婚約破棄は突然に②
───話は先月王宮で行われた王妃主宰のお茶会の日に遡る。
第二王子であるアルはもちろん、その婚約者であるリリーも当然お茶会へと招待され、アルのパートナーとして参加していた。
パートナーを伴って参加するパーティーやお茶会では、基本的に男性はパートナーの女性の側を離れずエスコートする。
そう、基本的には。
だが、アルはその日リリーをレッド公爵邸に迎えに行きお茶会が行われる会場へとエスコートすると、既に会場で王子様の登場を今か今かと待ち構えていた由緒正しい積極的すぎる肉食系貴族令嬢達に黄色い声と共に一瞬で取り囲まれ、どこぞへと連れていかれてしまった。
アルは「いやぁ、まいったな。」なんて言っているがその表情は満更でもなさそうだ。
アルはポツンと置いていかれたリリーを見て、口をパクパクと動かし、周りに聞こえないように合図を送る。
(ごめん!いつも通り適当に楽しんで!!)
リリーは慣れたもので、手をヒラヒラと振り了解の意を伝えた。
それを見たアルは安心したようにフワリと微笑み、肉食系令嬢達と楽しげに会場の中央、人混みの中へと消えていった。
リリーは小さく溜め息をつき、人混みの中へと消えていったアルと肉食系令嬢達が居るであろう会場の中央を見つめる。
こんな事はもう慣れっこだ。
そう、アルの言った通りこんな風に置いてけぼりにされるのはいつもの事なのだ。
アルのパートナーとして今まで数えきれないほど多くのパーティーやお茶会に招待されてきた。
そしてどのパーティーでもアルは先程のような積極的なご令嬢や取り巻き達によって連れ去られ、リリーはポツンと一人置いてけぼりにされるのだ。
初めこそなれないパーティーで突然一人ぼっちにされ不安でいっぱいだったリリーも、回数を重ねた今では慣れたものだ。
アルもアルで、最初こそパーティーに慣れていないリリーを一人にすることを心配し申し訳なく思っていたが、常に無表情なリリーに(あれ?結構平気そう?)なんて盛大に勘違いして、今ではリリーのエスコートを途中で放り出して一人置いて行くことに微塵も罪悪感など感じていなさそうだ。
リリーは、綺麗なドレスに身を包む愛らしい令嬢達を愛おしげに見つめ宝物のように大切にエスコートする男性達と、男性達にエスコートされ幸せそうに頬をほんのりピンク色に染めている令嬢達を視界の端に映した。
パートナーに置きざりにされ、エスコートもして貰えない。
そんな自分が可哀想で、惨めで、恥ずかしくて、リリーは自然と顔を足元へと向け俯いていた。
平気なわけがない。十三才の年頃の女の子がこんな場所で一人ぼっちにされて。
慣れたんじゃない、慣れるしかなかったのだ。頼れる筈のパートナーは居なくて、一人で何とかするしかなかったのだから。
無表情だから何も感じないわけではない。表情とは裏腹に不安で今にも心臓が喉から飛び出して来そうだった。
逃げ出したい。そう思ったのは一度だけでは無かったが、それでも今日まで逃げ出さなかったのは、リリーの公爵令嬢としての意地とアル・ローズ第二王子の婚約者であるというプライドだ。
(羨ましいな……)
リリーは幸せそうなカップル達をしばらく見つめると、静かに人気の少ない壁際へと向かって歩きだした。
喉の奥から今にも溢れ出しそうな、真っ黒なトゲの様なものを必死で呑み込んで。