痛いのはよくありません!
朝目が覚めて知らない天井が視界に入った時の、なんとも言えない気持ちをどうしてくれようか。地獄のような漆黒の弊社に行かなくて良くなった代償に、私は推し作家の新刊を永遠に読めず、勇者として世界を救うことになってしまっている。まあ魔王討伐なんて命が何個あっても無理なので、断固拒否して城に居座って1週間経つのだけれど。
「おはようございます勇者様。本日はとても良い天気でございますね。魔王討伐などに向かわれる絶好のお日柄でございます」
朝から乙女の寝室に侵入を果たし平然と朝の挨拶をしているのは、この世界に来た日に私の従者になったニコラウスだ。ニコラウスはいつも長い金髪をひとつに結って白い服を着ている元勇者召喚士だ。金色の瞳にバサバサの金のまつ毛という顔が整っているにも程がある男のため、黙っていれば神々しく天使のようである。だがしかし、この従者はあの手この手を使って私を魔王討伐へ向かわせようとする鬼畜なのだ。
「おはようございます、ニコラウス。本当にいいお天気ですね。今日は外でお昼寝して過ごそうと思います」
「左様でございますか。では勇者の神殿に横になれる場所をご用意させて頂きます」
「シレッと修行場へ向かわせないで欲しい」
勇者の神殿とは、勇者が魔王に対抗する力を得るために修行するための場所である。そんな場所で力が開花したら最後、私は魔王の場所まで行かなければならなくなる。そんなのは無理すぎるので、なんとかニコラウスに私が勇者に向いていないことを理解して貰わなければいけない。これがここ最近の私の最重要クエストである。
ベッドで寝たままでは示しがつかないので、とりあえず起き上がりベッドの端に腰掛けた。寝起きでパジャマのまま、髪に寝癖までついているが仕方がない。とりあえず咳払いをして、私はニコラウスに向き直った。
「ニコラウス、よく聞いてください」
「はい、勇者様」
「私は痛いのが無理なのです」
「はい、勇者様」
お返事だけはいつもいいニコラウスだ。私の前に跪き、ちゃんと聞いている雰囲気だけは立派に醸し出している。ニコラウスはブラック企業でも上手くやるタイプだな。
このまま痛いのは無理を押し通すために、私は具体例をあげることにした。泣く子も黙る私の最弱っぷりを思い知らせてあげようじゃないか。
「ニコラウス、あなたは想像もしていないでしょう。でもね、私は予防接種も無理なのです。嫌で嫌で仕方ないのです。痛いから」
「ヨボウセッシュ……?」
「あー、ええと、病気にならないよう針を刺して薬を体内に入れること、ですね」
「は、針を!? なんと野蛮……いえ、過激な儀式でございますね」
「魔王を倒しにいくよりは野蛮じゃないし過激じゃありません」
なんか「驚愕」って感じの顔をしているけど、どう考えても魔王討伐の方が死ぬ確率高いよ。これがカルチャーショックというやつか。話が進まない。
「つまり、私は痛いのが嫌だから魔王討伐に向かいたくないのです。わかってくれますよね?」
ゲームの世界と違って切られれば痛いし、血が出れば最悪死んでしまう。そんな世界でか弱い乙女が魔王討伐なんて無理な話だったのだ。
ニコラウスは私の言い分をしっかり吟味し、頷いてみせた。
「確かに、おっしゃる通りでございますね……」
「わかってくれたのね!」
「はい、勇者様」
やった、これで一生城でニート生活ができるかもしれない! 嬉しすぎてついバンザイをしてしまうあたり、私は生粋の日本人である。
さて、これで今日はゆっくり昼寝ができるな〜などとほんわかしていたら、ニコラウスが私を呼ぶ。
「勇者様」
「はい」
「勇者様のお考えをこのニコラウス、しかと受け取りました」
なんだか雲行きが怪しいぞ。そんな私の予想を肯定するように、ニコラウスは恭しく頭を下げて、こう言った。
「早急に痛みを感じなくする術を開発いたします」
「え」
「勇者様は痛みが無ければ魔王討伐に向かわれるとのこと、今すぐ国中の者に伝えます!」
「ちょ、そんなこと言ってな……!」
「必ずや勇者様のご期待にお応えいたします! では一度失礼します!」
元気に頭を下げたニコラウスはキラキラした目でどこかに去って行った。残された私は呆然とその背中を見送るしかなかった。
「痛みが消えたところで、致命傷を負えば死ぬのでは……?」
その後ニコラウスの言った通り、飲めば立ちどころに痛みが消える鎮痛剤が開発された。「勇者御用達」という売り文句で売り出された鎮痛剤は国民に飛ぶように売れ、ムーンレイ王国の国庫は潤ったらしい。
国民は優れた痛み止めを手に入れてニコニコしているし、王国の財務大臣は思わぬ収入源にホクホクしていた。そして私は今日もニコラウスに対峙して、魔王討伐回避に勤しんでいる。
「あのね、ニコラウス。痛み止めができたことは素晴らしいと思いますが、そもそもの私の主張は『死にたくない』であり、痛みがなくても致命傷を負えば私は死にます」
「たしかにおっしゃる通りでございます。では死なない術の開発を……」
「まずは倫理観を身につけろ!」
私がニート生活を満喫するまで、前途多難である。