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2:名前を呼びませんか?

「クーデリカ・オーウェンスと申します。みんなと仲良くできたら嬉しいですわ」


 この国の学校は10歳の誕生を迎える年から入学するそうだ。なんでも、1年ごとに祝うのではなく、5年ごとにまとめて大きく祝うだとか。そして2回目の誕生祝いは入学が主流らしい。


 ――んで。


 ボクはというと、絶賛ぼっちライフを歩んでいます。


 そりゃ当然だ。ボクは立場上、ミリテムの後継。一歩間違えれば処刑されるとか思われているんだろう。さらにいえば、ファンタジー世界よろしく、黒は不吉の象徴と言われているらしい。黒髪黒目に、次期当主。人が近寄るわけがない。


 ましてや前世でもボッチライフを歩んでいたから、人との接し方も碌にわからない。己を恨むばかりだ……。


 そういえばリリィはどこだろう。


「お困りのようですね。オーウェンス様」


 リリィは聖母のような笑みを浮かべた。


「リリィ……。友達ができないんだ。どうすればいい?」


「そうですねえ……。まずはオーウェンス様から話しかけてみるのはいかがでしょう? 緊張感を解くにはそれが一番かと」


「……そっか! ありがとう」


「それと!」


 リリィは走り出したボクの手を掴んだ。


「なに」


「学校では行儀よく、ですよ。緊張を解くと言っても、舐められては困ります。親しき仲にも礼儀ありというように、次期当主としての振る舞いをお願いしますね」


「わかってるって」



「ね、ねえ」


 取り敢えず、その辺にいた男の子3人に話しかけた。


 前世が男だった分、同性(?)の方がハードルが低い。


「……なに」


 彼らは頭からつま先までボクをまじまじと見た。うっわー。これめっちゃ警戒されてんじゃん。どうすりゃいいんだろ。


「ボク……じゃなかった。私、クーデリカ・オーウェンスと申します。あなたの名前を聞いても宜しくて?」


 決まった! 完璧な立ち振る舞いに最後に添えた愛想笑い。今までの淑女教育からだろうか、いやでも言葉がするすると出てくる出てくる。


「……お、俺の名前はカルバンだ。カルバン・クライム。クライム商会ってとこの長男だ」


 カルバンと名乗る少年は顔を赤く染めて、口ごもりながらも答えてくれた。(熱でもあるのかな。)


 背の低い恰幅のいい体に、焦茶色に焼けた肌。おぼっちゃまよろしく、感じの悪い雰囲気は漂わせず、誠実さを感じさせるどこか拍子抜けのオーラだった。


「まあ、カルバン商会ですか。いつもお世話になっております。この前ご購入させていただいた鏡もなかなかのものでしたわあ」


 あれ。信じられないぐらいスルスルと言葉が出てくるぞ。この前見ていた鏡がカルバン商会のものだなんて全く知らなかったし。誰だこの外面だけを取り繕うことを極めた淑女は。


 まるで自分の体じゃないみたいだ。


「ぼ、僕はフェーリです。隣の国のイライザから来た留学生です。……まだこの国の言語は慣れなくて……もしものことあったら許していただけると幸いです」


「いいえ、そんなことはないですわ。とても流暢でお上手です」


 対してフェーリは、背が高く、人種の違いだろうか、生粋の黒人だった。ガタイはとてもよく、その体で迫られるのは少々恐ろしさを覚えるが、しかし根は優しいのだろう、表情は固いものの、柔和な雰囲気を纏っていた。


「……ありがとうございマス」


 あれ。顔を背けちゃって、まだこの国の言葉に慣れていないのは本当なのか。


「私の名前は、言わなくてもわかるだろう」


「――はい。この国の第一王子、ユリウス・ネーゼ様ですね。お会いできて光栄です」


 ユリウス・ネーゼ。この国の第一王子。言うまでもなくイケメンである。金髪碧眼。高身長、誠実さと下のものへの配慮を欠かさない名君主タイプ。


「こちらこそ光栄だよ。オーウェンス。君の父にはとてもお世話になっているからな。今後ともよろしくと伝えておいてくれ」


 お? こいつの距離感近くないか?? 残念だが、ボクはリリィ一筋だぞ。


「ええ。もちろんでございます。――それにしても、この学校は素晴らしいですね」


「ああ。富貴問わず、優秀なもののみが入学を許される聖マルクス学園は、君の父の意向で、創立された学校だ。誰もが平等に……とても素晴らしいじゃないか」


「もったいなきお言葉です。父上もきっと喜びますわ。今後とも仲良くできたら、私は嬉しいですわ。富貴問わず心通った関係を祈って……では」


 ボクは一瞥を交わし、リリィの元へ戻った。



「……どうでした? オーウェンス様」


 リリィはにやにやしながら聞いた。


「見ての通りだよ。やっぱり領主の娘だからかなあ。話していても今一つって感じだよ」


「……そうですか」


 なぜか不服そうな顔をした。


「…………そういえばリリィ。学校では、敬語なんか使わないで。気軽にオーウェンスって呼んでよ」


「そんな! 私は使用人、そんな無礼なこと……」


 リリィは慌てふためき、立場がどうとかどうでもいいことを言っている。――よくはないんだけどね。


「リリィ。ボクたちに足りないものはなんだと思う?」


「え。なんでしょう……」


 唐突に振られた話題にリリィは戸惑う。


「それはズバリ、信頼関係だ!」


「……はい?」


 リリィはいつものごとく首をかしげた。


「カワイイ……じゃなくて! 次に問おう。信頼関係を築いていく上で最も有効な手立てはなんだと思う?」


「さあ……」


「それはリリィ。タメ口だ!」


「……はあ」


 リリィは全く分からないというふうに相槌を打つ。


「いい? 例えばボクがリリィのことを、アグネスとか、リリィさんとか呼ぶとしよう。そしたらリリイはどう思う?」


「……少し、少しですが悲しくなります」


 少しと言う割には、眉を八の字にして、とても悲しそうじゃないか。可愛いやつめ。


「……まあ、そんなことは無いから安心して。つまりね。ボク言いたいことは、そういうことなんだよ。仲良くしたいなら名前呼びから。平民貴族問わず手を差し伸べる父上に近づくなら、これが1番だと思うんだ」


「……なるほど! わかりました。では、当主様がおられないときは、オーウェンスと呼びますね。……よろしく。オーウェンス」


「……! 〜〜〜〜〜っ」


 リリィとの距離感を詰めるために出た嘘だが、その効果は抜群だった。好きな子からの名前呼びは、この場が学校でなかったなら我を忘れてしまうところだった。危ない危ない。


「…………? オーウェンス? どうしたの? 具合、悪い?」


 リリィはボクと額を合わせて熱を測った。突然のことにボクの体は煮えたぎった。


「……熱がありますね。一回保健室に行きませんか?」


「はあ、はあ……。大丈夫だよ、リリィ。これは発作的なものだから」


「そうですか? でしたら尚更」


「大丈夫! ほんとに大丈夫だから……取り敢えず敬語入ってるよ」


「あ……とにかく。辛くなったら言ってね。オーウェンス」


「〜〜〜〜っっっ!!!」


「オーウェンス様!?!?」


 名前呼びにはまだ慣れそうにないようだ。

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