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第百二十四話 世界で一番好きだからだよ

小春との会話はここで終了した。

とぼとぼと自分のマンションまで歩いていた。小春の家の近くには花屋さんがある。そうだ、ここで花を買って毎日送るっていうのはありかもしれない。受け取ってくれるか分からないけれど。


しかし、誰から仲良くしていいか分からない。ギャルとパリピだらけで反吐がでそうだ。このクラスで演劇で一緒だったのは、谷口一聖、大野和幸、あと内山達也。それから野田がいたな。この中で誰と仲良くしたらいいのかも分からない。小春は気さくに誰でも声をかけて、仲良くしていた。でも俺にはそんな度胸もないし、関わりたくない。小春だけと関わりたいのに。


「田畑くん、放課後暇~?一緒に遊ばない?」

女からこんな扱いばかりされて、うざったくてたまらない。じろっと睨み返すとギャルのような風貌の女はそそくさと退場していった。髪型もいっそ前のぼさぼさ頭にすれば三下にモテなくて済むんだろうが、小春の部屋に行かないといけないので元には戻せない。


一限目が終了後、大野和幸が話しかけてきた。

「な、なあ、田畑君、春ちゃんは元気してるか?家には行ったのか?」

どうやら本気で小春を心配してるらしい。

「ああ、ちょっと外には出られない状態だけど、生きてるよ、心配ない」

「そうかそうか、早く学校来られるようになるといいなあ」

会話が終了し、大野和幸は席へと戻っていった。


二限目終了後、今度は谷口一聖が話しかけてきた。

「あのさ、…田畑くん、春ちゃんの家行ったのかな?元気してたか?」

小春は本当に人望が厚い。

「ああ、行ったけど、そんなにひどくない、もう少ししたら外出られると思う」

「そうかー良かった、ありかとう田畑君」

そう言って谷口一聖は席へと戻って行った。俺は嘘をついた。外に出るのも怖いと言っていたぐらい小春は衰弱していた。


三限目終了後、今度は内山達也が話しかけてきた。

「小春、大丈夫か?」

「問題ないと思う、俺が定期的に家まで足を運んでるから」

「そうか、…また近況教えてくれな」

そう言って内山達也は席へと戻って行った。

どいつもこいつも小春のことが心配で仕方ないみたいだ。本当に一番心配してるのは俺だけど。


四限目終了後、今度は野田が声をかけてきた。

「こ、小春氏は大丈夫なのか?田畑氏」

「大丈夫だと思う、俺が定期的に家まで行くから」

「なんと!小春氏がいないジャングルは刺激がいまいちなくてつまらないんだ、はやく復活することを切に願う」

そう言って光の速さで自分の席へと戻って行った。

なんなんだろうなこの男は…。


そしてあっという間に放課後となる。とっとと帰って、とっとと寝てようと思った時、同じクラスの小野佐紀さんと長谷川楓さんが声をかけてくる。

「あのさ、田畑君、小春ちゃん無事かな?家には行きづらくて…」

小野さんが心配そうにこぼす。

「私達めっちゃ心配してるの、田畑君なら詳細知ってるかと思って…」

長谷川さんも心配でたまらないみたいだ。

「ああ、あいつなら大丈夫だよ、定期的に俺が家行くから、二人は心配しなくていいよ」

「そっかーありがとう田畑君、また近況聞かせてね」

小春は本当に愛されてるんだな、と感心する。

万が一俺が同じ病気にかかっても、心配するのは多分小春だけだ。変われるものなら変わってやりたい。


そして後ろ側から扉が開いたと思ったら柳沢京子さんが現れた。

真っ先に俺に詰め寄ってこぼす。

「ねえ、小春は無事?またあんた小春に変なことしてないよね!?」

「してないよ、俺は定期的に家まで通ってるけど、多分そこまで重症じゃない」

「…ならいいけど。あんたが小春にやってきた今までの悪行全部他クラスに伝わってるから、今度小春になにか変な真似したら許さないから」

そう言って、身をひるがえして自分の教室に戻っていく。


ひどいこと、か。昔、俺はあいつに世界で一番嫌いだと言った事あったな。あれはきっと世界一好きだったんだな無意識に。俺は本当になんで生まれてきたんだろうな。


家に帰ってから、おそるおそるラインで小春の近況を聞く。

「小春、大丈夫か?」

しばらくして返信が来た。

「うん、大丈夫、あのね今日うちで飼ってるクッキーの散歩行けたんだよ!相変わらずよく寝れないんだけどね」

「ならよかった、今はゆっくり休めな、漫画でも読んでリラックスしてろ」

「ありがとう、颯太」

会話は終了、良かった、あいつは少し元気が出てきたみたいだ。


*


家の近くの花屋であいつが喜びそうな花を探す。

「贈り物ですか?」

店員に話しかけられ頷く。

「あの…彼女にはどんな花が喜ばれるでしょうか?バラとかですかね?」

店員は少し考え込んでから、紫がかった花を指さす。

「スミレなんてどうでしょうか?花言葉がとてもいいんですよ」

「花言葉は何ですか?」

「謙虚、誠実、小さな幸せ」

「じゃあそれを3束ほどください」

「ありがとうございます、今お包みしますのでしばらくお待ちください」小さな幸せか、少しでも小春が幸せになれたらいいと思ってその花を選んだ。


会計を終わらせてからリュックに花束をしまって小春の家に行く。チャイムを鳴らすと、小春の母親が出てきた、母親も心を病んでしまったみたいで元気がない。

「颯太君、小春に会いにきてくれたの?入って、あの子も喜ぶわ」

言われるがままに2階に上り扉をノックする。

「小春、俺だよ、入ってもいい?」

「颯太ー?いいよ」

入ると小春の部屋は相変わらずベッドの横に漫画が大量に積んであった。清潔好きだった彼女からは信じられないほど部屋は荒れていた。

テレビを寝転がってみていたらしい。

「何、見てんの?」

「えーとね、ごまちゃあん、可愛いから」

「そうだな可愛いな、小春によく似てるよ、ごまちゃあん」

そういえば、小春の部屋は民放以外見れなかったはずじゃなかったか?

「民放以外も観れるようになったんだな」

「うん、お父さんが昨日wifi接続してくれて、アニメストアと契約してくれたんだ、なんでも見れるんだ、Kも観れるよ!」

「そっか…良かったな、Kでも観て元気でたらいいな」

「なんだかねえ、Kが観れなくなっちゃったの」

「…どうして?」

「情報量が多くて頭痛くなっちゃうから」

「……そうか、じゃあしばらくはごまちゃあんだな」

「あとね、孤独のグルーメとか、達也くんおすすめの白熊カフェも面白いよ」

「…そっか、あ、そうだ」

先ほど花屋で買った花をリュックから取り出す。

「これ、小春に」

「え、綺麗なお花…くれるの?」

「ああ、小春が元気出るかと思って、花言葉が小さな幸せだって店員が言ってたから」

「嬉しい…!ありがと、颯太…!あとでお母さんに生けてもらうね」

「俺も一緒にごまちゃあん観てもいいか」

「もちろんだよ、嬉しい、一人で観てても寂しいからさ」

元気だったころは何を観ても楽しそうだった。

今は死んだような目でひたすらごまちゃあんを観ている小春。

「きゅきゅーとなごまちゃあん好きよ」

小春がごまちゃあんしか観れないことに涙が出そうだったのを堪えていた。


昨日は土曜日、今日は日曜だったのでまた俺は小春のもとへ足を運んだ。

「また来てくれたの?嬉しい」

「…ああ、具合はどうだ?」

「うん、相変わらずクッキーの散歩しかできてないよ…」

「じゃあさ、家の近くの8番なラーメン行かないか?おごってやるよ」

「いいね!行こう行こうー」

2階から降りて小春が母親に伝える。

「ちょっと、颯太と8番なラーメン行ってくるねー」

「分かったよー気をつけて行ってこられ」

母親の承諾を得て、小春は少しふらつきながら家を出た。

「小春、大丈夫か、歩けるか?」

「へーき、だよ…あんまり音うるさいのが苦手なんだけどね」

「肩、捕まるか?」

「いいよーそこまで重症じゃないって」

二人で8番ラーメンまで歩く。

「ねえねえ颯太、昨日はお花くれてありがとうね」

「いや、全然いいよ」

「あれきれいでさ、部屋で飾って見つめてるんだ」

「そっか、ならよかった」

雑談をしていると、8番なラーメンに到着。

ガランガランと音を立てて扉を開けると、日曜日のせいか人がごったがえしていた。小春が少し震えている。

「やっぱりやめておくか?」

「だ、大丈夫だよ、ラーメン食べるだけだし」

店員の指定された席まで足を進める。小春はまだ震えていた。

「メニューは何になさいますか?」

「えっと…野菜ラーメン醤油で」

「俺は野菜ラーメン味噌で」

「分かりました。しばらくお待ちくださいね」

店員がオーダーを記録して去っていく。

小春は、音全般がうるさいみたいだった。

「小春、もし駄目だったら家帰ろう、大丈夫だから」

「いい、平気」

そのまま小春はぶるぶると体を震わせて、人の笑い声、調理する音、それら全てを堪えていた。

「お待たせしましたー野菜ラーメンの醤油と味噌ですね、こちらに伝票おいておくのでごゆっくりどうぞ」

そう言って店員が去っていく。小春は震えながらラーメンをすする。

「美味しい?小春?」

「う、うん美味しい、でも早くお店出たい」

「分かった、急いで食べて店から出よう」

小春は半分残して、俺は急いで全部食べて店を出た。

「はあ、ようやく落ち着いたよ颯太…」

「……それなら良かった」

「今度は出前でも頼もうかな…人が居るとうるさくて…」

「そうか…」

何をしたら小春は元気がでるのか分からない。大好きなKですら観れなくなってしまった、小春。辛い、どうしてこんな目に彼女は合わないといけないんだろう。こんなに優しくて人のことばかり気にしてる彼女が。もし神がいるとしたら、俺はそれを呪い殺してしまうかもしれない。


「家帰ったらなに観たい?一緒に観ようぜ」

「えーとね、白熊カフェがいい」

「……そっか、動物が出てくるのか?そのアニメ」

「うん、可愛くてずっと見れちゃうよ」


家にたどり着くと、母親が心配そうに駈け寄ってきた。

「小春、8番なラーメン大丈夫やったが?」

「うん、大丈夫だったよ、颯太のおかげだよ」

「ならよかった」

「あの、お母様、俺夕方までまた小春さんと一緒に居ても構いませんか?」

「全然大丈夫よ、ありがとね颯太君」

小春の部屋に戻る。

「白熊カフェおすすめだよー見てて」

このアニメは白熊がカフェの店員を務めているらしい。動物なのに日本語を話している。

「パンダさんがバイト一日しかしないんだーこのアニメ、ペンギンさんが喋りまくりで笑っちゃうでしょ」

「ああ、面白いな」

困った、彼女は幼少期向けのアニメしか観れなくなってる。

「あはは、観て颯太、パンダさんまた寝ちゃったよー可愛いねえ」

「うん、可愛いよ」

パンダを見て可愛いと呟く彼女が、どうしようもなく愛おしくて胸が張り裂けそうだ。

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― 新着の感想 ―
 精神的に疲れた時ってほのぼのとした作品で癒されたくなりますよね。あと、単純でおバカなギャグ作品とかで笑いたくなります。  多分疲れた脳が考えないことを求めているのかも知れませんね。
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