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近きものへの墓 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやくんは、自分の家のお墓参りにはちゃんと行っているかしら。

 同じ墓地で隣や近くに墓標のある家って、実は遠い縁を持つことが多いんだって。

 私の家の隣のお墓は、ひいおじいちゃんのお嫁さんの実家だって聞いたわ。私たちの代だと、もう親戚づきあいとかもないんだけどね。

 でも、血はつながっている。これって、なかなか不思議だと思わない? 肉眼で確かめられないことって、少なくとも私には別の世界とか次元の話のように感じられるの。

 たとえずっとそばにいたって、肌身離さず持っているものだって、信じられないわ。私たちすべてが原子でできていることだって、ね?

 そうやって近くにあるものでも、まだまだ気づいていないことがたくさんあるでしょう。

 私の昔の話なんだけど、聞いてみない?



 学校に通っていたときの友達に、ちょっとみんなから煙たがられていた子がいたわ。

 その子ね、やたらおんぶをしてほしがるのよ。特に足が不自由というわけじゃないのに。

 それが許されないところは、できる限りけんけんをしたり、幅跳びをしてみたりと挙動がおかしすぎる。

 まともに歩きや走りをするのは、授業や行事で必要に迫られたときのみ。私だけじゃなく、気になった何人かが理由を尋ねたの。


 そしたらその子ね、「命を必要以上に奪いたくない」と答えたわ。

 微生物の存在を知る機会があって、彼女は自分の周りにとてつもなく多くの生き物がいることを悟ったの。

 自分の一歩一歩でさえ、踏みつけられることで失われる命が存在する。それらを無為に奪うことはできないってね。


 ――あ、こういう子、そのうち肉とか魚とかも食べないとか言い出すパターンじゃない?


 私は思った。

 一度、この手のカルチャーショック的なのにとらわれると、思考までやたらと染まっちゃうのよね。はたから見ると、どうかしちゃったのかってくらいに。すでに似たような経験があったから分かる。

 理由を知っても、それに納得いくかは人次第。予想通り、大半の人が彼女をアホのように思って、距離を置くようになったわ。私も熱病のようなもので、そのうちおさまるでしょと踏んでいたの。

 その子は、私たちのいぶかしみなど、どこ吹く風といった感じで、奇妙な立ち回りを続けている。

 やむを得ずや、あやまって足を多くついてしまったときなどは、帰りの時間を遅らせてでも校庭の片隅に、小さな石の粒を盛っていく。いわく、踏み殺してしまった微生物たちのお墓なのだとか。

 そりゃ、はまっているときはこれくらいやってもおかしくない。

 私は彼女の所作を遠目に眺めながら、そっとしておいたわ。



 その彼女なのだけど、ある日、また校庭の隅へ石を大量に積んだ後で。

 それらよりも一回り大きい石を持ってきて、わきへ置いたのね。お墓代わりなんでしょうけど、これはまた大きい。私たちの握りこぶし以上はある。


 ――その石の方で、余計に微生物を下敷きにしてるんじゃないの?


 などと、いじわるなことが頭をよぎるも、口に出さないのが平和の道。

 私は何食わぬ顔をして、仕事を続ける彼女へ近づいていく。声をかけた時には、もう石を置いて立ち上がるところだったわ。


「夜のお墓を作ってた」


「夜の?」


「うん、私たちが寝るころに夜はやってきて、起きるころにはもういなくなっちゃっている。けれど、その日の夜はもう消えている。二度と会うことはできない。

 つまり死んじゃっているわけでしょ? だからお別れをしてたの」

 

 ――うわあ、こりゃあめんどうなことになったわ。

 

 ミクロなものだけじゃなく、マクロなものにまで目を向けてしまった。凝り性は、よりやっかいに。

 この調子だと、彼女はこれから毎日、お墓を作り続けていく。何かしらのカルチャーギャップが起きない限りは。

 私もどこかが掛け違っていたら、こうなっていたかもしれないと感じつつ、彼女を気にかけるようになっていく。

 彼女としても距離を取られることが多くてまいっていたのか、あっという間に一緒に遊びに行ったりする仲になっちゃったわね。

 お墓づくりには付き合わないけれど、楽しみを邪魔される辛さは知っているし、できる限りの配慮はしたわ。おんぶとかの件もね。

 人目の少ないところ限定で。



 けれど、忘れもしないあの日。

 私は遊びからの帰り道で、またあの子を負ぶっていたわ。

 今日はいつもより遠くに行っていたから、ちょっと陽が傾いている。あちらこちらの建物の影が道路側へ長く伸びていたの。


「この影たちも、あとでしっかりお弔いをしてあげないとね」


 負ぶう私の背中で、彼女はのんきにそんなことを言っている。

 今すぐほっぽり出してやろうかと思ったけれど、我慢我慢……。

 そうやって家までの道のりを、半分ほどすぎたあたり。大きい屋敷の影のところで。


 前方の曲がり角から不意に飛び出してきたのは、首輪をつけていない犬。

 野良犬はまだ見かける時世だったから、それだけなら珍しくなかったけれど、あのブルドッグはあきらかに私たちを見て、敵意あるうなりをあげていたのよね。

 さほどおじけづかない私も、つい後ずさってしまうほどの殺気。それを裏付けるように、ブルドッグはまっすぐ私たち目がけて走ってくる。

 危害をくわえられると、直感したわね。道は大人ふたりがかろうじてすれ違える程度で、車も入ってこないところ。塀も高くて、すぐに逃げ込めそうにない。

 当然、彼女を負ぶっていては逃げることもおぼつかず、あわてる私の背中で彼女がぽつりという。


「――夜といっしょ」


 ブルドックが、私たちのいる建物の影に入ってくる。でも、それっきり。

 穴に落ちたかのように、ぱっとブルドックの姿は影の中で消えてしまったのよ。

 目を見開いて、消えたあたりを探っても何ともない。もちろん、ブルドックが逃げた気配もどこにもなかった。

 気になるのは背中の彼女の言葉だけど、私が背中をゆすったときにはもう、彼女は寝息を立てていたの。狸寝入りだったのかもしれないものの、彼女は自宅に着くまでどうしても起きようとしなかったわ。


 その翌日以降も、彼女はお墓を作っていたわ。できる限り目立たない位置へ作っていたけれど、ときおりその近くを通る時、犬の声を聞いたという人がちらほら現れたわ。

 私にはそれが、ブルドックの声のように聞こえたのよね。


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