婚約破棄は突然に①
「……リリー、今なんて?」
「ですから、私達の婚約を白紙に戻しましょう、と言いました。」
何でもないことのようにそう言うと、目の前の彼女は優雅にティーカップを口元にはこんだ。
「えーっと……。状況が呑み込めないのだけど、とりあえず理由を聞いても?」
「それは思い当たることが多すぎてどれが決定打になったか分からない、ということでしょうか?」
(うっ……)
痛い所を突かれ、僕は口をつぐんた。
そんな僕に彼女、リリー・レッドは冷ややかな視線を向けた。
と、言っても彼女にニコリと微笑まれたことなどこの十三年間で一度たりともないのだが……。
彼女、リリー・レッドはレッド公爵家の娘で、そして僕、アル・ローズはローズ王国の第二王子だ。
親同士が親友と言うことで、僕らは生まれたときから幼なじみで婚約者だった。そしてクールでサバサバとした性格のリリーとは何かと気があってお互い気の置けない唯一無二の親友同士だった。
そう、僕らはこの十三年間、上手くやって来ていたのだ。
確かに世間の婚約者同士がするような色っぽいことは皆無であったかも知れない。しかし、彼女は僕にとって替えの利かない唯一無二の存在だったし、彼女にとっての僕もそうであると自負していた。
そう、今日この瞬間までは。
「……理由を聞かせて貰えないだろうか。」
バツが悪そうにもう一度アルがそう問えば、リリーは表情を変えずにフゥとため息を一つついた。
「先月のお茶会。」
「……?」
「裏庭のバラ園。」
「……っっ!!」
はじめは先月のお茶会が何だと疑問を浮かべていたアルの顔が、次のリリーの言葉で一気に青ざめ、落ち着きを無くした目がキョトキョトとさまよいだした。
「私が気づいていないとでも?」
リリーは視線を手元の本に戻し、優雅にティーカップに口を付け紅茶をコクリと飲み込んだ。