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短編小説

顔文字

作者: なやみムヨウ

「(-_-)」


 ・・・ああそうかい、なら一人で行かせてもらいますよ。

 ランドセルからの付き合いである『的場真衣まとばまい』から送られてきた一通のメールを見た俺は、やれやれと言う感情を二酸化炭素に乗せて6畳の部屋に吐き出した。

 流行りの映画の無料チケットが2枚ひょんなことから手に入ったので、工業高校電子情報科2年のクラスメイトにして、ただ一人の友人にして、思春期の異性である真衣を誘ってみたはいいものの、返ってきたのは冒頭の通りだ。

 「行かない」という意味である。この顔文字が送られてくる時は決まってノーの意志だ。


 真衣は基本メールは顔文字しか送ってこない。

 スティーブジョブズが革命を起こした昨今、ガラパゴスの折りたたみなんてナンセンスだが、メール機能さえあれば細かいことは気にしない。

 良くも悪くもおしとやか、何を考えてるのか分からないが、体躯の良い男子が抱きしめようものならば、どこか確実にヘシ折れるんじゃなかろうかという華奢で白くて細い透き通った身体に腰まで伸びた黒髪は顔まで隠れていて、白襦袢でも着ていようものなら、あだ名は貞子で確定の色気のない女と、俺はメールでほぼ毎回やりとりをしている。


 小学校からずっと一緒だった。

 口数は少ないが、互いに友達がいないもんで、自然と行動を共にしていた。

 せっかく誘ったというのに断るとは付き合いの悪い奴だ。

 彼氏でも出来たのか?いや、流石にそれはないか・・・。


『彼氏と遊びの予定でもあるのか?』


 試しに送ってみた。

 返事はすぐに来た。真衣は顔文字しか送ってこないので、基本返信は早い。


「(^_^;)」


 んなわけない・・・か。

 彼氏はいない、からかわないでという意味だ。

 結局映画は一人で見た。

 何ともチープなラブロマンスだった。

 耳が不自由なヒロインに惚れた男が必死に手話を覚えるという内容だったが、俳優の演技が棒読みなのをカムフラージュするための設定としか思えないくらい、声付きのセリフは大根くさかった。

 

 手話じゃないけど、そういや真衣のメールを理解するのには最初結構手こずったっけな。

 文字を送れと言っても送ってきた試しがない。

 本当に変わった女だ。そしてそんな女が俺のただ一人の友達なのである。


 真衣からメールが来た。


「(T_T)?」


 映画に行かないと言ったくせに感想は気になるらしい。

 映画どうだった?泣けた?ということだ。

 「?」が付いている場合は疑問形なのだ。

 俺は映画の内容をざっくりと送って、特に琴線に触れるほどの内容じゃなかったことを伝えた。

 するとしばらくして返事が来た。

 いつもなら寝ている時以外は5分以内に返事が来るのに珍しく30分もかかっていた。


「($HYRGQ`)」


 何だ?

 見たことのない文字だった。

 流石に分からないので、どういう意味か尋ねた。

 するとまた同じ顔文字が返ってきた。


「($HYRGQ`)」


 ええい、何なのだ。

 そもそも顔文字なのかこれ?

 教えろと聞いたところで顔文字しか送ってこないのだから埒があかない。

 明日学校で聞いてみることにしよう。


 次の日、真衣は教室にはいなかった。

 何だ、今日も病院で検査か。

 真衣が欠席なのはそんなに珍しいことじゃない。

 白くて華奢な見た目のままで、病弱なのだ。

 本人がぼそぼそしか話さないので何の病気なのかは知らないが、知り合った時からずっとそうだった。

 だからこうしてしばしば学校を休むことがあっても特別気に掛けることはない。

 ああ、またか・・・こんな調子だ。

 

 結局顔文字のことは聞けず仕舞いだったが、真衣からメールが来ていた。


「(^_^;)」  


 いいよもう。

 今日顔を合わせたら例の顔文字のことを聞いてくると踏んでいたのだろう。

 真衣から先手を打ってきた。

 欠席しちゃってごめんねとか、聞いてくるのを踏んでいた上での意味だ。

 

 真衣は翌日登校してきたが、それからは互いに変わらずな毎日を送っていた。

 たまにカフェでホットティーを飲みに行ったり、古本屋のワゴンセールでお宝を見つけたり、そんなささやかな楽しさを一喜一憂し、共有していた。


 3年になって、クラスが別になり、互いに進路も決まった。

 俺は一般事務の公務員試験を受けて晴れて合格となったのだが、真衣はここから数百キロ離れた大学へ進学が決まった。

 総合病院の近くとのことだ、身体の方は今後そっちで世話になるらしい。

 

 卒業式を終えた翌日、俺は真衣と駅のホームにいた。

 卒業を終えた真衣は、一足先にあっちの寮へ移るとのことだった。

 大きな旅行カバンを肩にかけていたのだが、重そうだったのでギリギリまで俺が持ってやった。

 

 去年見た、退屈な映画のラストもこんな感じだったな。

 進路の決まった主人公を耳の不自由なヒロインが駅で見送るという場面だった。

 まあ、映画とは男女の立場は逆だし、真衣は変わっちゃいるが耳は聞こえるけど。

 

「元気でな」


 電車がやってきた。

 扉が開いたところで、俺は真衣から預かっていた旅行カバンを彼女の細い肩にかけてやる。

 重みで多少よろけたので、慌てて抱きかかえると、真衣がそのまま俺に身体を預けてきた。

 ふわりとしたほのかな甘い香りが鼻腔をくすぐった。  

 何だかんだで女の子だな。

 真衣は額を俺の胸に押しつけ何かを言ったが、何を言ってるか聞き取れなかった。


 電車に乗り込んで席についたのを見て、俺は手を振った。

 真衣は手を振り返さず、その代わり懐からガラケーを取り出し、いそいそと打ち込みだした。

 間もなくして俺の携帯が鳴る。

 真衣からだ。

 そこにはあの顔文字があった。


「($HYRGQ`)」


 電車が離れていく。

 真衣は笑顔で手を振ってきた。

 ええい、最後の最後にまたこれか。

 結局この顔文字が何なのか、分からず仕舞いでお別れとなってしまった。

 

 卒業記念ということで、親からデスクトップを買ってもらった。

 6畳の俺の和室には本体とモニターとキーボードとマウスを置くための専用の机と椅子が置かれ、やや手狭になってしまった。

 とりあえずエクセルの扱い方に慣れておこうかとキーボードに触れた時、打ち込んだ文字が奇妙な羅列に変化した。

 ああ、かな入力になってるな。 

 ローマ字入力に直し、再度入力を試みる。

 だが、その時指先がピタっと止まった。


「かな入力・・・」


 何かが脳内で閃いた。

 推理ものでちょっとしたきっかけがヒントになった時の探偵の心境って、きっとこんな感じなんだろう。

 折りたたみのガラケーを開け、メール画面を開いた。

 真衣から送られてきた謎の顔文字が出てくる。

 そういえば真衣の部屋にはデスクトップがあった。

 真衣の顔文字を「かな入力」にしてみた。


「ゆうくんすきだよ」


 思考が止まった。

 ゆうくん・・・真衣がいつも呼んでる俺の名前『成本悠なりもとゆう』のことだ。

 映画に誘った時、真衣は断った。

 流行りの映画だった。

 無料チケットは商店街のガラポン抽選の2等の景品だったのだが、映画の宣伝ポスターがでかく貼られていたのを覚えている。

 俺たちのガラケは古い世代のものでネット閲覧は出来ないが、真衣は専用のPCを持っている、映画の内容を調べることくらい出来たはずだ。

 耳が不自由なヒロインのため、主人公が必死になって手話を覚える内容だったのを覚えている。

 真衣は映画の内容を知っていたのか。


 映画の感想を聞かれた時、メールでこう答えたのを思い出した。

 

「別に普通だったよ。耳が聞こえないなら手話を覚えるのは普通だし、好きになるのだって普通だし、何も特別なことはないなって感じだった」


 真衣は顔文字しか送ってこない。

 理解するのには少し苦戦したが、それでも俺は彼女とメールをずっとやりとりしていた。

 俺にとっては特別なものじゃなかったけど、真衣はそうじゃなかったのかもしれない。

 映画のヒロインと自分の境遇を重ねたのかもしれない。

 皮肉にも電車で見送るという、映画のラストと同じ形でのお別れだったが、あの映画、まだ続きがあったな。

 

 俺はキーボードのかな入力の配置を見ながら、真衣にメールを打った。

 そうだ、映画ではヒロインが手話で別れを告げたあと、最後に電車の中にいる主人公にメールで想いを伝え、その後再会するという終わり方だった。


 だったら俺が真衣に送るべき言葉は・・・。

 電車の中で受け取った真衣はどういう顔をするだろう。

 喜ぶだろうか、映画のラストのような展開になってくれるだろうか。

 

 30分後、俺の携帯が鳴り出した。

  


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