表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
145/182

第百四十五話 中華料理店再来再来

次の日曜日。俺は小春の家まで小春を迎えにいき、バスに乗って県の中心部に向かっていった。

「ガラス美術館ってどんな場所なんだろうねえ」

「きっと綺麗な場所だと思うよ」

「最近ねやっとジムに本腰を入れられるようになってきたんだよ」

「へえ…どんな感じ?」

「えーとね、まずランニングマシンで15分走って筋トレマシン7,8種類を15回やって、エアロバイクを15分やって1セットね。それを4セットできるようになったら学校に戻れるんだって」

「それは…かなり大変だな」

「大変だよーこのままだと私ムキムキになってしまう…」

「む、ムキムキ…」

思わず吹き出すと小春が笑い事じゃないと頬をふくらます。


バスがガラス美術館の近くに停車したので歩いてガラス美術館まで向かう。

「あのね、ここから歩いて5分ぐらいのところに美味しいクレープ屋さんあるんだ!そこも後で行こう!」

「分かったよ、まずは美術館から観るぞ」

自動ドアが開いて入場料を払う。

木でできた綺麗な建物に小春がほうほう…と息を漏らす。確かに思った通り綺麗な建物だ。上の階に上がると、ガラスでできた作品がいくつも並んでいた。小春がそれぞれを眺めながら、笑みを漏らす。

「綺麗だねー颯太」

「ああ、綺麗だな」

「このガラスの置物、ちょっと前衛的すぎない?」

「…確かにちょっと変わってるかもな…」

伝統工芸品ではあると思うが、うねうねとうねった形のものやトゲトゲしい形の変な置物もたくさん置いてある。俺は一つ一つを眺めてはため息をついたり、声をあげている小春ばかりを見つめていた。

そしてこの施設は図書館も併設されており、ガラスの作品を一通り見終えた後図書館に寄ってみることにした。

「わあ…本いっぱいあるね颯太…」

「そうだな…」

小春は一冊一冊に手を伸ばし、本の内容を確認する。

ふと本から手を離して、小春がこちらに向き直る。

「…ここにある本ってさ」

「…なに?」

「一生のうちで見ることもできないものがいっぱいあるんだよね…私全部読んでみたいよ」

驚いた。俺はそんなこと今まで考えた事もなかった。小春はどれだけ貪欲なんだろうか。ゴムの王のごとく、この世のすべてを手に入れたい女なのだろうか。

「小春…全部は無理だ、残念だけどな」

「…そうだよね、勉強と仕事さえなければ見れるかもしれないのにね」

「そうだな…勉強と仕事がなければな…」

「勉強や仕事しないで、ずっと漫画とアニメばかり見てられたらいいよね…私読書もしたい、そのためにはやっぱり勉強もしないと…こんな眠れない体、もうやだよ…みんなと同じ時間に起きて学校に行きたい…」

「小春、大丈夫だから…瞳さんも言ってたんだろ、大丈夫だって」

「うん…でもそれはさ瞳さんだから乗り越えられたんじゃないかって思うんだ…私じゃできない気がして…怖いよ」

「今は怖いこと考えなくていいよ、必ず治るから美術館を楽しんでればいいよ」

「…そうだね、うん、考えてもどうにもならないしそうするよ!」

そのまま館内を歩き回っていると、おしゃれなカフェテラスがあった。

「そろそろお昼だし、ここで食べていくか?」

「うん…なんか、ごめん…そろそろ帰りたいかも、人混みが辛くて」

「そうか…分かった、帰ろうか…クレープはいいのか?」

「うん、また今度でいいよ、ごめんね颯太」

小春を見ると顔色が悪い。たったこれだけの滞在でも辛いのか。

「俺の家来ないか?一緒に寝よう」

「うん…一緒に寝てもらってもいい?」

「昼ご飯はコンビニで買ったの適当に食うか」

「うん、それでいいよ」

そして帰りのバスに向けて足を進めた。


家に着くなり小春がロフトのベッドにドカッと寝転ぶ。

「はあ、…寝てるとすごく落ち着くよ」

「そうか、良かった。俺なんか買ってくるけど何がいい?」

「うーん、ドリアかな…」

「分かった買ってくるから、寝てな」

「ありがとう、颯太ー」

家を出てチャリでコンビニまで向かう。やっぱり外出はしばらく控えたほうがいいのかもしれない。この病気はどうやったら治る?なにがきっかけで元の小春に戻る?ここ最近ずっと考えている。出口がまったく見えない。

家にたどり着くと、小春が笑顔でお帰りと言ってくれた。

「ありがとう颯太ードリア食べよう!」

「ああ、食べるか」

自分の分も買ってあったから、一緒にロフトの上に上ってドリアを一緒に食べる。

「二人きりだと落ち着くよ」

「そうなのか?」

「うん、人混みがある場所行くとすぐ帰りたくなっちゃう」

「そうなのか…アニメでも観るか」

「そうだね…こちとら亀有でも観ようか」

リモコンを動かして寝転びながらこちとら亀有を一緒に観る。

そのうち小春が、うるさい、と言った。

「小春、こちとら亀有辛いのか?」

「う、ん…世界の車窓よりに変えてもらっていいかな…」

「分かった」

小春は画面は観ずに、こちらを向いている。

「颯太、抱きしめて」

「ああ、分かった」

抱きしめると、もっと強くしてと言われた。

きつく、きつく抱きしめる。

「はあ…落ち着くよ、ありがとう颯太…」

「全然いいよ…」

「颯太…」

小春がまた泣いてしまった。

「元の私に戻りたい…」

「そのうち元に戻るよ…戻ったらいろんな所へ行こう」

「ありがとう、颯太…」


*


翌日、またつまらない平日が訪れた。学校へ着きぼんやりと窓の外を眺めていると、一聖が前の席に座って話しかけてきた。

「颯太君おはよう、また元気ない感じだな」

こいつは俺の異変にすぐ気づき声をかけてくれる。小春の元クラスメイト美奈穂さんみたいだ。クラスの人気者だから、他の男子と喋ればいいのに。本当に根がいい奴なんだなと感心する。

「ああ。実は昨日小春と外に遊びに行ったんだけど、人混みが辛くて帰ろうと言われて、家に帰ってこちとら亀有を見ててもうるさいと言われてしまったんだ…どうしたらいいか分からない」

「そうなのか……春ちゃん」

一聖が考え込むように頭をかしげる。

「今は無理して出かけないほうがいいかもね…こちとら亀有もいつか見れるよ…なあ今日の部活後に、春ちゃんの家の近くの再来ってお店に行かないか?部活メンバーと一緒に」

再来…確か瞳さんの事情を知ってるガイというやつが働いてる中華料理店だったな。

「ああ、…いいぜ」

「やったー!今野田さんも誘ってみるな!」

そう言って一聖は席を外した。


*


放課後、メンバーは女子は京子さん、佐紀さん、楓さん、男子は和幸、一聖、ヨッシー、野田と俺で、バスに乗り再来へ向かった。

「ガイさん、どんな感じで働いてるんだろうね」

バスのつり革につかまりながら京子さんがワクワクした表情で呟いた。

「ガイさんは自由人だから、適当に働いてるんじゃね?」

和幸がそう言って笑った。

俺も楽しみな気持ちは無きにしも非ずだ。小春と母親が常連の店だから、きっと美味しい料理を出してくるんだろうな。

バスが停車すると同時に、皆が再来まで駆け出していく。どうやら全員お腹が減っているらしい。

店の前にたどり着くと京子さんが勢いよく扉を開けた。

そこではすでにいくつか先客が居て、ガイが一生懸命料理を作っていた。

「ガイさーん!食べに来たよー」

京子さんの言葉にガイが顔をあげ、笑顔を見せる。

「おお!jungle2年陣が来たのか!…小春は居ないのか」

「小春は…もう少し元気になったら来ますよ!」

楓さんが大きな声で断言する。

「まあ、適当にそこらへん座れよ!食べたいもの決まったら、そこのバイトの奴に言えよ。俺が一生懸命作ってやるからよ!」

適当に席を決めて、皆がドカドカと座っていく。

「しかしさーそろそろ脚本誰か書かないといけないのかな」

佐紀さんがそう零すと京子さんが笑って宣言した。

「私一個書いてみたいやつあるから、それ秋になったら上演しよ!」

「おお!京子氏!楽しみであるぞ!」

野田がワクワクした声で身を乗り出した。

「とりあえず、なに食べるか先に決めよう」

楓さんが冷静な声でそう言って皆がメニュー表を見ながら、メニューを決めた。たくさん頼んでいろんな種類を皆でシェアすることになった。

「すみませーん」

「はいはい!今行きますよー」

「えーと、餃子と春巻と麻婆豆腐とチャーハンと酢豚と回鍋肉すべて大盛りでください!」

京子さんがメニュー表を指さしながら注文を終える。

「ありがとうございます!少々お待ちくださいねー」

皆がメニューが届くまで演劇について雑談をしている。俺はそっと席を外してガイに話しかけた。

「どうした?颯太君だっけか?」

「ガイ、さん…店が終わってからでいいです。もう少し詳しく瞳さんに起きた出来事を教えてください」

「…いいぞ、夜中近くになるけどいいか?2時ごろまた再来に来れるか?」

「いいです」

「分かったぞ」

ガイはニッと笑って言った。

「まあまあ、今は料理を楽しんでくれ!自信作しかないからさ!」

「ありがとうございます…ガイさん」

席に戻って雑談の輪に加わる。

「颯太君、ガイさんと何話してたんー?」

和幸の問いかけに俺はなんでもないよ、とごまかした。

そうこうしてるうちに、チャーハンや麻婆豆腐が席へと運ばれてくる。

「このチャーハン!うまいぞ!!」

野田がもりもり食べだした。こいつは大柄だから、俺らの倍は食べるのではないかと心配になる。ヨッシーは回鍋肉を食べながら笑う。

「こんな美味しい回鍋肉初めて食べたぞぉ」

佐紀さんがせっせと取り分けてくれる料理をみんなが豪快に食べて、夜の9時ごろに解散となった。

俺は一旦家に帰って、夜中の2時ごろに再び再来に足を運んだ。

ガイは再来の外で煙草を吸っていた。

「ガイさん、ありがとうございます」

「…で、瞳のことだっけか」

ガイは煙草をやめ、胸ポケットに入っていた灰皿でゴシゴシと火を消してこちらを向いた。

「はい、治ったきっかけはなんだったんでしょうか?」

「それは恥ずかしくて言えないらしい」

「……は?」

「悪いな、これは瞳と内緒にする約束だからな…言えない。小春もいつか暴れるときがくると思う。そしたら治ると思うぞ」

「全く意味が分かりません」

「すまんな…俺もどう説明したらいいか分かりかねている」

「……いつになったら暴れるきっかけが来るんでしょう」

「それもなんとも言えないな…瞳が過去にモラハラ男と付き合ってたのは知ってるよな?」

「はい、小春から断片的に聞いただけですが…」

「瞳はずっとモラハラ野郎の一言一言に洗脳されていたんだ」

「………」

「病気になってからは、本当に縋る先がそいつしかいないと思ってたんだな…婚約破棄の日、両親を外して二人だけになって別れる時も、もう二度と会えないのは嫌だ、と言ってしまったことをいまだに後悔してるらしい。うるせえ!お前みたいなモラハラ男と別れられて病気に感謝してるわとでも言ってやればよかったのにな」

「そう言わなかったのはやはり洗脳されてたんですね」

「ああ、ネットでも30代女は行き遅れババアなんて記事がうようよあるだろ、それを調べて泣いていたらしい。モラハラと付き合ってるとな、本当に洗脳されるらしいな」

「……」

「うつの真っただ中はな、妊婦には劇薬ともいわれる薬を飲んでいたんだあいつは…だから、好きな人がこの先出来ても子供は産めないんだ、と絶望していた、ただ瞳の身辺に一大事が起きてな、慌てて大切な友達や仲間にモラハラ野郎にされた仕打ちを全部打ち明けたんだ、そしたら仲間たちがそんなクソ野郎と別れられて本当に良かった、大切な瞳がそんな目に遭ってたなんてそんな奴苦しんで死ねばいい、と言ってくれた。それからしばらくして小春は暴れて治ったんだ」

「でも小春の場合は、暴れる原因がない気がします、そんな男と付き合ってたわけでもないのにこんな病気にかかるなんて…」

「いやそれはな…やっぱり小春は人のことを一番に立ててしまう性格だからだと思うぞ。瞳もそう言ってなかったか?」

「言ってましたね…性格だとやっぱり、治るのに時間がかかるんですよね…」

「そうだな…1年か2年かそれ以上か…俺にも小春は何年かかるかはなんともいえない」

「…ありがとうございました、ガイさん…」

「もう、いいのか?」

「はい、もう充分です…」

「なあ颯太君、小春を助けてやってくれよ」

「…?」

「俺は小春のことも瞳のことも妹みたいに思ってんだ、あいつのこと救ってやってくれ。男だろ」

ガイがニッと笑って宣言した。俺は不覚にも涙がこぼれそうになったのを慌ててこらえた。

そうだ、瞳さんはたった一人で乗り切ったんだ。小春には俺がついているから大丈夫なんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ