?一度もされた事ないわよ。家に帰って来たら、夜飯食べて、朝日が昇らない間に仕事に出かけるような父親よ」
「大体、どこに泊るってんだよ。言っておくが、また風通しのいい居間に、俺は寝るつもりないからな」
美弥は津村に助けを求め、目をやるが大家族が蠢く部屋に寝る隙間が無いと断られ、桜田も同様に首を横に振り、口を開いた。
「大体、拗れた関係を引き伸ばしたら修正できなくなっちまうぞ」
周りに味方がいなく、美弥は渋々、駅に向かい歩き始め、その後を追い、津村と桜田も、倉庫から離れて行った。
「親の心子知らずってな。ちょっとは、義彦の心配も気付いて欲しいけどな」
倉庫に入ってきた二人を居間で待っていた浩嗣が、美弥の父親を思いそう呟き、正義はそれに納得するかのように、肩をすくませるが、藤田は「それはどうかな?」と否定した。
「田村だって。もう餓鬼じゃない、そんぐらい気付いてるさ」
藤田の言葉に、オジサンは巻いたタオルの上から、頭を掻きながら、複雑そうに口を開いた。
「そうかもな。けど、親思う心に勝る親心って言うくらいだ。子を思う親の心は少ししか、子供に伝わらん」
「だとしても、その諺にあるように、親の心配性には勝らないかもしれないが、子は親を思ってるんだよ」
正義は、座布団運びの山田を探し「山田ぁ、座布団を持ってこい」と笑いながら藤田の腹にパンチを入れた。見事に腹に入った正義の攻撃と自分で言い放った臭いセリフに歯痒い思いで苦しむ藤田を見て、浩嗣は大声で笑った。
「こりゃ、一本取られた」
「いやいや、親父。こんな臭いセリフは、めったに聞けたもんじゃねぇって、明日は雨降るぞ」
事実、次の日は土砂降りの悪天候だった。
駅で津村と桜田に見送られ、頬を膨らませながら、最終だというのに、誰もいない一両編成の汽車に乗り込み、真っ暗な海面に移る月の光を眺めながら、ビルが立ち並ぶ街へと降り立った。
ビルの隙間から見える空は雲行きが怪しく、今にも降り出しそうな帰りたくない気持ちを表しているかのようだった。駅口から数分で我が家が入ったマンションが見え始め、エレベータが上に上がる中で、数え切れないほどのため息を漏らした。
扉を開くと薄暗い廊下が伸び、居間を通って自分の部屋に向かおうとするが、ソファーの上でわざとらしく眠る父親に気付いた。仕事着のままソファーに眠る父親は、いかにも寝ていますと言わんばかりに、鼾を掻き続け、部屋に行く気も失せた娘は、そんな父親の腹に蹴りを入れて起こした。
「そんな見え見えの狸寝入りで、心配してました。なんて言っても誰も信じないわよ」
「・・・普通、そう見えてもソファーに眠る父親を蹴る娘がいるか?」
体をくの字に曲げ娘から受けた攻撃に苦しみながら、父親は声を出した。
ソファーの前に置かれたテーブルから眼鏡を手に取る父親を横目に「おやすみ」と吐き捨て、自室へと向かい明かりを付けると布団の上に『粋がってんじゃねぇぞ!』Tシャツが綺麗に畳まれて置いてあった。
「さすがは、あいつの息子だ。服のセンスが、まるでなっちゃいない。・・・あの店に行って返してこい」
手に取った眼鏡を掛けながら父親は、吐き捨てるように娘に言うと自分の寝室へと向かう途中、娘に「行っていいの?」と尋ねられ、足を止めた。
「行っていいの?・・・お父さん、私を止めようとしてたんじゃないの?」
「一応、止めた。それでも、やると言うなら、それはお前の意思だ。娘の成長を応援しようじゃないか」
互いに背を向けながら行われた短い会話は、親と娘の深い溝に一本の橋を繋いだ。臭いセリフを吐いた父親は「明日、雨が降る」と言い残し、寝室へと向かい、娘は父親に今の表情を見せたくなく急ぎ扉を閉じた。
「まぁ、鉄は早いうちに打てって言うしね。やっぱり帰って正解だったわ」
美弥は、連休明けの教室で椅子に踏ん反り返りながら座り、大声で笑いながら三人に報告をした。昨日の帰りたくない発言から一変しスッキリとした美弥の顔を見て、三人は何やらスッキリとはしない表情だった。
「あぁ、忘れる所だった」
スッキリとしなかった三人の中で最初に口を開いたのは藤田だった。窓側にある自分の机から紙を取り出し、再び近づいて来て美弥に渡した。
「今度の試合で、お前、キッカーだから。ルールを頭の中に叩きこんでおけ」
藤田から手渡された夥しい量の紙とその中に書かれた文章を美弥は目にし、首を横に振った。
「無理だって、こんなにたくさん!」
長い文章を見たら睡魔が襲い始める事を告げると、どこから取り出したか知らないがハリセンを正義が取り出した。
「大丈夫だ。俺がみっちり叩き込んでやる!」
「はぁ?正義が?」
その見た目といい、性格といい、決して頭が良さそうに見えない、むしろ自分と同レベルかそれ以下の人間が本当に、教える事が出来るのだろうかと美弥は心の中で思った。
「・・・おぃ、なんか凄い見下されたような気分なんだけど、気のせいか?」
「えっ?・・いや、ホラ・・普通、教育熱心そうなのって浩の方だと思うな~って思っただけで」
遠まわしに馬鹿そうな正義よりは眼鏡キャラ藤田の方がマシ発言に、全く気付かない正義は「安心しろ」と胸を張りながら言い、口下手な美弥の真意に気付いた津村と藤田は、話題転換を試みた。
「いや、本来は浩が教えるべきだと思うけど、これから仕事らしいんだよね」
「教えたいのは山々なんだが、2時限目が終わったら出かけないといけなくてな。今回の試合会場の申請やらで、色々動き回らなきゃいけないんだよ」
話題転換を試みた藤田だが、自分のこれから行くべき場所を一つ一つ言い始め、憂鬱になり始めていた。
「大体、試合申し込んできた足軽とか檜山コンビが申請手続きをしないんだよ。お陰で、こっちが忙しく動き回る羽目になって・・」
完全に鬱になった藤田は、ぶつくさと文句を言い始め黒装束の死神だとか、同人誌野郎だとか訳のわからない事を言い始める中、マニアックな趣味を持つ夏樹が、一番声を掛けやすい藤田に近づいてきた。
「藤田~、狐が呼んでんぞ」
「はぁ?狐が?」
教室の扉に目をやると、坊ちゃんヘアーの狐が藤田に手招きをしていた。
「どうも、w・村長さん。私、写真部の狭山夏樹と申します。・・・あぁ、あと俺の姉貴等がさ」
w・村長と一括りにされショックを受ける二人に深々と、お辞儀をする夏樹は、藤田の耳元で話しかけようと背伸びをするが届かず、仕方なく藤田は夏樹の顔に耳を近付けた。
「足軽を動かす為にカイボー部の連中、なんか良くない取引してるらしいよ」
夏樹は、藤田に伝え終わると「今度、写真撮らせてね」とショックのあまり硬直する二人に言い放ち、別の男子グループに加わった。
藤田は、狐の手招きにお答えし、廊下へと向かった。
「何の用だ・・・先に言っておくが負けてくれとか言うなよ」
何を言われるのかわかったような気がして、先に口を開いた藤田に、狐は本心を見破られ肩を落とした。
「いや、実はその通りなんだ」
「なら、話す事はない」
「お願いだから、話だけでも聞いてよ!」
教室に戻ろうとする藤田の背中を捕まえて狐は声を張り上げた。そんな狐の必死な表情に、飽き飽きとしながら藤田はため息をついた。
「お前さ、学習能力ってものを少しは持てよ。後先考えずに行動するから、痛い目に合うんだ」
「負けた時の事なんて、考えてなかったんだ」
「知らねぇよ。足軽とどんな取引したかなんて、知りたくもない」
「カイボー部の倉庫にある物、全部無くなる」
「ふざけるなよ、てめぇ」
教室の出入り口から藤田と狐の会話に割り込んできた正義が、狐に冷たく言い放った。
「いくら後継人が、好き勝手に出来る伝統だからって言ってもな。あの倉庫には、創業以来、受け継がれているもんがあんだよ」
「俺だってそのぐらい、わかってるよ。だから、こうやって」
「俺達が負けて、足軽にカイボーを渡せって言うのか?お前等の身でもう売れや」
狐が全てを言い終える前に、正義が割り込み、言い終えると教室に消えて行った。ただ悔しさを噛み締めながら佇む狐の肩を叩きながら「俺達にはどうする事も出来ないね」と藤田も正義同様に伝えた。
「どうせ、檜山コンビには言ってないんだろ」
藤田の問い掛けに狐は小さく頷いた。
「なら、そのまま伝えない方がいいだろ。戦いに支障が出る。負けた後、先輩方にボコられるんだな」
藤田は「馬鹿が」と掴んでいた肩を突き放し、俯く狐をそのまま放置し、教室に入って行った。
二時限目以降、本当に藤田は姿を消し、津村は職員室に用事があると、出て行った。休み時間、美弥は藤田の作ったルールブックと格闘し、何度も正義にハリセンで叩かれていた。
「違うべ、ボケ!攻撃権は四回で10ヤード進まなきゃ、交代するんだよ」
「いや~、もぅ痛い!叩き込むってそっちの意味だったの?大体、10ヤードってどのくらいの距離よ」
「どのくらい?・・・10ヤードは10ヤードなんだよ、ボケ!」
再びハリセンが美弥に襲いかかり、正義は問題を出した。
「四回の攻撃内に10ヤード進めない場合、四回目はどうする?5秒以内で答えろ」
「えぇ、えぇっと・・・四回目の攻撃でパントってものをして、自陣のゴールから遠ざけるためにボールを蹴る」
「正解。得点を稼ぐ方法は、二通りあります。その種類は!」
「ボールを持った人が、敵陣のエンドゾーンに入るか、キックでゴールポストにボールを入れる!」
「正解。タッチダウンとフィールゴールは何点入りますか!」
「タッチダウンが6点。フィールドゴールが3点。ちなみに、タッチダウン後はトライフォー・ポイントで、もう一度、攻撃権が認められ、キックなら1点。タッチダウンなら2点獲得!」
正義は「正解!」と答えながら、ハリセンで美弥の頭を叩き、周りから見たら異様な光景が、教室の中央で繰り広げられ、ブレーキ役の津村と藤田がいないと、こうもあの二人はおかしくなるのかと、一歩距離を置き、全生徒が、早くどちらかが返って来る事を願っていた。
「痛い!なんで、正解したのに叩くのよ」
「ハイ、次の問題!お前の役割は!」
「えっ・・えぇっと、えぇっと・・・」
「遅い!試合開始のキックオフと点数を取った後にボールを蹴るフリーキックじゃボケ!」
教室には、ハリセンの豪快な音が鳴り響き、教室に戻ってきた津村は、勉強をしすぎで知恵熱を発生させ、机に突っ伏す頭から湯気を出す美弥と、何やらスッキリした表情の正義を見て、藤田が早く帰って来る事を願い、ため息を漏らした。
「all man rush. ready go!!」
美弥の掛け声と、蹴り上げたボールを追って正義と大正を含めた10人の仲間が、走りだした。
藤田の操る敵の一人が落ちてくるボールを掴み「Go! Go! Go!」と掛け声を出し、ボールを持つ人を守りながら敵は、迫って来る正義達に突っ込んでいった。敵陣の奥まで飛ばしたボールは、中央付近まで巻き返され、全員が肩を落としていた。
「あぁ、うまくいかないな・・・おぃ、双子。お前等がレシーバーを捕らえる役目なんだから、しっかりしろよ」
バイソンの一人が、佇む双子に話しかけるが、両方ともそっぽを向き、無視された事に腹を立てるバイソンをスパイダー達が止めていた。
「ねぇ、それよりさ・・・私達、女なんだけど、なんでall men rushなの?」
「知るか!その前に、お前は女という単語を辞書で引いてから俺達に聞け」
ちょっとした疑問に、正義がそう答え、カイボーを装着する双子と破壊神から攻撃を受け、数秒後マトリックス内でジェルになっていた。
「それにしても、田村のキックは良く飛ぶな」
ジェルになった弟を横目に、大正が言い、それに対し全員が首を縦に頷き、そんな中、狛犬が、美弥に近づいてきた。
「ビギナーズラックか、素質があるんじゃないか?おぃ、破壊神、俺達のチームに入らないか?」
狛犬が勧誘をする後ろでは、双子が必死に首を横に振り「止めときます」と美弥が答えると双子は、親指を立てて突き出してきた。
「おぃ、狛犬。俺達の目の前で田村を勧誘するなよ」
フィールドの外にいる藤田が無線で声を掛け、狛犬が「冗談だ」と笑い飛ばした。
藤田は「ったく」と声を出し、油断も隙もあったもんじゃないと呟くのを見て、森谷がやけにニヤついていた。
「ホォ、浩が感情的になるなんて、珍しいじゃない」
「何言ってんすか。田村は、まだカイボーを始めて日が浅いからですよ。でも」
「ほぉ!でも?」
「いや、ちょっと気になる事があって・・・」
藤田の発言に、顔を輝かせる森谷は「なんだ。今日は赤飯を炊こうか?」と問いかけるが、尋ねられた本人は、首を傾げた。
「いや、昔、どっかで会った気がするんですよ。それがどこだか、思い出せなくて」
本気で悩む藤田を見て、森谷は期待した自分が馬鹿だったと肩を落とした。
「ハァ・・まぁね。鈍男に期待した私が、馬鹿だったよ」
「聞こえてますよ。誰が鈍男っすか」
「鈍男の正体に気付いていない時点で、あんたが鈍男だ」
フィールド内では、フリーキックの練習が再開され、メンテナンス側の会話も強制終了し、二人は目の前の画面に集中した。そんな二人の後ろでは、赤いカイボーのメンテナンスを行う津村と桜田が、森谷の発言に気を悪くしていた。
「あいつ、俺がカイボーするって言った時は、何も言わなかったぞ」
「私も、小学校の時に柔道をするって言っても、何も言わなかった」
同じ村に暮す先輩と幼馴染から、発せられた言葉と、痛い視線を感じ取り「勘弁してくれ」と呟き、困った表情を見せる藤田を見て森谷は、更にニヤついていた。
「フフッ、人間って面白っ」
森谷の発言に「そんな死神染みた発言はしないで下さい」と藤田に指摘された。
マトリックスの世界での練習を終え、森谷が作った夕飯を食べながら、大家族の居間では、メンテナンス側で行われた会話が話題となっていた。
「依怙贔屓だ!」
桜田の発言に「そうだ、そうだ」と津村が便乗し、藤田が二人を指さしながら馴染みのある、お前等に気遣い訳がないだろと発言すると、それに対し、美弥が頬を膨らませた。
「なにさ~それじゃ、私が浩に気を遣わせてるみたいじゃない。心外だわ」
三人の女性から、いやな目つきで、後ろ指を指される藤田は「どれもこれも和美さんのせいだ」と呟き、黙々と料理を口に運び続けていた。そんな話題で持ちきりになる中、テレビの横に置かれた、一世代昔の黒電話が音を立て始め、誰が出るかを決めるためテーブルを囲み、ジャンケンをした結果、この大人数の中、唯一グーを出した藤田が、珍しく舌打ちをしながら、受話器を取った。
「はい、こちら金田専門店」
藤田の声には、少々怒りが入って聞こえ、テーブルを囲んでいた原田兄弟と森谷は、久しぶりに不機嫌そうな藤田を見る事が出来、顔を見合わせてニタニタと笑って見せるが、受話器から聞こえる慌ただしい声と藤田の表情が曇ったのを見て、笑うのを止めた。
「ヒロ、誰からだ?」
正義の問い掛けに「スパイダーから」と伝えて、再び受話器に耳を傾けた。
『こちらスパイダー。足軽から奇襲を受け、二体のカイボーを破損。一体は、レシーバーに起用予定だった物で、もう一体は、控えの機体です』
「カイボーだけか?怪我人は出てないのか」
『奇襲を受けた際、倉庫には誰もおらず、怪我人はゼロです。我々が駆けつけた時には、去っていました。そちらも十分注意されたし』
「わかった。他のメンバーには、連絡はしたか?」
『バイソンに連絡しましたが、奇襲を受けた後のようでした。ですが、損傷はゼロ。追い返した事を誇らしげに語っていました』
その後、メモ帳を片手に電話を続ける藤田の後ろでは、大正が倉庫から白いパワードスーツを取り出し、正義に投げ渡し、二人は二階へと駆け上がって行った。スパイダーとの会話を終え、受話器を降ろすと藤田はため息を洩らした。
「本格的に動き出しやがった」
いそいそと食器を片づける森谷とオジサンを横に、美弥が久しぶりに手を上げて何があったのかと藤田に尋ねた。
「最初に合った時も、俺に攻撃してきただろ。あいつ等、事を運びやすくするために試合前から、カイボーを片っ端から潰しにかかるんだよ」
面倒そうに首を掻きながら答える藤田に美弥は、首を傾げた。
「でもさ、それって警察とかに連絡されたら終わるんじゃないの?」
「そもそも、日常用以外のカイボーを所持していること自体、違法すれすれなんだ。それが壊されたって警察に言おうが、逆に何で持ってるのって聞き返されて、相手にしてくれないんだ」
台所からは「そんなの当たり前でしょ」と森谷の声が飛んできて、当たり前の事を、当たり前のように言ってくる藤田に申し訳なさそうに肩を落とした。
「まぁ、警察の目がごまかせるからって、好き放題やらせる訳にも、いかないんでね」
藤田は、再び受話器を取りダイヤルを回した。受話器からは呼び鈴が数回鳴り、しばらく経つと、受話器から「もしもし」と声が聞こえて来た。
「もしもし、ブレーキです」
要件を言おうとするが、その前に向こうから、その連絡を待っていたぞと切り返された。
「連絡が遅いんだよ。てっきりやられちまったかと思ったぜ」
「って事は、狛犬の方も奇襲に?」
「いや、今受けている所だ。さっさと兵隊よこせ、さもないと、ディフェンスの要とハーフバックとフルバックのカイボーが、おじゃんになっちまうぞ」
狛犬は場所を一方的に伝えると、すぐに電話を切った。
「突然で悪いけど、ブリーフィングを始めます」
受話器を降ろした藤田は、居間で大人しく座る三人にそう伝えて、倉庫の方へと向かった。
説明会と入っても狛犬の所へ、急がねばいけないため、原田兄弟は藤田から場所を聞き、早速カイボーに乗り込み倉庫から飛び出して行った。
「は~ぃ、馬鹿兄弟。しばらくは私が二人のメンテナンスを行いま~す。移動の際、何か不具合はございませんか?」
『おぃ、そりゃ毎日メンテナンスを行うヒロに対する暴言か?』
「冗談よ、冗談。正義君からの熱~い信頼を受けちゃって浩、嬉しい?」
実戦になると、やたらにテンションが上がる森谷に尋ねられ「止めて下さい、悪寒が走ります」と仕事着に着替え、足にカイボーを装備しながら藤田が言い放った。藤田の言葉が無線を通して聞こえたのか、画面から正義の罵声が飛んでくるが、森谷はすぐに音声を切った。
「大正、そっちはどぉ?」
『隣で暴れる弟を省けば、特に問題はない』
準備運動を始める藤田の横では、津村と桜田は今、真っ暗な道路を走り抜ける原田兄弟の視点を、映像を映し出す眼鏡を通して見入っていた。
「おぉぉ、今、FPSが人気あるってもの納得いくかも」
「そうか、原田兄弟の動きはこんな感じなのか」
曲がりくねった道に入り、映像と一緒に体を横に揺らす二人の後ろからは、大きな体を大きな布で隠した美弥が登場した。
「ね、ねぇ・・・なんで、私も着替えなくちゃいけないの?」
下に置かれたサンダルに素足を通し、恐る恐る藤田に近づきながら美弥が言ってきた。
「仕方ないだろ。兄さんもマサも狛犬の方に行っちゃったし、ここに足軽が来ないって表も無いからな」
足を伸ばしながら「自分の身と自分のカイボーは己で守れ」と藤田に言われ、無理だと美弥は、首を横に振った。
「無理、無理!絶対に無理!私、マトリックスでしか、乗った事無いんだよ」
「大丈夫だ。攻撃と防御のプログラムも同時に出せるようになったんだろ?ゲーム感覚で、やればいいよ」
「うわっ、居間の発言はちょっと問題ありかも」
ゲームと現実を、ごちゃ混ぜにした問題発言に対し、指摘する美弥だが、その背中から津村と桜田が迫っている事に気が付かなかった。
「「そりゃぁ!」」
「キャァァァァーー!」
二人の掛け声と同時に、体を隠していた布が剥ぎ取られ、赤いパワードスーツを身に纏った美弥の姿が公の場に晒された。体の形を完全に表現するパワードスーツに美弥は思わず悲鳴を上げ、その場にしゃがみ込んだ。
「どうだ。破壊神!俺のパワードスーツをエロいとか言っておいて、いざ自分が着た時の感想は!」
「あぁぁ、ごめんなさい、ごめんなさい!悪かったから、返して!」
布を手に持った桜田を美弥は追いかけ、それに便乗した森谷が「へぃ、パス!」なんて叫び、倉庫中を飛び交う布を追いかける恥ずかしい人間は、自分が醜態をさらしている事に、気付かなかった。
「おぃ、田村。そろそろ、最終メンテナンスしたいから、カイボーに乗ってくんないかな?」
「えっ・・・うん」
何の反応も見せずに赤いカイボーの横に立つ藤田の言葉に、少々、心を傷つける美弥に、桜田がため息をついた。
「おぃ、浩~。レディが、恥ずかしい恰好で現れたってのに、その反応はどうよ」
「どうよって言われても、喜びはしゃげって言うんですか?そりゃ、ただの変態ですよ」
藤田の喜びはしゃぐ光景が、目に浮かばない桜田は「まぁ、たしかに」と納得しながらも、ちょっとは反応しろと指示し、どんな反応を示そうか、かなり悩んでいた。そういえば、体力テストの際に、夏樹が目を輝かせながら、スク水が似合うと言っていた事を思い出した。
「スクール水着よりは、似合ってると思うぞ」
真剣な表情で言い放った言葉に、美弥はグーパンチで答え「変態!」と仰向けに倒れる藤田にそう言い放った。
結局、変態になってしまった藤田は、顔を真っ赤に染め上げ、腕で無い胸を隠す美弥に「さっさと乗れ」と指示し、カイボーの腹部を開いた。
「・・・よく、変身のアニメでさ変身するシーンを何度も使い回して、尺を埋めようとするのってあるよね」
「そりゃ、視聴者様への配慮だろ。突然、変身して敵と戦いだしたら、いつ変身したんだ!って、突っ込まれるんじゃないの?」
カイボーに乗り込む美弥を見ながら、津村と桜田がそんな会話を続け、それを耳にした藤田が「じゃぁ変身シーンのように田村を変身させるか?」と聞いてきた。
手、足そして胴体と順番に、カイボーが美弥に装着され、最後に凛々しく構える顔の上から赤いカイボーの顔が装備されると、津村の前に現れた画面にオールグリーンという文字が浮かび上がりマミが「各伝達システム、オールグリーン」と答え、装備の終え、空手のマネ事をし、握った拳を前に突き出し、ガッツポーズを決める赤いカイボーの背景には、大きな炎が灯った。
「どぉ?」
藤田の問い掛けに二人は「微妙」と答えた。
「contact.美弥、聞こえる?」
初めて乗ったカイボーに戸惑いを見せる美弥の耳元から、津村の声が聞こえ戸惑いながらも大丈夫ですと答えた。
「田村、不具合はないか?」
カイボーを装着すると、見上げるほどだった藤田と同じ目線になり、視野の目の前に現れた藤田に驚き、後ろにのけ反りながら尻餅をついた。
「いてっ!」
毎度おなじみの光景に、全員がため息を漏らす中、倉庫の扉を叩く音が聞こえた。
「お晩です!」
熱のこもった声と同時に勢いよく叩かれ、倉庫の扉が揺れ動いた。
誰もが、息を潜めるが「明かりが付いてんだからバレバレだろ」と扉を挟んで言われ、藤田が、扉を開いた。
「悪いけど、訪問販売はお断りなんで」
「誰が新聞配達員じゃ」
揉み上げや、後ろ髪をバリカンで刈上げ、オカッパ頭で丸い眼鏡を掛けた男が、現れた藤田を見上げながら、睨みつけてきた。
「残念だけど、ここにはもぅカイボーは無いぞ、斑目晴信」
「阿保か、後ろにある赤いカイボーをカイボーと呼ばなけりゃ、何と呼ぶ!それに、壊そうとして、ここに殴り込むのに単身で来る馬鹿が、どこにいると思ってんだ」
声を荒げる晴信に対し、少々嫌気がさし始める藤田の横から、桜田が現れた。
「晴信、こんな事して、あんた等、もぅ終わりだよ」
「足軽が勝手にやった事だと言えば、どうとでも出来る。俺達は勝てればいいんだ。先輩のように、走るだけにしか興味を示さない奴とは、俺達は違うんだ」
「だったら、何をしにここへ来た」
「決まっている。商談だ」
桜田の問い掛けに、晴信は藤田の前に拳を突き出し、藤田はその拳に自分の拳をぶつけた。
「今起きている暴動を止めたいだろ。だったら、今度の戦いで、負けた場合、カイボーを一体、手渡すと言う要件を、二体に変更だ」
「ズルイ野郎だ。兄さんやマサが、いない時を狙って乗り込んできたな」
そう言いながらも藤田は、何も躊躇することなく良いだろうと言い、晴信の突き出した拳に再び、拳をぶつけた。
「但し、そっちが条件を変えて来たんだ。俺達が勝ったら、パンサーだけじゃなく、倉庫にある物、全部だ」
「なっ・・・出来る訳ないだろ!」
突き出された藤田の拳に、晴信は思わず後ろに下がった。
「おぃおぃ、俺には個人でチームの商談条件を変えさせておきながら、お前は出来ないのか?そりゃ、一体何の冗談だ。それに、安いもんだろ。俺達のチームは寄せ集めだ。負けたら最低でも8体のカイボーが手に入る。なのに、こっちは勝っても、パンサー一体。とても天秤で量るようなものじゃない」
悩む晴信に対し「勝てればいいんだろ?」と語りかけた。
「くそっ、どうにでもなれ!」
晴信は、ヤケクソになりながら、藤田の拳に自分の拳を思いっきりぶつけた。
『レディィィィス、エェンド、ジェントルメェン。年初めの大会から一カ月、血を漲らせる爆弾ゲームが、これから始まろうとしています。これからどんな、ビックプレーで俺達を楽しませてくれるのか!あっ、でも、高血圧の方は、なるべく興奮しないように見ましょう』
東山の中にこんな会場があり、そして、こんなにも客席が埋まっている光景が見られるとは、思ってもいなかった。芝のグラウンドを立派なライトがしっかりと照らし、朝と変わらない明るさを保っていた。
「うわ~、凄い。小さな村で、こんな施設があるなんて」
「田村・・・・この村って意外と、学生やスポーツ選手が合宿所として使用するから結構有名なんだぜ」
カイボーに乗り込んだ美弥の調整を行う藤田は、目の前の光景に感心する美弥にため息交じりに指摘していた。
『今回の警察予報は黄信号。まぁ、いつも通って事で、よろしく』
「ねぇ、カイボーって結構、取締多いでしょ。なんでこんな公の場を使って、やってるのに村の人達は、迷惑がらないの?」
「そうは言っても、ここから、かなり収益を得ているからな。黙認するしかないんだよ。この村の宿屋は、この時期、満室になるし、相乗効果で、商店街も繁盛してる。ここで屋台を出している人達も、全員、村人だ」
「・・・知らなかった」
ローラーが付いた靴から、スポーツ靴に交換され、その場で足踏みして見せ、問題がない事を証明して見せた。
「大丈夫ッス!」
握った拳から親指を立てて見せる、お調子者。そんな美野に対し「そりゃよかったな」と口ずさむ巨人を見て、叫び声を上げながら男が登場した。
「あぁぁぁ!遅かったかぁ!」
手には、一眼レフのカメラを持ち、腕に写真部と書かれたワッペンを付けた夏樹が、すでにカイボーに乗り込んでいる美弥を見て、残念そうに項垂れていた。
「・・・えぇっと、夏樹君」
美弥は、一度、自己紹介をしていたはずだと、記憶の中から掘り起こし、名前を言い当てた。
「正解、狭山夏樹です。写真部兼、狛犬のメンテナンスをやってます。まぁ、藤田みたく、総合指揮とかは、出来ないから、合同練習には参加してなかったけど。まぁ姉貴達が、お世話になってます」
夏樹の姉貴をお世話した覚えがない美弥は、首を傾げ、藤田が「あの双子だ」と伝えると、美弥と津村の叫び声が、轟いた。
「嘘だっ!だって、似てないもん!似てないと言うより、全然キャラが違う」
美弥の言葉に、頷いて見せる津村。そんな凸凹コンビに、夏樹はカメラを向け「シャッターチャンス!」とフラッシュを焚きまくる。そんな夏樹にカメラ慣れしていない二人が悲鳴を上げ、カメラを構える夏樹を吹き飛ばした。
「まぁね、今は狛犬の所に入ってるけど、昔は狭山コンビって言われてたらしいぜ」
無口キャラを気取っているが、実は家でベラベラと話しまくっているだの、意外と姉の方がシャイで、妹は人見知りが激しいだの、ぶっちゃけトークを夏樹が繰り返す中、左右対称なポーズを決めながら狭山コンビが、夏樹の後ろに現れ、首を鷲掴みにして夏樹を連れて行った。
「contact.聞こえますか?」
「ばっちり」
美弥と津村が、最終確認をする中、試合の登録メンバーの中に、パンサーが入っている事に、全員が驚いていた。
「あのヤロ・・桜田の機体、使いやがって」
グラウンドを挟んで、敵のカイボーが一列に並ぶ中に、ピンク色のカイボーが一体、混ざっているのを見て、正義は登録用紙を握りつぶしながら、怒りを露わにする中、セレモニーが開始され、中央に白と黒のシマシマな服を着た三人の審判に促され、藤田と大正、狛犬がこちらからは、中央に向かって歩き出した。向かって向こうからは、斑目一角と足軽の一人が、歩き出し、審判を挟んで睨み合った。
審判からの諸注意が、行われた。
「オフェンスリーダーの大将です」
「ディフェンスリーダーの狛犬」
「総指揮のブレーキです。よろしく」
「オフェンスリーダーの斑目一角」
「ディフェンスリーダーの足軽・・・」
それぞれが、軽い自己紹介を終わらせると、審判の一人がコインを指で弾き、宙を舞った。
『さぁ、選択権を得た檜山コンビの一角は、レシーブを宣言。チーム弄月のキックラッシュからスタートという事になりました』
互いに笑顔を見せずに、握手を交わし、大正や狛犬が背を向けてグランドの外へ歩き出す中、一角が、藤田を呼び止めた。
「おぃ、ブレーキ」
呼び止められた藤田は、何も返事を返さないまま一角の方へ振り返った。気合を入れた剃った頭が眩しく光り輝き、つり上がった目つきが印象的な一角は、口を開いた。
「この前、言ってたよな。お前等じゃ、役者不足だって・・・役者を揃えてみたんだが、今の感想はどうよ」
「実力の伴わない力は破滅する。それを証明してやるよ」
藤田の挑発に何か言い返そうとするが、その前に藤田が背を向けて歩き出したので、不完全燃焼のまま、一角は、グラウンドの外へ向かって歩き出した。
「よし、それじゃ、今回は総指揮を藤田に任せてるからな。意気込みをどうぞ」
いつもなら大正が、何か演説をするはずなのだが、今回は他の奴等が混ざった合同チームで、そんな訳にもいかない。演説をしたい!そんな気持ちを押し殺し、大正が藤田を指名し、指名された本人は、多少驚いたが、咳払いを一つして、口を開いた。
「知ってるか、桜田って笑ったら結構可愛いんだぞ。そのめんこさは、破壊神のお墨付きだ。桜田が笑ったり泣いたりする度に、何かと理由を付けて田村の奴、襲いかかってるんだ」
藤田の意味がわからん演説に、男共が唸りだし、桜田と美弥は「おぃ!」と指摘を入れる。
「だからな、勝ったらパンサーが俺達に戻って来る。そしたら桜田が俺達に笑ってくれるはずだ。確かに勝ってもカイボー一体だ。負けたらそれこそ大打撃だ。けど、その天秤に桜田の笑顔を加えてみろ。一気に傾くだろ」
藤田は「勝つぞ!」と珍しく声を荒げ、握った拳から人差し指を立てて、上にあげた。それに合わせて全員が人差し指を上にあげた。
「It is worth fighting!! one two three!!」
「four!!」
美弥のキックラッシュから始まり、男交じりの声を出しながら、ボールを高々と蹴り上げ試合が開始された。