少女戦記
あんまり遠くの山を指さして、あそこまで行けば見はらしがいい、と、それは、きっとその通りで、みじんも嘘うそのないことは、わかっているのだけれど、現在こんな烈しい腹痛を起しているのに、その腹痛に対しては、見て見ぬふりをして、ただ、さあさあ、もう少しのがまんだ、あの山の山頂まで行けば、しめたものだ、とただ、そのことばかり教えている。きっと、誰かが間違っている。わるいのは、あなただ。「女生徒」太宰治
第一章
昔から、物分かりの悪い子でした。父は狂暴で、そんな私にいろいろなものを分からせようとするものだから、何度公衆の面前で叱られ、どやされたか、分かりません。
ピアノも、書道も、だめ。運動は、もっとだめ。父に連れられておけいこに行くときが、幼い自分にとって最も苦痛で、泣きたくなりました。
内気で弱弱しく社交性に欠ける自分を矯正しようと、日曜の昼に、父はよく私を、子供のごった返す公園に連れて、背中ドンと押して、「あそんでこい」といいました。ああ、その時の、つらさ。
世界が、赤く見えました。
でも、落ち着いた所、一つ。学習塾でした。お部屋のスミッコで英語のプリントなんかやっていると、こころがやすらいで、とけてしまいそうな気がしたものでした。
勉強なら、できるかも。そう思いました。
塾に行き始めたのは小6だから、中学受験には間に合いません。けれど、高校なら・・
そんな漠然とした、薄黄色で下地塗られたカンバスみたいな野心抱えて、地元の中学の門くぐりました。
動物園でした。お昼休みは、プロレス。男は猿、女はゴリラ。ボイコット起こる授業もありました。
私が、いじめられなかったのは、奇跡です。というのも、少しお勉強ができたから、先生に気に入られて、保護されて、奴の後ろには教師あり、と、嫌がらせをするものも、消えていったのです。
学校には、いじめまで行かなくとも、陰湿な野郎はいるものです。そういうやつは、たいてい少しお勉強ができます。
いじめでなくて「嫌がらせ」をするのは、多少の理性と知性の証です。
対処法は、簡単です。テスト前に先生からポイント聞きだして、そいつらに見せます。
「今度嫌がらせしたら、見せないよ」
終わり。
かくして私は中学という体裁を帯びた戦争地域で、恒常的な平和を得ました。
私は、スイス。クラスには、ヒトラーやムッソリーニみたいなやつがゴロゴロいたのです。
順調に先生の信頼を得て、中三で最後の通知表もらって、学校は行かなくなりました。
毎日塾に通い詰め、一日10時間以上勉強して、都立トップの進学校に、ぎりぎりで入りました。
地獄の、はじまり。
第二章
私はアホでした。高校デビューなんて心躍らせて、スカート短くして、クラスの扉開けて、始めの方はカーストの上位気取り。お昼休みは友達とのおしゃべりの司会なんかやって、
今おもえば、おかしい。くす!
しっかりクラスの誰かと話していたのに、毎日居場所が狭くなっていく気がして、疎外されていく。
ちょうど、自分が常識という恒星から少しずつ軌道を外していく惑星のように感じました。
はっきりいって、面白くないんだって。私の会話。お勉強と自分の話ばっかり。
この、エゴイスト!
体育祭が、決定打。クラスリレー。勝負回ってくる。足遅い私。冷ややかな視線が、心臓を、刺す。
一回目の中間考査が終わって、自分の成績は、そこまで高くないことに気づきました。
私の運動能力と社会性が群を抜いて劣っているのは自明ですから、この学校にいる大半の人間は、私より価値ある人間だということになります。泣きたい。つらいよう。わああ。
中学みたいに表層ばかりで生きては行かれないのです。
ああ、わたしには、なんも、ないんだ。つくらなきゃ。なにか。
部活にも入らないで、懸命に毎日放課後自習室。勉強で勝つ。存在意義を見出す。
劣等感に苛まれ、嘲られ、嬲られ、生きていくのはもういやだ。
自意識過剰だって言うでしょう。でも今の私には、少なくともこの学校という社会においては、自意識しかないのです。
アリストテレスは、「人間は社会的動物だ」と言いました。
つまり社会で承認されない私は、人間として生きていかれません。人外です。
だから、否定しないで。私の自意識。
やめて、こないで、いやだ!
一年、あっという間に過ぎました。校外学習とか武道大会とか、あったはずなのに、思い出したくありません。
友達との交遊もなければ、ましてやデートなんて、あるわけもない。勉強だけ。
私が女であることを、しばしば忘れそうになります。否、私はもはや女ではありません。
「肉塊を帯びた辞書」とでも言うべき、恐るべき物質に成り下がりました。
第三章
二年になって、私の模試の成績は校内トップになりました。
皮肉なことに、生徒の間ではなく、先生の間で、私は人気者になってしまいました。
特に、日本史のTの、お気に入りになりました。
「幕藩体制を定義せよ」とかいう質問でした。本当にたまたま、私が当たって、
私は、本当に毎日勉強しかすることが無かったので、本当に、満点の回答を、
うっかり、やらかしてしまいました。先生 にちゃあ と笑って
「完璧だねえ」と嫌な笑顔で、次から毎回、難題が浮かぶと私にぶつけて、
私も私で、答えてしまって。
そのうち「神童」とか「エース」とか、私を形容するのに一点の部分点もあげたくないような、いやらしい表現をするのでした。
クラスでも、「あんなやつがいたのか」
ということになって、はじめて、休み時間にチヤホヤされました。
お勉強に、関することで。
みんな、私のパーソナリティーになんて、微塵も興味が無いようでした。ただ、埋められなかった授業プリントの、海保青陵 とか 末次平蔵 とか、マニアックな日本史の人名を知りたいがだけでした。
なあに、簡単。みんなは、教室のスミッコに、便利な電子辞書か、日本史の図説が転がっていることに気づいたのです。
便利で従順なものは、利用しない手がありませんから。
それが、人間です。
今日、放課後、初めて、職員室で、担任との面談でした。
君、ココ(職員室)で有名になってるよお。優秀なんだってえ?
は・・い。
大学は、どこに行きたいんだ?
どこでも・・名の通るところなら、どこでも、い・い・・
「とうきょうだいがく」っていう大学があるんだ。ねえ、目指してみない?
・・・・・
おい、なんとか言えよ「と・う・き・よ・う・だ・い・が・く」ほら、言ってみろ
・・・「とうきようだいがく」
職員室が、沸いた。担任嬉々として、そうかそうか、よかったよかった、相当勉強しないといけないけど、頑張れよお。
ポン と肩叩いて、
将来は、何になりたいんだ?
・・・・・
なんか言ってみろ。
・・・・・(いままで、勉強しかしてこなかったのに、世界狭くて、友達も恋人もいなくて、海保青陵だとか林子平とか、知識しかないのに、夢なんて、分からない)
「ぐ・ろ・-・ば・る・な・こ・く・さ・い・しゃ・か・い・で・か・つ・や・く・す・る・と・っ・ぷ・り・-・だ・あ・-」ほら、言え。
「ぐろーばるなこくさいしゃかいでかつやくするとっぷりーだー」
よく言った!! うん、立派だ!!
拍手起って、視界の隅に、いやらしくうなづく日本史の、Tがいた。
第四章
職員室を出るとちょうど目の前で、顔立ち整った一組のカップルが通り過ぎ、階段を下って下校しようとしていた。
愛とは、なんだ。
私はいまや優秀な人間です。偏差値も74を超えた。勉強ができない人からすれば、高潔で清らかで、知的な女に見えるはずだ。
ジャンヌ・ダルクもさながらの、高潔な、女騎士のように!
ならばどうして愛されない?こんなに、頑張ってるのに。なんで、友達も恋人も、できないの?
私が、かわいくないから? 不公平だ。
美男美女は努力しなくたって、愛という世界でもっとも高尚な概念を手に入れられる。
愛は強い。どんな勉強家だって、恋人に「愛してる」なんて言われて抱きしめてもらえば、中天の快楽を得て、思想なんて、学問なんて、どうでも良くなる。愛が欲しい。無償の愛。努力しなくても、あなたはあなたのままでいいって、認めてくれるような、愛。
わたしには、ない。
「ねえ、あいつ、こっち見てる」
「うわ、きもっ。あいつ、クラスリレーで転んだ奴だ」
「さよなら、ぶさいくさん」
第五章
私は走って新宿の紀伊国屋に向かいました。もう、何もかも嫌でした。
厳格な父、虐待、内向的性格の形成、中学での表面的な生活、苦労した入試、高校デビューの失敗、勉強の決意、空虚な自習室、勉強、勉強、勉強、勉強、勉強、勉強、模試、校内一位、担任面談、東京大学、意思、高邁、努力、合格、卒業、大企業、出世、退職、死亡。
これ、全部書きたい。詩人になりたい。書きたい。うるさい!私は書くんだあ!離せ!
紀伊国屋で、いつもの参考書コーナーを通り過ぎて、文庫本のコーナーに向かって、夏目、芥川、太宰、ゲーテ、ドストエフスキイ、アラン、本漁った。
だけど、教科書いっぱい詰まったスクールバックの重さに気付いて、虚無になって、こうやって書店でボンヤリしてるあいだも他の人は勉強してるなんて思うと、もうやってられなくなって、本全部棚に戻して、家に帰った。
一年後、私は死ぬほど努力して(それしかやることが無かったので)東大に合格最低点+0.1点で合格した。
ああ、また、高校と同じだ。ビリで入ったんだから、努力しなきゃ。
辛き生は繰り返される。「解脱」という概念を創造した仏教は、本当に、偉大です。