第四十一話 過去の記憶
「ごめんね。服、めっちゃぬらしちゃった。」
あれからどれだけの時間そうしていたのかわからないが、総長のシャツの胸元はぐしょぐしょに濡れてしまっていた。
「いいよ。別に」
総長はまた無表情に戻っていた。
「じゃ、そろそろ俺病室戻るわ」
「うん」
総長は椅子から立ち上がった。
「…ありがとう」
心から、笑えた気がした。
総長は表情をかえずにつぶやいた。
「…うん。その笑顔は好き」
それだけ言うと、背をむけて扉へ向かった。
「あ」
と思うと、突然立ち止まる。
「?どしたの?」
尋ねると、くるっと顔だけ振り向いた。
「俺のこと名前で呼べば?」
「そう言っていたずらっぽくにやっと笑った。
いつも死んでいる目は無邪気に輝いている。
…そんな笑い方は初めて見た。
「…!!なっ!///」
そのまま総長は病室を出て行った。
いつの間にか呼んでいた…。
恥ずかしさと不意打ちの笑顔に、体温が急上昇した。
「失礼しまーす。黒井さーん、体温はかり…どうしたんですか!?顔真っ赤ですよ!」
入ってきた看護師さんがあわててかけよってきた。
「いっいえ!!な何でもありません!!大丈夫ですから!!」
土屋は瞳の病室をでた。
さっきの自分の言動が信じられなかった。
『昔の…』
あのあと俺はなんて言おうとした?
胸が痛くなり、顔をゆがめてしゃがみ込んだ。
くしゃっと片手で頭を抱える。
「…桜…」
*
瞳の病室を出た後、絵理子はアンディのもとへ急いでいた
あの事件の後、JOKERはRIDAの監視下に置かれていた
彼らは随分とおとなしく捕まっていたので
絵里子はしばらくの間メンバーに抜けると言ってその場から離れた
「おい、帰ってきたぞ」
倉庫の前から声をかける
誰からも返事がない
悪い予感がした
慌てて倉庫を開けると
そこに広がっていたのは
地獄絵図だった
メンバーがすべて地面に這いつくばっている
それぞれが血にまみれて、とても直視できないひどい状態だった
絵理子は慌てて沙織のほうへかけよった
「沙織…まさか、これは…」
「すまない、逃げられた…」
「くそっ!!」
*
目が覚めたときには、自室に居た
心配そうに覗き込む詩織の姿が目に映る
「アンディ、大丈夫!?」
「し…おり…」
「よかった、無事だった…」
詩織は心底ほっとした様子で俺の体に腕を回した
俺はようやく目が覚めてきた
そうか、俺は、土屋に負けたのか…
「他の奴らはどうなった?」
「…分からない…あたしはRIDAの奴らに捕まらないようにアンディだけ連れて逃げてきたんだ…」
「そう、だったのか…」
「だけど、本当によかった…」
温かい温もりが伝わってくる
『アンディは…愛されたかっただけなんだよ。』
そうだね、瞳
これが、俺の長年求めていたもの…
なはずなのに
何故だろう
渇く
渇く渇く渇く
全然満たされない
潤わない
「これからはあたしがずっと側にいるから」
「だから、もう人を殺すなんて考えないであたしと一緒に静かに暮らそ?」
なんで
ここに居るのが瞳じゃないのだろう
土屋…
全部、土屋のせいで…!!!
「…、駄目だ」
「え…?」
驚いたように、詩織が顔をあげる
「お前じゃ駄目だっつてんだよ!!!」
「がはっ!!」
俺は気づけば、その体を思い切り壁に叩き付けていた
「アン…ディ…」
「瞳、やっぱり違ったよ誰でもよかったわけじゃない俺は、瞳に愛されたかったんだそうだ…俺はやっぱり瞳のことが好きだったんだよ瞳じゃなきゃ駄目なんだ瞳瞳瞳、瞳、ひとみ…」
居ないはずの相手にぶつぶつ呟き続ける
こんなことに今更気づくとは
だけど、もう
彼女の心は離れていってしまった
「アンディ…ど、して…」
「うるせえんだよ!!!」
まだなにか言っているのが耳障りで
首を勢いよくしめると、ごきりと音が鳴った
死んだだろうか?
もうそれすらもどうだっていい
俺は動かなくなった詩織を置いて、夜の闇に消えた




