3:あつさには敵いません?
乙女ゲームの世界に転生して、はや一ヶ月。漸く学校生活にも慣れてきた。
前世の知識を公式チートして、学校でのテストもそこそこ取るようにしている。
充分な食事に睡眠。何一つ不自由のない生活。無愛想ながらも、家族に愛され、何よりリリィもいる。だから不満はない、はずなのだが……。
「暑すぎる!」
そう、暑いのだ。日本の東京に暮らしていた自分には、この領土ミリテムは暑すぎる。
昼は摂氏30度ぐらいだろうか?
夜でも28はゆうにあるはずだ。
夏場の東京も、毎年複数人の熱中症患者が救急車で運ばれてはいたが、ここ最近はずっとだ。――あつい、暑すぎる。
「リリィ……暑い……」
窓全開、身着一枚で、ベッドに寝転びながらリリィに助けを求めた。
「暑いですね……ですが。飢饉当初に比べると……まだマシです……はあ」
「その言葉……さっきも聞いた…………」
「私だって同じ状況なんです。我慢してください」
「――あつい! 暑いったらありゃしないの〜!」
「そんなこと言われも、私もどうすることもできません。いつも言っていた公式チートとやらを使ってみてはどうですか?」
「公式チート……? そんな都合のいいものなんて……――あ、あった」
幸いにもボクは前世機械をバラすのが得意だった(大体戻せなかったけど)。複雑な機甲は思い出せなくとも、なんとかできるだろう。そう、涼を求めるなら、あれだ。あれしかない。
「リリィ、この世界って魔法はあるんだよね?」
「ありますよ。この学園でも、もう少しすると魔法の授業も始まります。そこでは、当主様と負けず劣らず結果を残していただくのが、クーデリカ家次期当主の務めです」
「ま、それはおいおいね」
でも、魔法ってどうやって使うんだろう? めちゃくちゃ長い詠唱をすればいいのか? それとも、頭に浮かべれば出てくる感じ?
「魔法なら、書斎に行きましょう。初級者用の魔導書があるかもしれません」
「賛成」
「おお……これはなかなか」
目の前にあるのは、本、本、本。四方八方、本に包まれている。もう小さな図書館が建てれるかもしれない。
「――おう。オーウェンスのお嬢。そろそろ来ると思っていました」
「ん?」
目をやると、そこには大きな大きな魔獣――ではなく、小さな手乗りサイズのドラゴンもどきがいた。まんまかわいいトカゲにツノが生えた感じ。
「リリィ、このドラゴンもどきは何?」
「もどき⁉︎ お、俺は列記としたドラゴンでっせ!?」
「――え、えーっと。一応、ドラゴンです。ドラゴンのアックスです」
「リリィの姉御も無視!? 俺の扱いぞんざいすぎません!?」
ヤのつきそうな勝気なドラゴンもどきは――
「……もどきは撤回してくだせえ!」
「頭の中にまで突っ込んでくるんじゃねえ!」
「――と、とりあえず。ドラゴン(?)のアックスはなんでここにいるんだ?」
「俺はここの書庫の守りを任されているんでっせ。本のことなら、お任せくだせえ!」
「ん。じゃあ、アックス。魔法を使いたいんだけど、初級魔導書とかないかな?」
「もちろんありまっせ。ただ……魔法を使うであられるなら、少し適性を調べさせて下せえ」
「適正?」
「はい。この世界は火・水・土・風の4大属性と、光と闇の主元素を基本として構成しているんでっせ。それを精霊の恵みとか呼んだりしているですが、それにも人々毎に適性があるんです。――と言うより、この世界の生きとし生きるものは全て、精霊をもとに構築されているんでっせ。だから、生まれつき精霊量も精霊の種類分布も違いまっせ。火が得意な人は、火の精霊が体内に多い、みたいな。その適正――魔導適正を調べるのが、魔法を習う初めのレッスンでっせ」
「――ん、終わった?」
ボクは重い瞼を擦った。
「って聞いてねえし!」
「アックス様。オーウェンス様はこう言う方です……」
「ほんっと、マイペースですなあ。聞いてたんですか? 俺の話」
「んまあ。ぼちぼち?」
「はあ……もういいっす。手をかざして下せえ」
「ん。こう?」
ボクはアックスの小さな右手に乗せた。
「はい……では」
「――んっ」
なんだろうこの体を駆け巡る感じは。何かがボクの体の中を暴れ回って、ぐるぐると体が熱い……。
「はあ。はあ……アックス……。んっ。――ま、まだ……? ――あっ」
こんな声……出したくないのに……んっ。体がふわふわして満たされりゅぅう……。
「――はい。お、終わりましたっせ」
「よかった……」
「オーウェンス様……その破廉恥です……」
リリィは頬を赤らめ、両手を顔に当てていた。
「しょ、しょうがないじゃないか! だって、とっても気持ちよかったんだもん!」
「き、気持ちよかったなんて……はわわ……!」
なるほど。リリィはおませさんなのか……。
「と、とりあえず! アックス! ボクの魔導適正はどうだった?」
「どうって言われましても……もはや感服でっせ……全魔導適正S、魔力量S、精霊の加護まできっちりついてありまっせ……」
「ええええっ!?!?!?」
リリィは大声を上げた。
「ん。それってすごいことなの?」
「すごいも何も! 全ての魔法に適性があるなんて、前代未聞です! その上精霊の加護までついているなんて……」
「はい……俺も長く生きていますが、これほどまでに聖霊に愛されたお方は、世界であなたしかいません……どうか、このことは口外しないよう」
アックスは片目閉じて、人差し指立てて、シーってしていた。
意外とお茶目なやつなのかもしれない。