異端刻印の転生賢者 ~王女様、世界が平和になったからと異世界に追放した後で「奴隷にされたので助けて下さい」と言われても、元魔王の弟子たちに錬金術を教えるスローライフを満喫しているのでもう遅いです~
「七番ゴーレム、ヨシ……っと」
俺は王宮地下の魔導兵器格納庫でゴーレムの点検を終えて、地面へ降り立った。
この格納庫には、七体の魔導ゴーレムが格納されている。
それぞれ二百年ほど前に作られた駆動型のアイアンゴーレムで、現在の一般的な技術では再現することができない。
そんなゴーレムの状態を確認し終え潤滑油まみれの俺に、声がかけられる。
「これはこれは! アクト殿! 今日もまたゴーレムの化粧直しですかな?」
「ベクター卿」
そう言って話しかけてきたのは、中年の貴族だった。
ベクター卿は最近力を付けてきた貴族で、金がない貴族に援助をしてはその領地を奪ったり、手下にしたりと派手にやっている男だ。
彼はゴーレムに目を向けると、ため息をついた。
「アクト殿も物好きなお方だ。先の大戦は我々の勝利で終わったというのに、また新たな戦争をお望みと見える」
「いえ、決してそういうわけでは……」
先の大戦とは、百年前の人魔を巻き込んだ大戦のことだ。
この国では十三体のゴーレムがいたのだが、その大戦で半数近くが失われた。
このゴーレムたちは、その時に残ったこの国の守護神なのだ。
そのような事は子供でも知っている話である。
だが彼はゴーレムへと冷たい目を向ける。
「……ならばもう必要ないだろうに」
「は?」
「戦争の道具など、平和な世の中には必要ないと言ったんですよ。……そうですねぇ、広場にでも展示したらどうですかな? せっかくだから子供たちの遊具にでもすれば良い」
「いえ、こう見えてデリケートでして……それに外に置いてはすぐに風化してしまいますし、有事の際に動かなくなってしまいます……」
「ハハハ、アクト殿も不思議なことを言う。敵もいないのに有事などと」
彼の言う言葉は、正しくもあった。
古代種クラスの魔物は大戦で死滅し、現在王都の周辺にも危険な魔物が住むという情報はない。
周辺国とも良好な関係を築いている以上、仮想敵となる存在がいないのはたしかだ。
とはいえ、それは我が国がゴーレムという戦力を保持しているからとも言える。
「……ですが戦力を放棄してしまっては、他国から寝首をかかれることもあるかもしれません」
俺の言葉にまたしてもベクター卿は笑う。
「おかしな事を言う。我らにはルイヤード騎士団があるではないか」
ルイヤード騎士団とは、王族に忠誠を誓うこの国の騎士団だ。
……そういえば、ベクター卿はルイヤード騎士団を支援していたんだったか。騎士団長は彼の息子だったかな。
平和な世において訓練ばかりしている、権威の象徴になってしまった騎士団だった。
ベクター卿は肩をすくめる仕草を見せる。
「……まあいいでしょう。ですが再就職は見付けておいた方が良いですよ、アクト殿。たまたまゴーレムの扱いに長けた錬金術師として王に目をかけられたようですが……」
彼は俺に背中を向けると、そのまま歩き出す。
「まだ十代も半ばの身。目上の者に意見するなど、いささか常識を知らぬようだ」
そう言って彼はゴーレムの格納庫を去って行く。
俺はその背中を見送りながら、ため息をつくのだった。
* * *
「――アクト」
自分の部屋に戻った俺に、話しかけてくる声があった。
俺は影に潜む彼女に返事をする。
「どうした?」
「そろそろ我らに寝返る気になったか?」
そう言って出てきたのは、魔族の少女だった。
長い黒髪に浅黒い肌。その額には閉じられた三つ目の瞳がある。
俺はため息をつきながら、それに答えた。
「ルイン、何度誘われてもその気はないよ。戦いは好きじゃない」
「むむ……お前が力を貸せば人間など滅ぼして、我ら影の一族は再興を果たせるというのに」
「影の一族、もうお前一人だけじゃないか」
「だからだ。お前と私が手を組めば、この世の一つや二つ」
「興味ないよ」
彼女は俺の返答に頬を膨らませる。
彼女は……やや複雑な関係ではあるのだが、妹のようなものだ。
俺がアクトとしてこの世に生を受けたときから、一緒に育てられている。
ルインは心配するような表情を浮かべて、こちらを見つめた。
「……なあアクト。お前が我慢する必要はないと思うのだ。お前は先の大戦で我が一族を従属させた勝者のはずだ。なのになぜあのような弱者たちへと頭を下げる」
彼女の言葉に俺は苦笑した。
それに言い返すことができない。
「まあたしかに、そろそろ潮時かもしれないな。当初の契約からはもう五年ぐらいは延長しているし。アフターサービスもいい加減十分だろう」
俺は右手の手袋を脱ぎ、その甲に刻印された紫がかった黒色の紋章を掲げる。
「『百年の間、王家に尽くすこと』――この刻印をもらった代償としてなら安いもんだったしな」
それは俺の前世の記憶だ。
過去、王家よりその刻印を授けられた俺は、王家に忠誠を誓い尽くしてきた。
――転生の術式を影の一族に依頼してまで。
「どいつもこいつも平和ボケしてしまってるし、もう俺は必要ないみたいだ」
「そうだそうだ! これでは宝の持ち腐れだ! ならば私と一緒に人類を滅ぼし――」
「それはしない」
彼らが衰退するのは勝手だが、自分から喧嘩を売るほど俺も暇人じゃない。
「……とはいえこれまで働き詰めだったし、バカンスでもしにいくか」
「旅行か!? 私を置いてはいかないだろうな!?」
「ああ、一緒に行こうルイン。荷物をまとめておいてくれ」
「わかった!」
……もし彼女が犬だったら、今頃千切れんばかりに尻尾を振ってるんだろう。
俺はそんなことを思いながら、自室のベッドの上で天井を見つめるのだった。
* * *
「……それで王女様、これはどういうことで?」
翌日、玉座の間に招集された俺は、騎士団の者たちに取り囲まれていた。
……というか、周囲から何本もの剣を突きつけられていた。
これじゃあまるで重罪人だ。
俺の前に立つ第一王女が口を開く。
「……魔導師アクト。あなたには王家への反乱を企てた嫌疑がかかっていますの」
反乱ねぇ。
彼女の後ろを見ると、そこではベクター卿がニタニタと笑いつつこちらを眺めていた。
現王は今、病に伏せっていて先は長くない。
この国での王位継承は、男女に関わらず指名制だ。
ここで何かしらのアクションを起こしておくことで、王の心証に対するポイント稼ぎをするつもりだろう。
俺は肩をすくめながら、ため息をついた。
「ベクター卿から何を吹き込まれたのかは知りませんが、俺はただのしがない魔導師です。ちょっとばかし遺失した錬金術をかじっていて、ゴーレムの整備ができるぐらいで……」
「それが反乱の兆しだというのだ」
俺の言葉を遮って、ベクター卿が口を開いた。
「ゴーレムの整備だと? では聞くが、アクト殿はいったい誰と戦うつもりなのだ? 魔族は滅ぼしモンスターも大人しい。他国との絆も王族同士の婚姻により強固なものとなっている……そんな中で貴殿しか満足に扱えない兵器を大事に整備するなど……反乱の為としか考えられまい」
彼は得意げに言ってそう笑う。
……大戦中なら笑い話にもならない言葉だ。
だが今の彼らの感覚ではそれが正しいのだろうな。
俺が呆れていると、彼は言葉を続けた。
「それにもう一つ証拠がある。……その右手を見せたまえ」
俺は手袋をした右手を掲げる。
……そう来るか。
俺は隠してもしょうがないと思って、手袋を取った。
そこに現れるのは黒色の刻印。
それを見たベクター卿は鬼の首を取ったように笑った。
「見よ! それぞ異端の証!」
「いや、これは――」
「黙れ! 伝承では女神の啓示を受けた勇者は、右手の甲に赤い女神の印が浮かぶと言う。その角張った刻印、女神の紋章とは似ても似つかぬ! 神聖なる場所に異端の証を持つとは、なんと嘆かわしいことか!!」
そりゃそうだろ。他の神から授かった紋章なんだから。
……さて困った。
その辺りは説明すると複雑になるんだ。
どうしたものかと悩んでいると、ベクター卿は早口で言葉を続けた。
「つまりそれは邪神を崇拝する、異端の刻印に違いあるまい! 貴殿のような反逆者を見過ごすわけにはいかぬわ!」
どういう理屈だよ。
俺は内心そんなツッコミを入れるも、どうやらベクター卿の言葉に王女は異論は無いようだった。
齢二十ほどになる彼女は目を細め、俺を見下すような視線を送る。
「魔導師アクト。あなたには邪教崇拝、並びに反乱を企んだ疑いにより追放処分を下します。……反論は受け付けないわ。貴族たちの中でもそれが多数派よ」
追放、ねぇ。
彼女の言葉にため息をつく俺を見て、ベクター卿が笑った。
「本来ならば反乱の徒など即座に処刑するところだ。しかしどういうわけか、貴殿は王のお気に入りだ」
現王は幼い頃、あのゴーレムが稼働した姿を一度だけ見ている。
よって彼だけは、ゴーレムの整備ができる俺を高く評価していた。
ベテランの貴族の中にはそれを知る者もいたはずだが、どうやらベクター卿の力はそれを押さえ付けられるほどになっていたらしい。
ベクター卿は俺を指差す。
「よって温情を与え、追放処分にしてやろうとしようと言うのだ」
「……あとで王に怒られたときの保険だろ。殺しちまったら取り返しがつかないからな。残念だが、そりゃ現実になると思うよ」
「――黙れ!」
ベクター卿は顔を真っ赤にして怒鳴る。
どうやら図星だったらしい。
王女がベクター卿を手で制し、前へと出た。
「魔導師アクト。あなたの言う通り、その嫌疑が晴れるようであれば帰還を許します。しかしそうでないなら二度とこの地を踏むことを許可しませんわ。……物理的にね」
そう言って王女は一本の錫杖を掲げる。
その魔力を帯びた杖を見て、俺は呟いた。
「女神の錫杖――!」
「おや、どこでこの杖のことを……? やはりあなたは怪しいですわね」
そう言って王女は笑う。
……そりゃあそれを作ったの、俺だしなぁ。
「この杖は王家の血筋の力で、異世界との扉を開くことができますの」
そうそう、当時の王は「妃が浮気してないか判別できるようになった」と嬉しそうに語られたっけな。
王女は杖の先を俺に向ける。
「あなたを異世界追放刑に処します」
王女がそう言うと、ベクター卿が指を鳴らした。
同時に周りを囲んでいた騎士団の連中が群がり、俺を拘束して地面に這いつくばらせる。
「抵抗しないでもらおうか!」
ベクター卿が笑う。
そして、俺も笑った。
「へ……へへ」
そんな俺の様子にギョッとした表情を浮かべるベクター卿。
だが俺はそんな奴の事になど構わず、一言告げた。
「バカンスの行き先は変更だ。――異世界は嫌か?」
その言葉と同時に、俺を拘束していた男たちが薙ぎ倒される。
四方八方へと蹴り飛ばされて、俺は自由になり立ち上がる。
いつの間にか、俺の横には黒髪の目つきの悪い少女が立っていた。
「どこでもいいぞ。お前が行く先は、どこだって面白そうだ」
ルインの言葉に倒された騎士団の面々が声をあげる。
「な、何者だ!?」
「褐色の肌……魔族の生き残りか!? まさか魔族の手先か……!?」
「や、やはりこいつ反逆を企んでいたのか……!」
口々に言う彼らの言葉を無視して、俺は王女の杖を指差す。
「抵抗しないから、どうぞ執行ください王女。……ただ、その責任は自分でお取りになられますようにお願いしますよ」
王女は俺の言葉にキッと顔を歪めると、呪文を口にした。
「【サモンゲート】……!」
俺の前に異界への門が広がる。
「さ、行こうルイン」
「ああ」
青白いそのゲートへ体を埋めると、熱風を浴びるような感覚を覚えた。
ルインも俺の体に寄り添うように近付いて、一緒に門をくぐる。
そうして俺たちは、半ば強制的に異世界への旅へと出ることにしたのだった。
* * *
「――アクト!」
「なんだルイン!」
「このままじゃ私たち死ぬんじゃないか!?」
ルインは俺の背中にしがみついている。
というのも、異世界へ飛ばされたのはいいが、その地点は地面から遠く離れた雲の上だったからだ。
まったく、座標指定ぐらいして欲しいもんだ。
しかしそんな会話をしているうちにも、地面はみるみる近付いてくる。
このまま衝突すれば二人とも即死だろう。
俺は落下の空圧に負けないよう、ルインに向かって叫んだ。
「なに、死にはしない! そのまま捕まってろ!」
そう言うと俺は、右腕の刻印を撫でる。
「【呪装刻印:スライムアブソーバ】!」
俺がそう言うと、刻印から水色のスライムが吹きだした。
それは俺たちを包み込むように広がって、そして同時に地面と衝突する。
――無音。
何か着地の際に岩山のような物にぶつかった気はするが、スライムの中にいる俺たちに音は伝わってこなかった。
「――ぷはっ」
俺とルインは、同時にスライムから顔を出す。
スライムは一時的に合成しただけなので、そのままぐずぐずに消えて魔力へと戻っていった。
「……いつ見ても手際が良いな、その召喚術は」
「もう百年も使ってるからな」
俺は右手の刻印へと目を向ける。
それは神から授かった異能だ。
錬金術が魔法に劣る点は下準備の困難さだ。
いかに強い魔導ゴーレムの作り方を知っている錬金術師でも、肝心のゴーレムを作るのには数ヶ月の準備が必要になる。
しかしこの呪装刻印はその弱点を補うような力を持っていた。
錬金素材の魔力合成――作り方を知っている物なら、即座に素材を錬成できる。
制限時間が短くすぐに魔力に還元されてしまうのが玉に瑕だが、今のような緊急のときには役に立つ。
それが大賢者と言われた錬金術師・アクテリオスの奥義だ。
……まあ、前世と違って今は無名の魔導師だが。
それどころか錬金術自体も遺失してしまっていて……。
「と、父さん! あれは……!」
横からかけられた声に目を向けると、そこには猫耳の少女とガタイの良いオッサンがいた。
獣人か?
俺が振り向くと、彼女たちは交互に声をあげる。
「神様だ!!」
「おお! 天から降りし神! 我らが一族の悲願を叶えたまえー!」
二人はそう言うと、俺に向かって土下座する。
「……はぁ?」
俺が声をあげるのと同時に、後ろでルインがブフッと吹きだした。
* * *
「ほう、隻眼の魔王ゲント……か」
「はい。そうです」
俺の前で、片目にアイパッチをした獣人の男が頷く。
「とは言ってもアッシはちょいと腰が悪いもんで、今はもう娘に代替わりしています」
俺がそちらに視線を向けると、栗色の髪をした少女は頷いた。
「あたしは猫耳の魔王ミアと言います……」
彼女の名乗りに、俺とルインが口々に声を漏らす。
「猫耳の魔王……?」
「可愛よ」
俺たちの言葉に、ミアは顔を赤くした。
「ま、まだ仮なんで……! あ、改めて後日命名式を行う予定でありやした……!」
ミアの様子に、ルインが頷く。
「私は影の一族の頭領ルインだ。それでこっちが……」
「アクトだ。よろしく」
そう言って手を出すと、二人は一旦アイコンタクトを取ったあとでミアが俺の手を握った。
現王であるミアが交渉すべきという判断だろう。
俺は神ではないが、こちらの世界の情報は早めに入手しておく必要がある。
女神の錫杖で繋がる先は非常によく似た世界線の異世界のみに限定されるとはいえ、食料が手に入らなかったら詰みだ。
よって俺は神っぽく振る舞うことにした。
「それで、俺に何か用か? 聞ける望みなら聞いてやろう。もちろん対価は頂くが」
うん、今のなかなか神っぽいんじゃないか?
俺の横でルインが笑いをこらえているのを除けば、完璧だ。
「……アクト様! どうか我らの同胞を救って欲しいのでありやす!」
そう言って、猫耳のミアは語り出した。
……長ったらしいので省略するが、かいつまんで説明すると彼らの部族のメンバーが敵に捕まっているらしい。
「東の魔王に捕らえられた同胞を助けて欲しいんです! ……さしあげられるものなら、なんでもお支払いするんで!!」
聞けば千に届きそうな数の部族をまとめ上げているらしいので、俺とルインを養うぐらいは可能だろう。
……いいカモ、発見。
「よし、その願いを聞いてやろう。ただし対価を払わなければ、俺の剣はお前たちの里に向くものと思え」
「は、はい……! もちろんで――」
「――アーハハハハハァ!」
ミアの声を遮って、辺りに高笑いが響いた。
振り向くと、空に浮かぶ痴女。
歳はルインと同じぐらいだろうが、そこにいたのは半裸の少女だった。
……なんだ? 小淫魔の類いか?
「こんなところにいたのね、隻眼の魔王ゲント!」
「ぐぅ、貴様……! 淫乱の魔王レティシア!」
「違う!! 美貌の魔王レティシア! ぶっ殺すぞ!!!」
彼女は見下ろしながらそう叫ぶと、俺たちに向かって指を突きつけた。
「何をしているかと思えばこんなところで神頼みー? やだー☆ そんなんだから弱っちぃんだよー? いい加減わたしたちへの服従を誓いなさいな! 今なら階位二位の魔王として名を残すチャンスだよ? だって、わたしたちがこれから世界を統一して、階位一位の大魔王になっちゃうんだからね☆」
どうやら彼女がこいつらと争っているヤツのようだ。
そしてよく見れば彼女の後ろから、ゆっくりと空を飛んで近付く無数のドラゴンライダーたちの姿がいた。
彼女は隻眼の魔王を見付けるやいなや、チャンスと思って突出してこちらへ来たらしい。
「なるほど、さてはお前ザコだな」
「……ああん?」
彼女はその金髪を風になびかせて、眉間にしわを寄せる。
俺はチラリとミアへと視線を向けた。
「おい猫耳。確認するが、アレを服従させらればいいんだな?」
「へ? は、はいっす!」
ミアが頷いたのと同時に、俺は右手の刻印をなぞった。
「――【呪装刻印:レプリケイト・サーティーン】」
するとそこから、膨大な魔力が溢れ出て鋼を形成していく。
崩れ落ちた鋼は地面が隆起するように盛り上がり、俺はそれに乗って空へと昇っていった。
それを見た淫魔レティシアが口を開ける。
「は? ……へ?」
驚きの表情を浮かべるレティシアの前で、それが完成する。
「――遺失ゴーレム第十三番基、【聖剣エクストラコールブランド・影打】!」
逆に俺が見下ろす形になって、彼女の前に立った。
俺の足の下には、大戦で失われたはずのずんぐりとした形状の一機の巨大ゴーレム。
その手に肩から生えている巨大な剣を振り上げた。
巨体に似合わぬその速度に、レティシアが声を上げる。
「ちょっと、待っ――!」
そんな言葉を待ちもせず、ブゥンと風切音が響いて刃が振り下ろされた。
ついで、剣圧が続いて辺りに嵐が巻き起きる。
地上に存在するあらゆる物を切断して、魔力の刃は時間差で遙か遠くの山を断ち切った。
バーン、という音と共に天すらも切り抜いて空を揺るがす。
レティシアは後ろを振り返ってそれを見ながら、ゆっくりと地面に向かってへたり込むように落下していった。
同時に俺が再現したゴーレムのレプリカも崩れていき、魔力に戻っていく。
ゴーレムだったものが完全に魔力となって右手の刻印へと戻ったとき、俺の前には土下座する少女の姿があった。
レティシアはその金髪を地面に擦りつけつつ、声を上げる。
「すみません、っした――!」
……どうやら少し脅かしすぎたのかもしれない。
俺がどう答えようか迷っていると、レティシアが顔を上げた。
「――お願いです! わたくしめを弟子にしてください!」
「……は?」
「ちょっと待つっすよ!」
レティシアとの間に入ったのは、猫耳の魔王ミアだった。
「アクト様! もし弟子をお取りになるなら、わたしの方からお願いしやす!」
「ちょっとこの泥棒猫、わたしが先に言ったのに――!」
「いや声かけたのはあたしが先じゃないすか……!」
言い合う二人の様子に俺はため息をつく。
そんな俺の顔を、ルインがニヤニヤと見つめていた。
「忙しくなりそうだな、アクトサマ?」
「……俺はバカンスに来ただけだってのに」
俺は目の前の騒ぎを見ながらも、ため息をつくのだった。
* * *
魔導師アクトが消えた広間。
すでに異界の門が消えて数分が経っていたが、そこでは残された者たちが何もなくなった空間をぽかんと見つめていた。
そんな中、最初に動いたのはベクター卿だった。
彼は頬を引きつらせつつ、ぎこちなく笑い出す。
「は、はは、ハハハ……! み、見よ! これが王女の力だ! 王女こそが次代の王に相応しい器よ……! これで私も、お前たち騎士団もこの先安泰よ……! ハハハ……!」
一人笑うベクター卿とは対照的に、王女は眉間にしわを寄せながらアクトが消えた空間を見つめていた。
「異端刻印――ね」
何かを思うように王女が呟くと同時に、広間の入り口の扉が勢いよく開かれる。
「ベクター卿!」
「なんだ騒がしい!」
走ってやってきた兵士が、息を切らせながらベクター卿の前へと出る。
「それが……西の山から黒竜が飛来して……!」
「……なんだと? 竜? 竜とは……あの竜か?」
「はい! 竜です! 伝説の……!」
「そ、そんなまさか……竜は過去に一匹残らず討伐されたのでは……」
「し、しかし現に今街に向かって向かって来ています! さらに西からはビジャル帝国の軍が迫っているという情報もありまして……」
「こ、このタイミングで……? 援軍か……?」
ベクター卿は頭を抱えて困惑する。
当然であるが、彼は軍の陣頭指揮など取ったことはない。
「……ええい! とにかく騎士団を始めよ! 兵もだ! 全員総出で迎え撃て! 帝国軍には使者を送れ!」
彼はそう言って周囲の騎士団の者たちへと声をかけた。
「今こそ騎士団の力を見せる時ぞ! ルイヤード騎士団の初陣、見事ドラゴンの首を狩りここに挙げて見せよ!!」
ベクター卿の掛け声に、周囲の騎士団員たちは拳を掲げて声をあげた。
「お、おー!!」
騎士団員は急いで出陣の準備へ取りかかる。
「ふ、ふふ……ドラゴンの討伐か。ドラゴンの首があれば、王も我々を認めざるをえまい……! そうだ、これはピンチではない! チャンスなのだ!」
ベクター卿はほくそ笑む。
「我が覇道は今日から始まるぞーっ!」
その一週間後、ルイヤード騎士団百余名は一人残らず全滅した。
ルイヤードは人口の約一割を失い、これより帝国の支配を受けることになる。
それが複数世界を巻き込んだ第三次魔王大戦へと繋がっていくとは、そのときまだ誰も思っていないのであった――。
こちら「交互にタイトル付け足していって限界まで盛ったら次の日までに短編書いて持ち寄ろうぜ」企画、通称「タイトルジェンガ企画」を友人とやった結果のものです。笑っていただければ幸いです。
(企画とは言っても、二人で即興でやっただけです)
友人の投稿作 → https://ncode.syosetu.com/n5824go/
※あっちのあとがきはだいぶ盛ってます
面白かったら評価いただけると、友人と殴り合うことができるので是非よろしくお願いします