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第三十四話 過去

それから1週間が過ぎた。


みんなの容態が、順調に快復へと向かっていた。




風神は今かずゆきが全てをしきっているらしい。

何かと大変だろうに、病院にも顔を出す。


なんやかんやあたしの病室にも来るし。

嫌味しか言わないけど。

No3君も毎日あたしの病室に来ては看護婦さんに怒られている。

毎日のように4人で話して、楽しくて、嬉しくて、

やっぱりこの人たちは、あたしにとって大切な人なんだって実感した。

…こんな大好きなみんなに、迷惑も心配もかけて、怪我だってさせてしまったのに…

もう隠しているわけにはいかないよね…。

みんな、あたしとアンディのことは一度も聞いて来ない。

気を使ってくれてる。


なんていい人たち。


『何か辛いことがあったら、あいつらを頼れ。一人で溜め込むな』



そうだね。たつのぶ。もうあたしは一人じゃない。


話す時が来たのかもしれない。


「瞳ちゃんおはよー!」


今日もNo3君が病室にやってきた。

続いてかずゆきと総長も現れる。

心臓は破裂しそうなくらいに激しく動いている。

出来ることなら知られたくない…あたしの過去…


あたしのたくさんの罪の一つ…

でも、もう決めたんだ。

前に進むって。

彼らと一緒に。


「…あのさ」


あたしの声に、3人の視線が集まった。

いつもと違うと分かったのだろうか、

ふとんの上で固く握りしめた手。


「なに?瞳ちゃん」


顔を上げると、そこにはいつものNo3君の笑顔。

少し力が抜け、ゆっくりと口を開いた。


「みんなに、聞いてほしいことがあるの。」

そして3人にしっかりと視線を合わせた。

「あたしの…過去のはなし」


あたしがアンディに出会ったのはもう二年前。

中学三年生の冬だった。


その頃のあたしは、ちょっと色々問題を抱えてて、生きてることの重圧に耐えられなくて、何をするにも無気力だった。


自暴自棄に近かったのかもしれない。

その日も、学校さぼって家にも帰らずに繁華街をふらふらしてた。


疲れたからベンチに座ってぼーっとする。

道行く人達はみんなバカみたいにうるさくて、バカみたいに幸せそうだ。


何がそんなに楽しいのか。

くだらない。


「ねぇ彼女一人?かわいいね♪」

バカ面した男が目の前に来た。

「………」

「俺と遊ぼうよ♪いいホテル知ってるよ」


あぁ…なんてくだらない世の中だろう。


「…やめた方が良いよ」

「そんなこと言ったって無駄だよ…」

「あたしが毛呂村竜信の女だって言ったら?」


男は一瞬で真っ青になった。

「!?毛呂村の…?」

「うん」

抑揚のない声で言うと、男は舌打ちをして去っていった。


…竜信の女なんて嘘。

彼は幼なじみで大切な人。

町一つ牛耳る族の総長で、毛呂村という名前を知らない人なんていなかった。


引っ越してからはほとんど会っていないけれど。






また一人になった。

相変わらず人々は楽しそうな笑いをたたえて通り過ぎてゆく。

…あたしはいったい何をしてるんだろう。

自分自身にむなしさを覚えた。


誰もいない

誰も助けてはくれない

夜は待っても待っても夜のままだ。



苦しくて

苦しくて

自分の膝に突っ伏した。


下を向くと、涙はとどまるすべをなくして無力にちってゆく。

「一人なの?」


声がした。

気づいたら、隣に知らない男の人が隣に座っている。


「おれもなんだ」


びっくりして顔をあげると、彼はやわらかく微笑んだ。

先に手をさしのべてくれたのは、アンディだった


「はい。」


アンディは自販機で買ってきたホットココアをあたしに手渡した。


「…ありがと」


しばらくお互い無言でココアをすすっていた。

12月の夜はやはり凍えるような寒さだった。

かじかんでしまった手が、ココアの熱でじんわりとほどけてくる。

横目でアンディを見た。

よく見るとすごくきれいな人だった。

格好もおしゃれで、雑誌などに載っていそうだ。


「なんでこんなとこにいたの?」

「え?」

突然話しかけてきた。

「君のこと、たまに見かけてたんだ。ここらへんで」

薄い唇がきれいな曲線を描いて微笑んだ。

絵に描いたような整った笑顔。

でもどこかとても、寂しそうなものだった。

「あー…あんま家に帰りたくなくて。よくここらへん徘徊してるから。」

「親と…仲良くないの?」

「んー…たぶん。よくわかんない」

「ふーん」

「うまく説明できないんだけど…なんていうのかな。どこにもいたくないって感じかな」


ココアを一口すすった。

体中に甘さが広がる。

「それ俺もわかるなぁ」

「え?」

アンディを見ると笑っていた。


…なんて…切ない笑顔なんだろう。




「…寂しいね」

なぜだか涙がでそうになり、あわててうつむいた。

ココアを握っていると、首にぬくもりが広がった。

「寒いでしょ」

肩にふわりとマフラーが巻かれた。

「…あなたはどうして?」

「?何が?」

「あたしをよく見るってことは、あなたもここによくいるんでしょ?」

アンディはあたしをじっと見つめてから前を向いて話し始めた。

「…家にいても、いなくても一緒だから。」

「?」

明らかに疑問の色を顔に出すと、アンディはきれいに笑って言った。

「俺、透明人間なんだ」

「なるほどね…それで『誰も愛してくれない』か」

かずゆきは髪をいじりながらつぶやいた。


「…親にきらわれてたの?」

「…無視…なんだって」

「え?」


「夜は仕事でいないし、昼間も色んな男の人と会ってて、顔を合わせることは少なかったらしい。いつもお金だけテーブルに置いてあって、アンディはそれで生活してたって。たまに家にいるときも、まるでそこには誰もいないみたいな、完璧な無視」


病室に沈黙が訪れた。


『じゃぁ、なんで俺なんか生んだんだろうね』


そう言ったアンディの顔は、今でも脳に焼き付いている。


【アンディって人、颯太に似てる…かもしれない】


それからあたしとアンディは毎日のように会うようになった。



お互いすごく惹かれあったんだと思う。


アンディははすごく優しかったし、あたしの話をいつも聞いてくれた。




すごく…大事にしてくれた。


あたしもアンディが大事だった。


アンディの傷を、少しでも癒せたらって思った。




*




「瞳!」



それから一ヶ月位して、たつのぶがあたしの町に帰ってきた。

「たつのぶ!久しぶり!」

「元気そうだね、瞳」

「絵理子も…お帰り!」

長い抗争のためしばらく町を出ていた二人は、まっさきにあたしに会いに来てくれた。

久しぶりに、三人で朝まで語り合った。

「え!?瞳彼氏できたの!?」


「…うん」


二人はウーロン茶を吹き出しそうになる」


「アンディって言ってね…」


大切なたつのぶと絵理子に、あたしは今まであったことを全て話した。


「そっか。なんか瞳、前より元気だなって思ってたんだが、そのアンディって奴のおかげなのかな」


絵理子は嬉しそうに言った。


「よかったな。瞳」

「ありがとう」


「でも、なんかあったらちゃんと俺を頼れよ。ぜってー守ってやるから」




「…うん」


思えば、このときが一番幸せだったのかもしれない。


幸せすぎたんだ。きっと。

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