第百四十四話 体育祭②
体育祭当日。皆が体育着に着替えて、グラウンドに集まる。
お偉い方々のスピーチが終わってからようやく競技開始だ。どこかで小春が観ていると思うと緊張する。リレーのアンカーは俺だけど、杉山という体育の授業でもいつもどんくさい、クラスの嫌われ者、授業でも大体最下位の男が俺の前に走るから心配だ。こいつがなんでリレーに出られることになったのか不思議なレベル。
早速競技が開始される。
まずは二人三脚、これは一聖と野田が担当になったが、一聖は走るのが速いのに野田がもたつくせいで二人して転んでしまい、ビリになってしまうという残念な結果に終わった。
テントに戻ってきて二人が笑う。
「すまない一聖氏…俺がお粗末なせいで」
「あー…やってしまったな、まあしょうがないよ野田さん」
次はムカデ競争。これはクラスの大半が参加。俺も嫌々ながら参加することになった。全員が掛け声をあげながら、ゴールまで走っていく。これは成功して俺のクラスが一位となった。皆でテントに戻って雑談したり喜び合っている。そして後ろ向きリレーが始まったのをぼんやりと眺める。他クラスのヨッシーはこれが上手い。よどみない動きで見事1位を取っていった。
いくつか演目を終えてやっとお昼休憩。
俺は小春がどこにいるか探して、坂の上でビニールシートを引いて母親と一緒におにぎりを食べている小春を発見した。顔色はよく元気そうな様子にほっとする。俺の姿を見つけて、こっちこっちと手招きされる。
「あ、颯太!久しぶり!」
「田畑君!久しぶりー!元気だった?」
「ご無沙汰しております、俺は元気なんですが…小春さんはどんな感じなんですか?」
「平気だよー体育祭ぐらいは観に来れるって!颯太がでるって聞いてびっくりしたよ」
そこまで話して、小春の母親は立ち上がった。
「じゃお母さん、どこかで暇つぶしてるから。あとは若い二人でごゆっくり」
ニッコリ笑ってからかわれてしまった。
俺は小春の横に腰かけて、近況などを話し合った。
「最近、調子はどうなんだ…?」
「う、ん…なんかね、いつもお昼の2時か3時ぐらいまでベットに居てしまうんだ…夜もしっかりは眠れなくて辛いかな…」
「そっか…いつかちゃんと夜に眠れるようになるよ」
「ありがとう颯太、あ、おにぎり颯太も食べる?お母さんが握ったやつ美味しいよ!」
「ああ、ありがとうな」
おにぎりをひとかけら口にしたところで、俺は小春に告げた。
「今日の最後のリレー…」
「うん、なに?」
「俺アンカーだから、見てて」
「えええ!?そんな!トリじゃん、めっちゃ応援するよ!!」
「ただな不安なのが、俺の前を走るのは杉山なんだよ…」
「ああ…なんかうっすらと覚えてるよ、杉山君…また同じクラスになったんだ、颯太の前にその人だと辛いかもね…」
「ああ、でも俺がそいつが遅れた分挽回する予定だから、見てろよ」
「うん!見てるね!頑張れ颯太!!」
そこまで会話して昼の休憩は終了し、俺は赤団のテントに戻った。
午後の部の数々の演目は終わりを迎えて、いよいよラストのリレーの番が来る。1番手の吉田はなかなか早くこれは1位をとれるのではないかとクラスの連中は期待している。しかし、田中の番からどんどん抜かされていき、順位がどんどん下がっていく、そしてとうとう奴の番、杉山だ。こいつはやっぱり遅い。早くバトンを持ってこいよ、とイライラが止まらない。そしてただでさえ遅れているのに、なんと転んでしまった。ああ、これは1位は無理かもしれない。
そして杉山がようやく持ってきたバトンをひったくるように奪って、前を走る奴ををどんどん抜かしていく。息が苦しくなってきた。そして先頭を走る奴の前まで来た。心臓が、バクバク苦しい。もしかして全力疾走なんて生まれて初めての経験かもしれない。
でもなぜだろうか。
苦しいのに、楽しい。
こんなに頑張ったことなんて、生まれて初めてかもしれない。
ゴールテープの前に到着して全身に力を込めて、前の奴を抜かしてゴールテープを切った。
テント側から歓声があがる。
そうだ、小春は…と、坂の上を見上げると目が合った。小春は立ち上がっていて、俺に気付くと同時にピースサインをしてきた。
テントに戻ると、一聖と野田が一目散に俺のところに向かってきた。
「颯太君!すごすぎるよ!!感動したよ!」
一聖が俺の肩に手を回して笑う。
「颯太氏!見てたぞ!!さすが颯太氏」
野田も興奮状態だ。
早く小春のもとに行きたいなと考えてたら、小春と母親はすでに撤去作業をしていた。このあとお偉い方々のスピーチがあるから小春の元へは向かえない。
結果は俺の団の優勝。
このあと打ち上げがあったらしいが、俺は不参加で家に帰った。
その日の夜、小春からラインがきていた。
「颯太!すごいよ!見てたよ、優勝おめでとう!」
俺はすかさず返信する。
「ああ、ありがとう。小春が見てると思ったから頑張った」
「そうなの!?私颯太があんなに足が速いの初めて知ったよ!マラソン選手になれるよ!」
「いや…それはいい、それより今度の休み、どこか行かないか?」
「いいよ!そういえば気になってたところ一個あって!」
「どこ?」
「ガラス美術館!楽しそうじゃない?」
「じゃあ、今度の日曜そこに行こう」
キーティちゃんのワクワクしたスタンプを既読して会話は終了。




