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第三十一話 伊賀 仁…?

「瞳…起きて」


ずいぶん長い間寝ていた気がする

呼びかける声にうっすらと目を開けた


「なに…?」

「なにって、今日は楓神を潰す日だよ、忘れちゃったの?」


楽しげなアンディの声に、一気に意識が覚醒する


「楽しみだなあ、あのきれいな顔をぐちゃぐちゃにしてやるんだ」


そう言いながらアンディは棚の奥から、一本の刀を取り出した

アンディは刀を鞘から抜きとり、舌なめずりする


真っ青な刀身…

この刀には見覚えがある


竜信は、この刀で殺された…!


土屋くん…!!


「心配しなくて大丈夫、サツに捕まるなんて間抜けは

二度としないから」


「アンディ、やめて、お願い…」


「その目でちゃんと見てて?土屋が俺に殺されるところ」


「アンディ…」


「風神を潰せば俺達の間の邪魔者はいなくなる


そしたらずっーとずっとずっとずっとずっとずっと一緒に居られるよ。瞳はなんの心配もしなくていいよ。もうここからでなくていいんだ。ずっと俺だけ見てればいいんだから」

「…ッ…」

「あれ?なんで泣いてるの?…そっか、そんなに嬉しいんだね、俺も愛してるよ」

「話を、聞いて…!」

「さあ、もうJOKERのアジトへ行く時間だ」

制服に着替え、どうにか力を振り絞って外へ出た


*


JOKERのアジトは今まで見たことがないくらいの人で

ごったがえしていた

それでもアンディの登場に周りが気づくと

みなアンディのために道を開けた


「ボスのご到着だ!!」

周りが一気にざわつき始める


アンディが中央のソファーに座ると、そこに一人の男が現れてすっとひざまづく。

真っ黒な髪に真っ黒な特攻服…

そしてなぜか白いマフラーを巻いていた

「仁…、久しぶりだな」

「はい、総長」


しばらくアンディと話しているかと思うと

唐突にこっちに向き直った



「あなたが瞳さん…?」

「え…?」


まさか話しかけられるとは思わず戸惑った

「総長から話は聞いてます

JOKER副総長、伊賀イガ ジンと申します、以後お見知りおきを」


JOKERはわりと下品な感じの人が多いと思っていたが

この人は他とは一線を画しているように思えた。

こういう静かな感じの人ほど、強いことは多い

だから副総長の座を手に入れたのかもしれない…




視線を横に向けると詩織さんがこちらを睨んでいるのに気づいた

彼女はオレンジ色の特攻服に身を包んでいた。

禍々しいマークのついた刀を腰にさしている。

「あなた、なにその格好?戦う気もないんだ、いいご身分ね、あたしはアンディのためなら自分の体だってはるわ!!」


なんて強い人だろう、と思う

愛する人のために、自分の体をはることができるだなんて…

あたしは…竜信を守れなかった。

でも…土屋君達は…絶対守りたい。


「よし!手筈は整った。行くよ。準備して!」

アンディが指示を出す。JOKERのメンバーはざわざわと準備を始めた。

…止めなきゃ…。

意を決した。

一番避けたかったことだけど…

もうあんなことは繰り返したくない。

アンディの裾を掴んだ。

「…もういいよアンディ」

「??」

「そんなことしなくても…あたしはアンディのそばにいるよ。風神なんかのために、あなたが手を汚すことはない。」

「…いきなりどうしたの?」

ぽかんとするアンディに抱きついた。


「好きよ…アンディ」

「瞳…。ふふふふふ…あははははは!やっと言ってくれたね瞳!やっと完全に僕のものになったんだ!」


…なんだ。最初からこうしていればよかったんだ。

歓喜に満ちたアンディの声を頭上に聞きながらぼんやりと思う。


これでもう…あたしはにげられない。


「アンディさん!」

突如仁さんが叫んだ。

「なに?」

「今情報が入った。風神がここにむかっている。」


…今…なんて?


「…ひひひはははははは!!!今更出て来てどうするつもりだい!?俺と瞳はもう永遠の愛で結ばれたんだ!…邪魔者は消しちゃえ。」



アンディの目が妖しく光った。

「…!アンディ!もうあの人達に…」

「そうだ!それじゃぁこうしよう!瞳、俺達の愛を見せつけてやるんだ。土屋に。」

「…え?」

言うなりアンディはあたしの手を掴み、奥にある彼専用の部屋へ歩き出した。




「仁」

「は。」


「そこで足止めしといて、絶対ザコ共を通したらダメだよ。別に殺してもいいから。」


「…分かった。」

心臓が止まる思いがした。

「…まって。待ってお願い!やめて!!お願い!やめてぇええ!!!」

ほぼ引きずられる形で部屋へ入る。

仁さんが表情を歪めてそれを見ていた。

ソファに乱暴に投げ飛ばされた。


「…っ…」

「…なにその態度」


上からアンディが覆い被さる。


「どういうこと?まだあいつらに未練があるわけ?俺を愛してくれないわけ?」


「…ちが」

「なんでだよ!!!」


強引に唇を奪われた。

一度離れて、アンディはにやりと笑った。

「俺が忘れさせてあげる」


怖かった。

純粋に怖かった。

今までで一番の恐怖を感じた。

「…やだ」

「見せつけてやるんだ」

「やめてお願い」

「俺達の愛を…」

「やめてアンディ!」

「瞳…」

「いやぁ!土屋君!」


*


バイクで目的地に向かっている時は興奮してうるさかった風神メンバーだが、

JOKERのアジトに近づくにつれだんだんと静かになり、その雰囲気は変わってきた。

肌がピリピリとするようなはりつめたオーラで、風神は倉庫の前に立った。

だれもがこれからの戦に興奮し、緊張していた。

先頭に立つ総長が前を見据えて言う。

「行くぞ。油断はするな。」

その低い声に全員が気を張り直した。

「風神の名に泥塗ったらぶっ殺すから」

かずゆきもにやっと冷たく笑いながら呟いた。

バンと音を立てて重いドアを蹴倒した。

逆光で、土屋の背の高いシルエットが浮かぶ。

続いてかずゆき、他のメンバーも入り口に並んだ。

JOKERと対峙する。

「…風神だ。死ぬ覚悟は出来てんだろうな」

そのただならぬオーラに、JOKERは一瞬たじろいだ。

土屋は鉄パイプを担ぐと冷たい声で言う。

「瞳はどこだ」

「し…知らないわよそんな女!」

詩織が一歩前に出て叫んだ。

その瞬間詩織の顔の真横を鉄パイプがすごい勢いで飛んでいった。

ゴオッと耳元で音がした。

鉄パイプは背後の壁に激突すると、ぐしゃっと歪んで地面に落ちた。

しんとした倉庫にパイプの音がガラガラとうるさく響く。

「聞いてねんだよ。女はすっこんでろ」

土屋が凄んだ。

額には珍しく青筋が見えた。

詩織は真っ青になって仁の後ろまで下がる。

(わー。キレてる)

少し楽しくなりかずゆきは指をならした。


「…アンディと黒井瞳なら奥の部屋だ。倒したいなら…」

「ちっくしょう!!!もうテッペンきた!!お前ら!やっちまいな!負けんじゃねえぞ!!」

再度前に出てきた詩織により仁の言葉は見事に遮られ、乱闘が始まった。

両メンバーが動く中、土屋とかずゆきは動かなかった。


「どうやら奥の部屋みたいだね」

「ああ」

「ここは俺らに任せて。土屋は黒井を。」

「何言ってんだ。こんな人数…」

「大丈夫だ。信じろ」

かずゆきは不敵に笑った。

「パソコンばっかで体固まってんだよ。たまには暴れさせて」

「…分かった。頼んだぞ。かずゆき」

「…さーてと」


かずゆきは周りを見回す。

「…強くはないけど…ホントに量多いな。」

明らかに風神の方が優勢ではあるが、やはり3倍の人数にみんなてこずっているようだ。

「なんだぁ?このチビ」

かずゆきの周りを取り囲んで5人の男が立ちはだかった。

「なんでこんなのがこんなとこいんだよ!」

「とっととやっちまおうぜ」

「さっき土屋と話してたし、人質にしてあいつボコるのもいいかもな!」

―ガンッ―



最後に喋った男が3mほど吹っ飛んだ。

他の4人はただ唖然として全身で男を殴り飛ばした小さな鬼を見た

「…可哀想だなぁ」

ゆらりと体制を元に戻してかずゆきは呟いた。

「身のほどを知らない人って、つくづく哀れだよね」

残った男達を見る。

絶対零度の、見下した目。

男達は一瞬凍りつく。

「…っチビが!ふざけてんじゃねぇぞ!!」

一人のその言葉を皮切りに、男達は一斉にとびかかってきた。

ものすごい音がして、倉庫内は少し静まった。

何が起きたのか理解できたものはほとんどいない。

気づいたら4人の男は地面に転がっていた。

わずかにぴくぴくと動いてはいるが、ダメージは相当だろう。

「カスが。調子こいてんじゃねーよ」

かずゆきは殴った右手をふりふりするとその内の一人に近づいた。

「…金髪にピアス5つ、細い眉毛に細い目…」

呟きながら男の目の前に立つと、男はひっと小さく叫んだ。

「団子鼻、口元に大きなホクロ…。情報通りだね。」

かずゆきは男ににっこりと笑いかけた。そのまま目を開くと、そこに感情はない。


「…お前か。うちのNO3をやったのは」


男の手を踏みつけた。

声にならない叫びを上げて男がのたうちまわる。

「ゴミムシが。ゴミはゴミらしく地ベタに這いつくばってろよ」

地獄から響くような声に、楓神のメンバーも一瞬動くことを忘れた。


「…でた。ブラックかーくん」

誰かがそう呟いているうちに、男は血みどろになって気を失った。

「次はどいつだ。」

かずゆきの声にJOKERは息を飲んだ。ほぼ一斉にかずゆきに刃が剥いた。

風神もそれを潰していく。

かずゆきは10以上の身長差を感じさせない強さだった。

男達はほとんどみんな一瞬でのされていく。


「つえぇ…!なんだこのチビ!」

「こいつが風神の裏ボスか…!」

「くそっ怯むな!全員でかかれ!」


JOKER達は鉄パイプを持ってかずゆきにターゲットを絞った。

「副総長!」

向かおうとするメンバーをかずゆきは制した。

「お前らは自分の相手に集中しろ!」

言いながら一人の鉄パイプを奪い、それごとなげとばす。

さらに新たな相手の首を鉄パイプで絞めたまま3人をそれで殴り倒した。

圧倒的に場馴れした強さに敵は倒れていった。

次々に的を倒していくが、やはり倍の人数…。

敵は減る様子がなかった。

「ちっきりがねぇ…」

190くらいの男をふっとばして呟く。

今度は前から男が突進してきた。

すんでで避けたが少し体制が崩れた。

後ろに影を感じた。

振り向くと新たな男が鉄パイプを振り上げている。

「…しまっ…!」

目を瞑った。

―ガンッ―


…痛みはない。


「ヒーロー参上☆」

見上げるとそこには…


「…NO3…」

「楽しそうじゃん。混ぜてよ。」

男を殴り飛ばしたNO3は仁王立ちで立っていた。

「…はっ。怪我人は病院で寝てろよ」

「そんなこと言って。俺が来て嬉しいくせに♪」

「帰れ」

「ひどーい。病院抜けるの大変だったんだぞ!だいたい喧嘩行くのに俺おいてくなんて…」

言いながらり殴りにきた男を蹴り飛ばした。

「俺は今かーくんと喋ってたんだよ。邪魔すんな」

「…キレるなよ」

「ちっ相手は怪我人だ。やっちまえ!!」

JOKERが一気に迫ってきた。

「怪我人なめんなよ」

二人は再び戦闘体制に入る。


さっきまでと戦況は一変した。


部下を守りながら戦っていたかずゆきの気持ち的にもだいぶ楽になった。

すごい勢いで敵を薙ぎ倒していく。

「瞳ちゃん苦しめた罰だ!」

NO3は怪我人とは思えないほど絶好調だ。

「おま…ちょっと落ち着けって」

「けっ!たかがあんな女一人のために族動かすなんて、土屋もちいせぇ男だな!

JOKERの言葉にかずゆきの動きが止まった。

「あーバカだなー」

NO3は敵を殴りながら軽く呟いた。

うつむくかずゆきの表情はみえないが、やがて笑っているのは小刻みに肩が揺れ始めた。

「…ははははは。世の中のクズってホント哀れ。バカって嫌いなんだよ。どいつもこいつも…いい加減にしろよ。」

「…なんかぶつぶつ言ってやがる…」

「……って?」

「あ?」

「俺らの総長が何だって?」


顔を上げたかずゆきの顔は誰もが凍りつくようなものだった。


口元はひきつった様に笑っているが、その瞳は瞳孔が開いているのではないかとさえ思える。

誰も声を出せず、動くこともできずにいた。


その空気に耐えられなくなった男が一人かずゆきに突進した。


…瞬間ふっ飛び、壁に激突する。


「社会から抹殺してやる」

「きゃーブラックかーくんかっこい♪」




*




「とにかく、この雑魚どもをとっとと片付けるぞ、早く総長のところへ行かないと」

「そうだね!急ごう!!」


そして二人は嵐のような戦いの渦の中へ巻き込まれていく…


*


「どけ、と言っている」

「それはできない」

風神総長はアンディがいるであろう部屋の前に仁王立ちしている一人の男と対峙していた

その男は懐から出した短剣を、土屋につきつけている

黒い特攻服を着込んだ妙な男だ

口で言っても無駄だと判断し拳を叩きつけようとした

しかし敵はいとも簡単にひらりとかわし

がら空きになった土屋のみぞおちに蹴りを入れた


深くは入らなかったが、多少は効いた


こいつ…できる!

しょうがない、か…


土屋は背中にしまいこんでいた日本刀を取り出した

「こいつを使うことになるとはな…」

剣を鞘から抜き出し、にやりと笑う

「悪いな…一瞬で終わらせる」

「何だと…!?」

言った直後、土屋は光のような速さで

仁の懐にまで接近していた。

仁は慌てて短剣で応戦する

キィン、と剣が鋭い音でぶつかり合う音が辺り一体に鳴り響く。


さすが、風神のボスといったところか…

いつもどおりの雑魚なら素早い剣さばきで

一瞬で倒せるはずだった

久しぶりの歯ごたえのある戦いに、仁はぞくぞくしていた


そしていつのまにか敵に背後をとらえられていた

「なにっ…!!!」

強い衝撃に思わず、体がぐらりと崩れ落ちる

「安心しろ…みねうちだ」

ふざけた様に風神総長はふっと笑った。

楓神のボスとは一体どこまで…!


仁の脳裏にかつての好敵手ライバル

そしてあいつ…

今は亡き竜信の姿がよみがえった。



―3年前―


かつては仁も上水町をとりしきる暴走族の一員であり

またボスである竜信を影から支える裏のボスだった。

しかしこのごろめっきり勢いが衰えてきたこともあり

他の暴走族から狙われ、近いうち倒されるであろうことは目に見えていた

そのため仁は族から抜け、新しい居場所を探していた



そろそろチームを解散した頃かと、様子を見にくれば

いまだに彼は上水町をとりしきっていたのだ。

「おま…よくもまあ、抜けたやつが堂々と…」

「ちゃんと隠れている」

「で、何のようだ」

「忠告しに来た。この族は間違いなく崩壊する」

「で?」

「だからお前はとっととチームを解散しろ」

「そんなくだらねえことをわざわざ言いにきたのかっ」


まったく言うことを聞こうともしない竜信に仁は苛立ちを覚えていた

3年来の付き合いである竜信を、仁はひそかに心配していたのだ


「なぜ、まだこんなくだらない族を続けているんだ…!!」

「守りたい女が、いるんだ」


女だと…!?

くだらない!!



かつての竜信はどこにいったのかと仁は舌打ちした。


そして数日後、死闘が繰り広げられることになるのだ。


「チームを解散しろと、いったはずだ…!!」

仁の短剣が竜信の懐に入り込む。

それをひらりとかわし、竜信は仁とと背中合わせになる。

仁は竜信の頭部に後ろ蹴りをくらわせようとするがいとも簡単にかわされる。


体勢をととのえた竜信が鋭い蹴りを仁のみぞおちにくらわせようとするがすばやい動きで仁はかわす。


その隙をねらって距離を詰め、竜信は仁の顔面に正拳をおみまいした。


「なに…っ!!」

「悪ぃな、最近物忘れが激しくてな!!」


そいて戦いは激しさを増す。


「へああああ!!」

「しゃああああああ」


【叫び声ダサいな…駄目駄目失礼すぎる…】


その日は、まるで地獄のような争いだった

結局互いは決別し、以後顔を合わせることはなかった


数年後、彼は竜信の訃報を知る。

悔しさに言葉もでなかった。


時は流れ

JOKERのボスに心酔した彼はJOKERの副総長となったのだ。



竜信をころした張本人が、JOKERのボスであることを仁は今もまだ知らない。


*


「まさか俺と互角、いや、それ以上で渡り合えるやつがいたとはな」

「?なにをごちゃごちゃと…」

「それより、そんな物騒なもん、総長が使ってて良いのか?」

仁は土屋の刀をあごでさした。

「鉄パイプより、こっちのがしっくりくるんだよ。」

「…うちのボスを殺す気か?」

「…さぁ」

しばらくにらみ合いが続いた。

(次で終わらせる…!)

土屋は柄を強く握りなおした。

先に動き出したのは仁だった。

「へああぁぁぁ!!!!」

中段から迫る短刀を刀の根本で払い、そのまま柄でみぞおちをついた。

「しゃっ!!」

「ぐはぁ…!」

仁の体は3mほど吹っ飛んだ。

土屋は刀を鞘に戻すと奥の扉の正面にたった。

「…気をつけろ」

後ろからする仁の声に振り向いた。

「…近頃のアンディは尋常じゃない。…気をつけろ。」

仁の瞳はまっすぐに土屋を見つめる。

「…あんた、伊賀仁だろ?なんでこんな族なんかに…」

腕も良いし、昔は町一帯をしめていた他の族でも幹部をやっていたと聞いたことがある。

「…女のために身を滅ぼすやつを…ほうっておけなかった。」

「…は?」

「おれにはもうあいつを止められない。土屋。アンディを止めてくれ…!」

仁はそのまま地面に倒れ伏した。


「…言われなくてもそのつもりだし」

土屋はふっと息を吐いて重い扉を開いた。



*



「さあ、瞳」

「やめてアンディ!!!」


ひときわ大きい声で叫んだ時、バンっと大きな音で扉が開いた



そこには、特攻服を着込んだ…一番見たくない顔があった



「…土屋くん」

「よお」

相変わらずのドヤ顔

はっと今の状況に気づいて慌ててはだけた肌を服で直す

アンディはあたしを押し倒していた姿勢から土屋くんに向き直った


「…つちや?」

瞬間、土屋くんはものすごい勢いでアンディを殴り飛ばした


「アンディ!?」

勢いあまってアンディはベッドから床へ吹っ飛んだ

ガンと、鈍い音がした

頭を打って意識をとばしたのか、返事がない



「ふう、すっきりした」

「帰って!!早く!!」

「ああ?」

「誰もこんなこと望んでない!!」


嘘をついた

土屋くんの身が何より心配だった



「アホかお前。ここまで来といて引き返せるわけがないだろうが」

「あたしは、アンディといたいの!!望んでここに来たの!!邪魔しないでよっ!!!」




どうしよう

どうしよう

どうしよう



土屋くんが…

それだけは…




それだけは避けたかったことなのに…!!!




「あーもう…ごちゃごちゃうるせえ」

突然、力強く抱きしめられる




心拍数が一気に跳ね上がる

驚きのあまり、思考が停止した

土屋くんの鼓動を感じる


私と、同じぐらい、早い…



巻き付いた腕が痛いぐらいに

強く強く体を締め付けてくる。

その温かさにほっとして我慢していたはずの涙がこぼれ落ちた。



「うっ…っく」

「泣くなバカ…」

「泣いてない!」

「お前が泣くと、なんかつらい…」

「やっ…痛い…離して」


そのとき吹っ飛ばされたアンディがむくりと起き上がりだした。


「つち、や…つちやああ……殺す殺す殺す!!!!」

「ち、意識を取り戻しやがったか…」


土屋くんが私の体をかばうように前に立ちはだかる

「逃げて土屋くん!!このままじゃ…!!」

「いいか、一度しか言わない。よく聞け」


「          」


え…?


アンディは完全に切れていた

この状態は竜信が殺された時を思い出す

胸の奥がぞっと震えた

「あはははあはああはははは」


アンディは青い刀身の剣を取り出した




土屋くんも持っていた日本刀を構える

混乱した頭の中で


ずっと

土屋くんの言葉が響いていた


『俺に全てを預けてみろ』


【……どうしよう…夢女子になってしまう…?違う私は腐女子!!】


「瞳は俺のだああ!!誰も邪魔させない!!!」

アンディが勢いよく剣を土屋くんは日本刀で受け止める

刀と刀がぎりぎりとせめぎ合う

力は互角、らしい

「つちやあああ」

「っく…」

「土屋くん…!」


二人は一旦距離とる

そのまま剣先を下げながらじりじりと間合いを詰めていく


「…お前は、間違っている」

土屋くんは呟いた


「何が?」

「好きな女を泣かしてんじゃねえよ!!」


そして一気に間合いを詰めた。

状況は土屋くんがアンディを押しているように思えた

現に土屋くんは剣を使わずとも、拳だけで充分アンディと戦えている


「意外とたいしたことないな」

「うるさいよお!」


アンディが剣を振りかぶって土屋くんに襲い掛かる

土屋くんはなんなくそれをかわし、後頭部を殴りつける


「ぐああ!」

アンディの体は地面に倒れふし、剣がキインと音を立てて床に落ちた

もしかしてアンディ、本当は弱い…?


「勝負あったようだな」


倒れたままアンディは不気味な笑い声を立てる

「ひひはははあああ」

笑ったまま顔をあげたと思うと、突然真顔になって怒り狂う

「なんでだよおお!!」

「なんだこいつ…」

「たつのぶも、お前も、なんで…、俺達の邪魔すんだよ!??なんで、なんでなんでなんでなんでだよおおお!!!」

そして胸元に隠し持っていた短剣を振り回しだした

こいつ、狂ってる…!!


*


アンディは短剣を構えた

うそ

やめて


「これで、ゲームセットだ!」

「くそっ…!」

「うらあああああああああ」


土屋くんの頭部に向かい、思い切り剣を振り下ろす


「やめてえええええええ」

どうにか声は届いてくれたらしい

アンディの手がぴたりと止まった

「あー?」

アンディが不気味な笑みを浮かべ、こちらを振り返る

剣先は土屋くんの喉下に突きつけたままだ


「瞳さあ、さっきから何言ってるの?こいつは俺らの邪魔者だろ?」

「違う!!土屋くんは邪魔者なんかじゃない!!」

「…瞳!?」


土屋くんの戸惑うような声が聞こえた

足の震えが止まらない

本当は



怖くて




怖くて




たまらない




だけど、もう二度と

大切な人を目の前で失いたくない…!!


私はそっと目を閉じて、大切な人の姿を思い返す




たつのぶ…


『…無理しなくて良い。俺がお前を守る。』




土屋君…


『俺に全てを預けてみろ』




今まで出会えた優しい人達




私は

ただただ

いつもその優しさにすがって、甘えて…




『逃げちゃだめだ。瞳。』


たつのぶの声が聞こえた気がした




そうだね

今度こそ




土屋くんは、私が守る…

そのためなら死んだって構わない!!


「邪魔者はあんたよ!!」

あたしは足元に落ちている日本刀を拾い上げ構える

そして今まで言ったこともない言葉を叫んだ


「あんたなんか嫌い!!!」

「ひ、瞳…?」

「嫌い嫌い嫌い大っっ嫌い!!!」

「な、なに言って…」

「土屋くんは私が守る!!」

日本刀を構えたまま徐々にアンディへ近づいていく

アンディは面白いほど狼狽していた


「ひ、瞳?…ごめん、ごめんって、俺が悪かった!」

「もう、遅いよ…」

そしてアンディの喉下に剣を突きつけた

しかし突然手に激しい震えがやってくる

まだ、自分は迷っているのだと分かった

駄目!!!

どうして躊躇してるの?

ここで

すべてを

断ち切るって決めた…!!


土屋くんを守るって…!!




「ひ、瞳…許して…」

すがるように懇願するアンディの目

「アンディ…」


一瞬気をぬいた。


「なーんて、ね」




アンディは先ほどまでの表情を、一瞬で邪悪な笑みに変える

え…?

アンディは剣先をくるりと変え、一瞬で土屋くんのみぞおちに遠慮なく、剣を突き刺したのだ。

奥深くまで、ねじこむように、アンディの剣は土屋君を貫く。

剣を抜いたところからどす黒い血がどくっと溢れた。


う…そ…


「…あ゛っ…」

「土屋くん!!!」

「くっくく…あはははははは!!!」


目の前の男は心底楽しそうな表情で笑う。

何が…起こってるの?


「優しいね。瞳。そういうところが好きなんだ。あはははは!!!」


土屋君の口から鮮血が溢れる。

「ねえ瞳が今更嫌われたぐらいで、慌てると思ったの?」

「瞳に嫌われようが憎まれようが、もうどうでもいいんだ俺。何があっても俺は瞳を離さない、それだけだよ」


アンディはあたしの後ろへ回り、頬を剣でなでた。

冷たい金属が、あたしの体温を奪う。

体中を得体の知れない悪寒が襲う。

力なく、剣が手元から滑り落ちた。

「あはははは!惨めだねぇ瞳。可哀想に。」




ああ…本当だ。

大切な人を傷つけるばかりで、あたしはあたしの甘さゆえに守ることさえ出来ない。




なんて惨めで、くだらない人間なんだろう。




涙が足元のコンクリートを濡らしてゆく。


「…いってぇな」

え?

アンディの体がふっ飛んだ。

「ごほっ…ふざけてんじゃねぇぞてめぇ」

「…土屋…君」


土屋君は壁に寄りかかりながら立っていた。

「…言ったろ。俺に全てを預けろって。」


涙が溢れた。

どうして…。


「待ちな!」扉が開いた。


え?


うそ…あれは…


あの人は…

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