婚約破棄は突然に⑤
王宮の片隅にひっそりとあるバラ園。そこには滅多に人が来ることはない。来るとしても庭師が決まった時間にバラの世話をしに来るくらいだ。
小さなこのバラ園は、園芸が趣味だった先々代の王妃が細々と育てていたらしい。先々代の王妃が息抜きをかねてバラを育てていたこともあって、そのバラ園は広い王宮の裏庭のそのまた奥まった場所にひっそりと存在していた。
人に会うのを避けるためか、普通に生活していてはまず辿り着けないような複雑なルートを通り抜けなければ先々代の王妃のバラ園には辿り着けない。
僕がこのバラ園を発見したのも全くの偶然だった。
僕が九歳の頃、王宮に遊びに来ていたリリーと広い王宮を探検していた時にこのバラ園に迷い混んだのが始まりだ。
その時、いつも無表情なリリーの顔が心なしか輝いている様な気がして、やっぱりリリーも女の子なのだな、なんて感じたものだ。
そんなこんなで裏庭のバラ園はリリーと僕(とバラの世話をする庭師)しか知らない秘密の場所になった。……しばらくの間は。
僕はその後、王立学園へと入学し年の近い学友達とそれなりに楽しい日々を送っていた。
第二王子とはいえ、王宮で暮らしていた頃は常に厳しく監視され心休まる暇など殆どない窮屈な日々を送ってきたが、王立学園に入学して寮に入ったことで幾分自由な生活を送れる様になった。
そんなこともあって、勉強はもちろんだがそれ以上に年相応の少年としての生活を謳歌して学園生活を送っていた。
それは貴族出身の学友達も同じ様で、抑圧されていたものが集団になって爆発してしまい時には羽目を外しすぎて教師にこってりと絞られ、両親に報告されてしまうこともあった。
そしてこの学園生活で親しくなり共に羽目を外したのは同性の貴族子息達だけ……ではなかった。
自慢ではないが、僕は幼い頃から女の子にモテていた方だと思う。
恵まれた家柄、整った容姿、剣の稽古で鍛えられた引き締まった体躯。ここまでは揃えばモテるなと言う方が難しい話だ。
僕が微笑めば、老若男女問わず時には犬でさえ頬を染め上げたし、僕が声を掛ければ喜びのあまり気絶する者もいた。
ただやはり王宮で暮らしていた頃は、正式に発表されてはいなかったとはいえ公然の事実であったリリーという婚約者に遠慮してか、陰からひっそりとアルに想いを寄せるだけに留まる者が殆どだった。
しかし、そんな控えめだった貴族令嬢達も王宮学園へ入学したことで僕らと同じ様にタガが外れたのか貴族令嬢としては些かはしたない様な勢いと積極性をもって僕にアプローチを仕掛け始めた。
最初は上手くかわしていたアルだったが、可愛らしい令嬢達に連日熱く必死にアプローチされては嫌な気もしない。
いや、むしろ快感を覚えていたといった方が正しいかもしれない。
そしていつしか若さや未熟さ、王宮での抑圧された生活からの解放感も背中を押して、アルは自分の第二王子としての立場や、まだ幼い年下の婚約者のことなどスッポリ頭から追い出し、学園内に来るもの拒まず去るもの追わずな爛れたハーレムをつくりあげていった。
王立学園を卒業するまで、そう決めて限られた自由を謳歌出来る今を楽しむことにしたのだ。
(まあ結局、王立学園を卒業した今も一度覚えた女遊びという悪癖は抜けずにいるんだけど)
アルは自分の不甲斐なさを改めて確認して情けなくて消え入りそうな気持ちになった。
先月のお茶会でメモを渡してきたマリア・ブラックもその頃学園で関係を持ち、今も関係を続けている貴族令嬢の一人だった。
王立学園を卒業後も女遊びをやめられなかった僕は、監視の厳しい王宮内で何とか令嬢達と密会できる場所はないかと頭を悩ませていた。
そこで思い至ったのがあの王宮の裏庭にある先々代の王妃のバラ園だった。
彼処ならばリリーと僕(と庭師)しか知らないから見つかる心配は限りなく低いのではないか?と気付き、表向きは王宮で開かれるパーティーやお茶会、王宮に勤める父親や兄弟への使いとして登城する令嬢達や王宮で働くメイドを、裏庭のバラ園へと誘い込み数えきれない程の女性達と幾度となく愛を囁きその柔らかな肌に触れあった。
先月のお茶会の日も人目を掻い潜っていつもの様に途中でお茶会を抜け出し、あの裏庭のバラ園でマリアと密会した。
そしていつもの様にマリアと甘い一時を過ごし、乱れた衣服を整え名残惜しそうにしているマリアを見送り、お互い何事もなかったかの様に時間をずらして別々に平然とお茶会が行われている会場へと戻った。
(あれを、見られてたのか……?)
アルの額に嫌な汗がゆっくりと伝う。
思い当たった逆鱗の正体に、アルは頭を抱えるしかなかった。