君は僕にとってなに?②
「おはよう!!気持ちのよい朝だね、リリー」
「……おはようございます。アル殿下」
早朝のレッド公爵邸にアポイントもなく突然訪れた、爽やかな笑顔を纏った客人にレッド公爵邸の使用人達は困惑の表情を浮かべた。それは主であるリリー・レッドも同様のようだ。
昨夜、ロドリーに言われアルは『僕にとってリリーとは何なのか』について寝ずに考えた。
そして導き出された答えが『家族みたいなもの』というものだった。
リリーは幼なじみであり、友人であり、妹(のような存在)であり、そして婚約者だった。
今回、自分の犯した過ちでアルは"リリーの婚約者"という立場を失ってしまった。その事でリリーとの楽しかった日々を失ってしまうのではないかとアルは後悔し哀しみにくれる日々を送っていた。
しかし、アルはふとあることに気づいたのだ。
自分とリリーはそんなたった一つの肩書きを失っただけで崩れてしまう関係ではない、と。
確かに婚約者ではないが、僕はリリーの幼なじみであり友人であり兄のような存在であることに変わりはないではないか。
ロドリーに説教をされた時は取り返しのつかない事をしてしまったと落ち込み、リリー以外の女性と結婚するなど考えられなかったが……案外そういうのもアリなのかもしれない、そんな風にアルは考えついた。
そしてここ数日生気を失ったようにふらふらとしていたアルの表情が晴れやかに艶を取り戻し、しばらくの間まともにとっていなかった食事をスープの一滴まで残さず平らげると、早朝のレッド公爵邸へと馬車を走らせリリーに逢いに向かった、というわけだ。
戸惑いながらも淑女の礼をとり丁寧な挨拶をしたリリーにアルは「アル殿下、だなんて他人行儀な言い方は止してくれよ。今は公式な場ではないのだからいつも通りアルと呼んでくれ」そう言って柔らかく微笑んだ。
照れくさそうに、まるで先日の出来事などなかったかのようなアルの態度に使用人達の表情も固く強ばる。
特にリリー付の侍女達は表にこそ出していないが、にこやかな表情とは裏腹に背後に怒りの炎をメラメラと燃え上がらせていた。その目は「どの面下げてうちのお嬢様に会いに来たんだ」とアルに憎々しげに訴えている。
レッド公爵邸に仕える、忠実で、リリーを心底崇拝し慈しんできた彼女達は例え自国の第二王子であろうと主であるリリーをこれ以上傷つけようものなら刺し違える覚悟だ。
そんな一触即発の状況にリリーはふぅ、と一つ溜め息をついた。
早朝の忙しい時間になんと迷惑な訪問者だろうか。
(この男と関わるとろくなことがないんだった)
リリーはアルによって引き起こされた今までの散々な出来事達を思い返し、そんなことを再確認したのだった。




