第三十七話 迫る闇
たつのぶが帰ったあと、しばらくぼーっとしていた
たつのぶ…
たつのぶ…
思い返すだけで涙が零れ落ちる
駄目
もう、泣かない…
強くなるんだ
涙を拭ったとき、ふいにチャイムが鳴った
アンディは普通に入ってくるはずだから、誰か違う人だろう
おそるおそる扉を開くと
懐かしい人がそこに立っていた
「西村くん!?」
高校生には見えない大人びた顔
「瞳ちゃん!」
「西村くん!?どうしてここに…!?」
西村君はクラスで一人ぽつんと座っていた私に
唯一声をかけてくれた人だ
「ああ、たつのぶって奴から居場所聞いたんや
実家のほうには帰ってないみたいやったし
プリントとか持ってくるついでに、ちょっと顔見たい思ってたからな」
迷惑やった?と首をかしげられる
ううん、と私は首を振る
「たつのぶが、この時間なら大丈夫言ってたから来たんや…瞳ちゃんこそ、…最近どうして学校来てないんや?」
「それは、…いろいろあってね」
「そうか…まあ、無理やり聞くわけにも行かんみたいやな…」
「…ごめんね」
「まあ、悩んでることあったら、言えや?何でも聞いてやるさかい…」
「うん、うん…ありがとう」
私は、なんて人に恵まれているんだろうと思う
こんな私に心配してくれて、支えてくれる人がいる
それだけで心強かった
「これからは、あんまり学校には来れなくなると思う…」
「…嫌やなあ…」
西村君はため息をついた後、もう一度嫌やなあと言った
私は無理やり作り笑顔を浮かべる
「大丈夫、また会えるよ…」
「…そやな、じゃあまた」
「じゃあね!」
彼とは笑顔で別れた
また同じクラスで、笑い合えることを信じて。
だけど
その後、彼と会うことは二度となかった
*
それからも、アンディの暴力はひどくなるばかりだった。
「最後に答えを出すのは瞳、自分自身だ」
たつのぶの言葉が繰り返し聞こえる。
覚悟を、決めた。
「別れて」
アンディにメールを送る。
たった一言。
たつのぶと絵理子にも知らせた。
でも、やはりアンディは許さなかった。
毎日あたしの家に来て
あたしの学校に来て
どんどんあたしは痩せていった。
そして…運命の時がきたんだ。
「俺が話をつける」
たつのぶがそう言った次の日、アンディから電話があった。
「港の倉庫。来ないとたつのぶ殺すから」
それだけ言って、電話は一方的に切られた。
その日は雨だった。
あたしは傘もささずに倉庫へ向かう。
たつのぶの無事だけを思って。
土砂降りの雨の中、たつのぶとアンディは対峙していた
「用ってなんだ?」
「直に分かるよ♪」
辺りには緊迫した雰囲気が漂っていた
じりじりと間合いを詰める二人…やがてアンディがたつのぶめがけて走り出した
「へああああ」
「しゃあ!!」
返り討ちにあって、アンディが倒れる
ペッと血を吐く、アンディの手には銀色が見える。
「やめてえぇぇ!!!」
「瞳…?なんで、ここに…?」
二人の手が止まった。
「たつのぶ…無事でよかっ…」
そこまで言ったところで、アンディの手があたしの首にかかった。
「瞳!やっと会いに来てくれた!会いたかったよ!どうしてずっと俺を避けてたの?ねぇ?」
「かはっ…アンディ…苦し…」
次の瞬間たつのぶがアンディを吹っ飛ばしていた。
「瞳に触んな。下衆やろう」
たつのぶは見たこともないほど怒りに満ちていた。
と思うと、あたしの向けて、優しい笑顔を向ける。
「大丈夫か?」
「…うん」
「大丈夫だ。絶対守るから」
たつのぶ…
失いたくない
心が叫ぶ
あたしはそれに気づかない。
迫る闇に
「ははははは!何言ってるの?
俺と瞳は愛し合ってるんだ!お前にそんなこと言われる筋合いはないよ!」
「違う!」
『逃げるな』
たつのぶの言葉を繰り返す。
アンディをまっすぐに見た。
「お願い。別れてアンディ。今日はそれを言いに来た。」
とうとう
言ってしまった
怖くてアンディの顔が見られない
おそるおそる顔をあげると、アンディは今にも泣き出しそうな顔をしていた
「はは…なん、で?」
「ごめん…」
しばらく沈黙が続いた
「くくっ…はははっ…」
やがて小さく笑い声が響き始める
「あははあはははははああ!!」
突然、アンディが豹変した
「そっか…、そうなんだ…瞳も、俺がいらなくなったんだあ」
アンディの目元から、だらだら雫が零れ落ちる
雨?
それとも、泣いているのだろうか…?
「ひひ…はあ、じゃあさ、瞳…一緒に死のうよ…もう生きてる意味、なくなっちゃった」
「な、に言って…」
そしてアンディはどこからかナイフを取り出した
あの綺麗な笑顔で、あたしに迫る。
「これで、永遠に瞳は俺のものだ!!!」
反応すらできない
「瞳、瞳瞳瞳瞳…ひとみいいいいい!!!」
一瞬のことだった
「危ないっ!!!」
愛しいにおいが鼻をかすめる。
愛しいぬくもりが
あたしを抱きしめる。
たくましい
大きな背中
あたしはいつも
この背中に守られてきた。
「ひ、とみ…」
いまなにがおこったの?
強くあたしを抱きしめていた腕がゆるみ、
たつのぶの体はそのままずるずると力なく崩れ落ちる。
真っ赤な血が雨と混ざり合う。
なにが、おきた、の?
「あははははははは!!!」
「っ貴様ああああ!!!」
笑い続けるアンディに、絵理子が向かっていく
絵理子の一撃で、アンディは地面に倒れふす
雨は激しく降り続いていた




