失恋とチョコ、驚きを添えて
「はぁ〜ぁ。どうしようこれ…」
私はポケットに忍ばせた金色の小さな包みを軍服の上から軽く触りながら溜息をついた。
明日はバレンタインだし、ワンチャンイイ感じの雰囲気になって渡せるかもーーー!とかすっごく軽い気待ちで侍女のレオナに教えてもらいながらトリュフ作って持ってきたのは良いとして、どう団長に渡すというのか…はー、溜息しか出ない…そんなくだらないことを悩み始めてはや3時間。
いつのまにか私が護るべきお方であるユリア王女殿下の支度はとっくに終わっており、流石に気を抜きすぎではないかと自分を叱咤する。いやでも団長にチョコを渡したい…
そう、私ことナビーヤ・カラートラ近衛女騎士はシオール騎士団長をお慕いしているのです!シオール団長には入隊時から良くお世話になっていて、お優しいし顔はすごく整っているけれどフィル王子と違って紳士で真面目だし、精神的にも物理的にも強くて最高の男性と言っても過言じゃないくらいかも!でもそんなシオール団長を慕ってる女性はやはり多くて…
「私、シオール様にお会いしたいのだけれど、ご予定は空いていらっしゃるかしら?」
頬を赤く染め、恥じらいの表情を浮かべて聞いてくるユリア王女殿下の可愛らしさったらもう言葉では言い表せないくらい可愛い。無理。可愛さのかけらもない男らしい私じゃ勝負相手にすらならないわ…ポケットの中のトリュフはおやつとして食べてしまおう。そうしよう。
「大丈夫です、殿下。団長は今日事務仕事がメインですから執務室にいると思うので呼んで来ますね。それともご案内致しましょうか?」
任せて殿下、チョコを渡したかったから団長の予定は把握済みです!私のことはいいからその可愛らしいおててで持っているお菓子が入っている(推定)の箱を団長に渡してあげてくださいませ!!殿下は私より年下だから団長とは10歳くらい歳が離れてるけれどきっとめでたくゴールインに違いない。可愛くて綺麗で頭も良くて若くて語学も堪能な殿下を断る理由はほぼなくない?私だって男性だったら迷わずプロポーズしちゃうかもってレベル。
「直接お渡ししたいから案内して欲しいの…!」
私は殿下の本気さに押され、内心泣きたいのをグッと堪えて団長の執務室に殿下を案内した。殿下と侍女が部屋の中に入るのを見届けて、私は一人で近衛騎士の本部の中庭へと向かった。何故向かったのかって?そりゃあ泣きながら証拠隠滅(トリュフを食べ尽くす)ために決まってる!殿下には団長いるし、団長付きの騎士もいるから平気でしょ。職務怠慢って言われるだろうけど、私も一人の人間だしはじめての失恋だから多めに見て欲しい。少し泣いたらいつもの私に戻るから。
大きな木の影に隠れて見つかりづらいベンチに腰を下ろす。座りにくいから剣は横に置いた。ここにベンチがあるとはあまり知られてないので、近衛騎士になって一人で落ち込みたい時によく使っている。このベンチに気づいた私まじ偉い!なんて自分を褒めつつポケットからトリュフを出す。
抑えめの金色の紙に包まれ、細くて繊細に編まれたリボンで結ばれた箱はポケットに入れていたからか少しよれており、
まるで想いも伝えられずに失恋した私のように見えた。
いや、それは流石にトリュフに失礼でしょ。ってか私が団長狙うとか無理すぎたのよー!私のレベルというかランクが下過ぎたもん!あーもー、くだらないこと悩んじゃった!なんて心の中で軽口を叩く。すると私の右目から何かがこぼれ落ちた。
やだ、私泣いてるじゃん…
そう自覚した瞬間せきをきったように涙がぼろぼろと溢れ出した。
好きだった。数少ない女性の近衛騎士として不安だらけだった私を優しく、時に厳しく導いてくれた団長が。今でも好きだ。柔らかで綺麗な顔で上品に笑う笑顔も、敵を目の前にした時の怖い顔も、悔しくて泣いている私を慰めてくれたあの強くて頼りになるあの掌も。全部好き。
でも捨てなきゃ。この想いはもう無駄な無意味なものだから。
私はぐじゃぐしゃと軍服の袖で荒々しく目元を拭った。拭っても拭っても涙は溢れてくる。硬い軍服の生地とレースが痛かった。涙よ、早く止まってほしい。早くいつもの私に戻らないといけないのだから。早く、早く早く。
「また泣いてるのか」
「…泣いてません」
私は俯いたまま答えた。アイザック王太子だ。彼はこのベンチを知ってる数少ない人間で、なにかと私に構ってくる。でも今は放っておいてほしい。早く何処かに行って。お願いだから。
「嘘をつくな。使え。」
目元を拭っていた右手を掴まれ、かわりに白い柔らかなハンカチが差し出された。私はそれを奪い取ると言われた通りに涙を拭く。
「仮にも女が軍服で涙を拭うんじゃない。目元が傷ついたらどうするんだ。」
「王子には関係ないことですよね。ほっといてください。」
「相変わらず可愛げがないやつだ。ふん、まぁいい。それよりこの包みはなんだ。」
白いけれども男性特有のしっかりとした大きい手が私の膝に載っていた金色の包みをさらっていく。
「それはごみです。返してください。」
私の言葉が聞こえなかったように手は赤いリボンを解いて中の白い箱を剥き出しにした。
「返して!」
慌てて伸ばした手を簡単に掴まれる。涙で曇る視界の中で見えた王子は何故か嬉しそうだった。銀色の長い髪を後ろで結えた端麗な顔立ちの彼はなぜか笑顔を浮かべる。
「ようやくこちらを向いたな。中身はごみじゃなくて菓子だろ?俺が食ってやろう。ありがたく思うんだな。」
「全然ありがたくないです!それは貴方用のものではないので食べないで!」
「あの鈍感男の分だから食うなと?」
「団長のじゃありません!」
「団長のとは言ってないが?」
「ぐっ…!」
黙る私を見て、彼は紫の切れ長の瞳を細めてくつくつと笑った。なんて嫌味な奴なんだ!
「でもまあ、これはごみなんだろ?なら俺が食っても問題ないよな。貰うぞ」
お世継ぎの王太子に自分が作った粗末なトリュフなんぞ食わせられるわけがないと必死に止めようとする私を尻目に、王子はがばりと蓋を開けると中に入っていた小さな不格好のトリュフを一つ摘んで口に入れた。マジで食べちゃったよこの人…
「出して!吐き出してください!私の作ったもんなんて危な過ぎます!」
「変なもん入れてないんだろ?それにうまいぞ。安心しろ」
「そういう問題じゃないんです!出せ!」
「ったくうるさいぞ。」
突然腕を引っ張られ、抗おうと…視界いっぱいに王子が広がって紫の瞳が大きく見えて……え……
「美味しいだろ?」
口の中に小さくなったトリュフが突然入って…え、私今王子にき、き、き…
「急になにすんですかーーーーーー!?」
テンパる私を見ながら王子は見せつけるように自分の唇を舐めた。
「次は俺の為だけに作れよ。じゃあこれ貰っていくから。またな」
優しくて甘ったるい瞳をした王子は、私の頭に小さくキスを落として去っていった。
え、いや、え、ちょ、なんなの!?
なんで私王子にキスされてんの!?ってかファーストキスなんですけども!?
涙がいつの間にか止まっていることに気付いたのは団長付きの騎士が私を探しに来てからだった。
読んで頂きどうもありがとうございます!
内容がなくてすみません…
こういう展開が好きなのです!
短時間でがががっと書いたので誤字脱字あったらすみません…