9:今日は私の番ですか?
私、リリィは、オーウェンス様のメイドです。それこそ生まれたときから、私はオーウェンス様の専属メイドとして確定していました。
私の本家、アグネス家は、代々クーデリカ家に仕えています。私がオーウェンス様の専属メイドとして仕えているのは、たまたまご誕生された年が同じだったからです。
本当に、オーウェンス様は変わられました。……10歳を迎えたあの日から。
幼少期のオーウェンス様は、本当に明るく、無邪気に好意を周りに与える人物でした。しかし、お歳を重ねるたびに、増えていく淑女教育――そこから、人の醜さを知って以来、あまり笑われなくなりました。
それも一転。
オーウェンス様は、人が変わられたかのように本当に明るくなられました。――幼少期の逆戻りとは少し違った、まるで人まで変化したような違い。
――ですが、そのことに関しては、私は結構どうでもよかったりします。
別に、今のオーウェンス様も、昔のオーウェンス様も、私は大好きだからです。
ただ最近、少し調子が狂うというか……どこか……変、なのです。
学園でも人と多く関わられるようになった、オーウェンス様を見ると少しモヤモヤするのです。特にオーウェンス様が笑われるときは。本当に何なのでしょうか。
私といるときは、オーウェンス様は社交の仮面を外してくれ、私はとっても嬉しいです。
……でも、オーウェンス様といられる時間や、お話ができる時間が減って、少し……本当に少しだけ、寂しい気も、します。
「――って、いけないいけない! 支度しないと……」
メイドの朝はとても早いです。
日が昇る頃には起床し、軽く拭き掃除をします。朝食の準備をしているお母様のお手伝いをある程度終わらせたら、オーウェンス様を起こすのにちょうどいい時間になります。
……問題なのは、このオーウェンス様を起こすことです。
(特に最近の)オーウェンス様は寝相が大変……その、ファンキーです。
お布団は機能していないし、人形だって転落事故を起こしています。オーウェンス様が少なくとも5人は眠れそうな大きさなのに、どうしてそうなるのかが全くわかりません。
その寝相を直すのも私の役目です。起こさないように、初めからファンキーでなかったように、さっさと直していきました。
そこで事件は起きました。
――現在、私はオーウェンス様に抱きつかれております。最後の抱き枕を直しているところ、突然オーウェンス様が私を引っ張ったからです。私を抱き枕と勘違いしてなのか、擦り寄ったり抱きしめてくれます。
(どうしましょう……起こすわけにもいかないし、このままというわけにも……)
私はこの場を切り抜ける策を熟考しました。しかし、思い浮かびません。
私は仕方がなしにオーウェンス様の顔を眺めることにしました。
「リリィ……好きだよ」
オーウェンス様は突如、いつものことを言いました。
「〜〜〜〜〜〜〜!?」
寝言でしょうか(寝言でも言わないでほしいのですが……)、私はその言葉によって顔が熱くなります。
一時の迷いでしょうが、ここずっと猛烈なラブコールを受けているせいか、余計にに体が反応してしまうのです……。
私は鳴り止まぬ心臓を何とか抑えようとしました。
「リリィ……それはダメ……まだ早いよ……」
(夢の中の私に何を仰っているんですか!?)
それよりも、オーウェンス様は夜中いつもこんなことを仰られているのですか!? 誰かに聞かれたりしたら、大変ではないですか……!
「リリィ……ダメ……ダメ……」
オーウェンス様は次第に紅潮していき、色っぽくなります。
普段は無機質な顔をしているので、その効果は絶大でした。
「オーウェンス……様……?」
私は何だか、顔を近づけたくなりました。髪についた埃を取るためです。
そう、だからこれは必要なこと……避けられないことなのです…………。
「――――リリィ、嬉しいんだけど、それはもうちょっと先ね?」
気づけば私の唇に指が押し当てられました。
見ると、オーウェンス様が起きておられたのです……!
「――ッ!?!?!?!? お、おおオーウェンス……様! い、いいいつから、お目覚めになられたので……?」
何とか取り繕おうと、私はいつもの態度で対応します。
「さっきだよ? 目が覚めたら急にリリィの唇が見えたから……それで……」
「あ、あれは……頭についていた埃を取ろうとしていたのです! だから仕方ないことで……け、決してやましい気持ちとか、そういう感情は一切持ち合わせていません!」
「そ、そっか……まあ、リリィから来てくれるのもボクは嬉しいよ?」
オーウェンス様はモジモジと恥ずかしそうに答えた。
「――っ! もう知りません!」
いつも二人きりの馬車では、今日だけ何となく気まずい雰囲気が流れていたのは覚えています。
忘れていまいたが、オーウェンスは社交会モードの時は自分のことを「私」と呼んでいますが、リリィの場合「私」です。




