婚約破棄は突然に④
会場に着くと一息つく暇もなく、愛らしいご令嬢達に囲まれリリーと別れた。
ここまではいつも通りだ。
(……まさかこれじゃないよな?リリーは呆れてはいたがいつも通り無表情だったし、さっと踵を返して会場の奥の多分お気に入りの指定席へと足を向けていたから変わった様子もなかった……はずだ)
リリーと別れた後の僕はというとご令嬢達に「今日は私の隣にお座りくださる約束ですわ」「ずるいです!!」「私は同じテーブルに着けるだけで満足です!!」なんて可愛らしく取り合われ、まあ正直満更でもない気持ちで会場の中央に位置する自身に用意されたテーブルにご令嬢達と共に席に着いた。
そして僕の左隣にはブラック公爵家の一人娘、マリアが当然の様に腰をおろした。
本来であればアルの左隣に座るのは婚約者であるリリーのはずだった。しかし、リリーはアルの婚約者になって一度たりともその席に腰をおろしたことはない。むしろ隣の席はおろか、同じテーブルに着いたことさえなかった。
アルも当然最初はリリーを隣の席へとエスコートするつもりだった。しかし、アルとリリーの婚約が正式に発表され、三年前にリリーが社交界デビューした後もブラック公爵家の令嬢マリアはアルの婚約者の指定席であるアルの左隣の席を譲らなかった。
最初は遠慮がちだった他の令嬢達もマリアの強気な態度に触発されてか、いつの間にかアルの婚約者であるリリーの存在など忘れて配慮などしなくなっていた。
まあ、元を辿ればリリーが社交界デビューするまでの間令嬢達を侍らせ好き勝手させていたアルが諸悪の根源であることは間違いないのだが。
最初はアルもそんな態度のマリアや令嬢達に困惑しどうにかしようとしていたが、リリーが「私は気にしません。今まで通り皆さんでお楽しみください」と言ったことで申し訳ないとは思いながらも正直、面倒事を回避できることに胸を撫で下ろし、それならばとこの形を取り続けていた。
(……まあ、これも冷静に考えるととんでもなく非常識な行動だと思うが、三年前から続けているし今さらこれが理由で婚約破棄はない……よな?)
(……だとしたら、あれか?あれをリリーに見られてたのか)
アルはお茶会の最中にテーブルクロスの下でマリアにこっそりと渡された繊細なレース模様の施された紙に記されていた文を思い出して、顔を青ざめさせた。
マリアから渡された紙には〈いつもの場所でお待ちしております。〉とだけ記されていた。
紙を見てマリアへと視線を移すとその横顔はほんのりとピンク色に染まっていた。
その姿が、普段の気の強い彼女の姿とはうってかわって恋する乙女の顔で、僕は確かに愛らしいと思ったのだ。
アルは了承の意を込めて、テーブルクロスの下でマリアの滑らかな手のひらにそっと触れた。
"いつもの場所"、それも確認する必要はなかった。必要がないほど、僕とマリアは何度もその場所で密かに逢瀬を重ねていたからだ。
そう、王宮にあるバラ園で。