婚約破棄は突然に⑥
「それは、マリアと会っていたことを言ってる……?」
アルは緊張で震えそうな声をなんとか絞りだし、リリーに問いかけた。
「……マリア?」
視線を手元の本に向けたまま発せられた、先ほどよりも冷えたリリーの言葉にアルはゴクリと生唾を飲み込んだ。
(しまった!!これじゃなかったのか?!)
やぶ蛇を突いてしまったアルは冷静さを失い、今や頭はパンク寸前、パニック状態だ。
「えっ……と、あ!!じゃああれのことかな!?マリアと別れた後にブルネット家の末娘のケイトとバラ園で落ち合ってキスしてたことを言ってる?あれは違うんだ!!ケイトがバランスを崩して倒れ込んできたから支えようとしたら口と口がぶつかってしまって、言わば事故の様なものなんだ!!」
そういうことってあるだろう?とアルは必死に言い募るが、リリーは相変わらず無表情で、アルに視線を向けることなく無言で手元の本を読み続けている。
(なっ……!?これも違うだと!?)
「じゃ、じゃああのことかな?お茶会が終わった後、給仕係のメイドとバラ園に居たところを見ちゃった?あれも違うんだ!!メイドが疲れてる様だったからこの国の王子として職場環境の改善の一貫として話を聞いていただけで!!…………あれ?これでもない?じゃああのことか」
アルは反応の薄いリリーに焦り、正解を見つけようと次々と悪事の数々を告白していった。
リリーはただ、それだとも違うとも言わず静かに本を読みながらアルの告白を聞いていただけなのに。
アルの口から六人目の女の名前が出たところで、やっとリリーはパタリと手元の本を閉じてアルに視線を移した。
「そうか!!リリー付きの侍女のメアリーを抱き締めていたところを見てしまったのか!!」
アルは六人目の女でやっとリリーが反応を示したことで、リリーの逆鱗に触れたのが侍女のメアリーとの情事だと思った様だ。
「これも違うんだ!!彼女が何を言ったかは知らないが慣れない王宮でのお茶会で気鬱な様だったから声をかけて元気付けようと……」
「私の侍女にまで手を出していたのですか。」
「……へ?」
まるで腐った生ゴミでも見るかの様な軽蔑の眼差しで、リリーはアルを見つめた。
(……!?これも違っただと!!)
驚愕しているアルにリリーはさらに追い討ちをかける。
「先月の、たかだか三時間程度のお茶会で六人もの女性と、だなんて流石としか言い様がありませんね。」
「!?……そ、それは……」
「勘違いしている様なので言っておきますが、私は先月のお茶会で貴方様が女性達とお楽しみになっていた姿なんて一度も見ておりませんよ。」
貴方の告白を聞くまでは。
そう付け足したリリーにアルは目を見開き、引き続き驚愕している。
「な、それじゃあさっきの意味深な"先月のお茶会"とか"裏庭のバラ園"とかは……」
「ああ、カマをかけただけです。」
「そんな……」
アルは絶望した。ただカマをかけただけだったなんて、それならば自分は勝手にペラペラと女性達との情事を告白して墓穴を掘っただけではないか。
アルは力なく項垂れた。
「まあ、なんの見当もなく言ったわけではありませんけど。」
リリーは項垂れるアルに、アルが沢山の女性と関係を持っていることやその密会場所にあの裏庭のバラ園を利用していることを随分前から知っていたと説明した。
リリーの衝撃の告白にアルが何も言えずにいると、リリーは呆れた様にため息をついた。
「アルは誰にもバレていないと思っていたみたいだけど、社交界……ううん、学園内でも王宮内でもなんだったら城下町でも有名な話よ。"第二王子のアル様は女性だったら老婆でも幼子でも見境なく手を出す"って。」
知らないのは本人だけね、そう言ってリリーは困った様に微笑んだ。