7:突然のお呼びですか?(後編)
今回は少なめです。何卒何卒。
戦犯(お父様)の申し出を受け入れて数日後、案の定ボクは暇をなくしていた。
やはりお父様の目に狂いはなく、どの商会もボクに交渉をかけてくる。
もちろん、ビーバイシーは考えるよ? ウィンウィンが1番。
ボクの足元を見るような人は、満点の笑顔でお帰ししますわあ。
――あ、令嬢役にも板がついてきた?
「それで、オーウェンス様」
「は、はい」
いけない。まだ商談中だというのにぼーっとしちゃった。
しかも今交渉しているのは、あのカルバン商会なのに。
今後とも、仲良くしていきたいが、それも交渉次第だ。
「――えっと、生産はそちらにお任せしますわ。私はあくまで特許権と、少しばかりのお情けを頂けたら嬉しいですわ。今後ともそちらとは仲良くやっていきたいので」
「特許権、ですか……?」
あ、そうか。この世界ではまだないのか。
「えっと、つまり私のアイデアであると言うことがはっきりわかれば、いいのです。例えば、我が家の家紋とか、それだけでブランド化につながりますから」
「なるほど。ではオーウェンス様はこれ以上のアイデアを持っていると……?」
「さあ……」
ボクは笑顔で返した。
「……そうですか。では今後の方針ですが……」
それからは滞りなく商談は進んでいった。今後も、カルバン商会とも仲良くできそうだ。
「疲れたぁ……」
「お疲れ様です」
来客用のソファに突っ伏していた自分に、リリィが紅茶を差し出してくれた。
今日は、砂糖とミルクがたっぷり入ったミルクティー。うん美味しい。
――リリィは本当によくできた使用人だと思う。
ボクの贔屓目なしでもそう思う。どの使用人とも仲良いいし、学校でもリリィはクラスの中心だ。気配り目配りを常に怠らず、誰にでも優しく笑って、手を差し伸べてくれる……。
――なんか、こう考えてくると、ボクとリリィがふスァしくないような気がしてきた。
「んん……」
「どうかされましたか? お口に合いませんでしたか?」
「ううん、とっても惜しいよ。ありがとう。でも……」
「はい」
「リリィに何にもしてあげられないのが、悔しいなあって」
「――っ! い、いえ! お、オーウェンス様はそのままでいいのです! 私は、あくまで使用人ですから……」
「使用人であると同時に、ボクの婚約者でもあるんだよ?」
ボクはリリィの左手を取った。
「〜〜〜っ! お、オーウェンス様はおかしいです。……私たちは女の子、なんですよ……?」
リリィの頬は紅潮し、潤んだ目でボクを上目遣いで見る。
その言葉と挙動にどうにかなってしまいそうだった。
――しかし落ち着け。クーデリカ・オーウェンス、10歳。
そう言うことに発展するのはまだ早い。
リリィの言葉を引用するなら、もっと段階を踏んで、だ。
だからこそ、ここはしっかりと大人の対応を……。
「……そうかも。ボクはリリィといるとちょっと、おかしくなるんだ……」
リリィの金色の髪に指を這わせ、絡めとる。
「お、オーウェンス様……まだ、ダメですぅ……!」
「リリィ…………」
「――オーウェンスか? 失礼するぞ?」
刹那、ボクらの思考は急激に冷却された。
リリィは元いた場所に、ボクは優雅に紅茶に口をつけた。……むう、冷めている。
「入れ直しますね」
リリィは何一つも問題ない澄まし顔でボクの紅茶に手を取った。
――あ、よく見ると、頬が少し紅い。
「お、お父様……どうされましたか?」
「首尾はどうかと思ってな。聞いたところによると、結局カルバン商会を選んだらしいじゃないか」
「ええ。私の部屋の鏡も素晴らしかったですし、何より、庶民にも親しまれております。貴賤問わず、市民の方々にも普及していくのが、領主の娘の勤めですわ」
「うむ。私の教えはしっかりと受け継がれているようだな。関心関心」
「それに。経済を回すには、やはり上のものより庶民を動かすのが1番です。……富裕層の相手をするのは少し気が滅入りますわ……」
「そうだな。それは追々、オーウェンスに任せるとしよう」
「はい。それが領主の一人娘としての勤めですわ」
ボクは笑顔で答えた。
「さすが我が娘だ」
お父様は私の頭を撫でて後にした。
約束は守ってくれるあたり、なんだかんだしっかりしていると思う。
「あの、オーウェンス様……」
「ーーリリィ。今日ボクはもう部屋に戻るね。用があったらまた呼んで」
「あ、はい……」
その日のリリィはどこかもどかしそうな顔をしていた。




