黒幕は私です①
「あっはっはっはっは!!」
「もう、笑い事ではありません。」
腹を抱えて息も絶え絶えに笑う私に、リリーは眉間にシワを寄せて不機嫌をあらわに此方を睨み付けた。
「いや、すまない。だけど想像しただけでもう……腹が……っくくっあっはっはっはっは!!」
堪えきれず涙を流しながら笑っている私、ルル・ローズは名前を聞いて分かる通りローズ王国の第一王女だ。そして、目の前で口を可愛らしく尖らせて不服そうにしているリリー・レッドの元婚約者であるアル・ローズの妹である。
「で、兄さんはその後どうしたの?」
「どうしたもこうしたもありません。泣き叫びながら僕は無実だと追いすがってくるので、私には手におえないと判断してお兄様にお任せしました。」
リリーはその時のことを思い出したのか、げんなりとした表情で天井を見上げた。
その姿を見て、ルルはまたも笑い出してしまいそうになったがグッとこらえて先ほどとはうってかわった真剣な表情をつくりだした。
「今更だけど、本当に我が愚兄が迷惑をかけて申し訳ない。」
ルルは背筋をピンと伸ばし、美しい所作で頭を下げた。頭を下げた時に一つに纏めていた長い金色の髪が、サラリとルルのスッキリとした輪郭を撫でる。
アルとルルは兄妹なのにどうしてこんなに違うのか、そんな疑問がリリーの頭の中に浮かんだ。
二人は整った顔立ちや金色の髪はそっくりなのに、何故か与える印象は全く異なっている。
どちらかというと王妃に似ているアルは格好いいというより可愛らしい感じで、性格も素直で正直で何だか守ってあげたくなるような、憎みきれないようなそんな人だった。
対してルルはどちらかというと国王陛下に似ており、その涼しげな目元やシャープな輪郭からは意思の強さや凛々しさを感じる。性格も竹を割ったような感じで、言うなれば男性よりも女性に騒がれるタイプの女性だ。
「リリー?」
無言でいるリリーに、不思議そうにルルが問いかける。
「ああ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていたの。」
「考え事?」
「大したことではないです。あと、アル王子殿下のことはルルが謝ることではないです。」
だから気にするな、とリリーは言うがそうはいかない。どんなに愚かでも認めたくなくても、あいつが私の兄であり仮にもこの国の王子であることには変わりないのだから。
「だが兄さんのせいでリリーは結婚、出来なくなってしまっただろう……。」
気まずそうに、申し訳なさそうにルルがそう言うとリリーは困ったように曖昧に微笑んだ。
正確に言うと結婚出来ないわけではないが、良い縁談がくる可能性が限りなくゼロになってしまった、と言った方が正しいだろうか。
第二王子とはいえ王子の婚約者に一度なってしまえば、破談になったとしても多くの貴族達は恐れ多くて婚約破棄された娘を娶ろうなどとは決して思わない。
表だった罰則こそないが暗黙の了解でそんなことをするのは王族への不敬とされ、ひいては国王陛下や王国への忠誠心を疑われてしまう。そうなれば社交界では生きていけなくなるし、王宮で職についているものならばまず間違いなく閑職に追いやられてしまうだろう。
そんなリスクを負ってまで縁談を持ってくるものが果たしているだろうか?
「リリーには辛い思いをさせてばかりだ……」
「あら、そんなことありませんよ?」
暗くうつ向いてしまったルルに、リリーがあっけらかんと言いはなった。
「女性は結婚出来ないと辛い人生を歩むなどと誰がきめたのです?私は女性の人生は結婚がすべてだなんて思いません。」
確かに、愛する人と結婚し共に生き子を成して育てることもとても立派なことだと思う。だけど、それだけが女性の許された人生だなんて可笑しいとリリーは感じていた。
「ルル、世界はとても広いのです。」
リリーは本棚にしまわれていた一冊の本を手に取り、ルルに差し出した。
「例えば、この本の作者は世界十三か国を生涯をかけて旅してまわりました。彼女は私達が想像も出来ないような楽しくて危険で驚きに満ち溢れた大冒険をたった一人で実際にしたのですよ。」
信じられます?そう問いかけたリリーの瞳はキラキラと輝いて希望に満ち溢れていた。
「失くしたものを羨んでばかりでは人生もったいないです。私は今の私だけが歩める人生を勝手に歩んで行きますから。」
だから私のことを勝手に哀れまないでくださいとリリーはきっぱりと言った。
それを聞いたルルは一瞬呆けたのち、先程よりも大きな声で腹を抱えて笑いだした。
「あっはっはっはっ!!さすがリリーだ!!」
「馬鹿にしているのですか?」
「いやいや、違うよ。昔から何も変わってないな、と思ってね。嬉しくなったんだよ私は。」
そうだ、彼女は何も変わっていない。この不機嫌そうな無表情も、負けん気が強くて転んでもただでは起き上がらないところも、みんな私に大切なものを教えてくれたあの日の彼女と何一つ変わっていなかった。
「旅に出るときはもちろん私のことも誘ってくれるのだろう?」
そうルルが問いかければ、リリーは相変わらずの無表情で「足手まといにならないと誓えるのなら」と答えた。
★☆★
「♪~♪~」
ルルはレッド公爵邸からの帰り道、馬車の中で上機嫌に口笛を口ずさんでいた。
(まさかこんなに上手くいくなんて、ね。)
アル兄さんが王立学園に入学して、不特定多数の女性達と関係を持っていることはずいぶん前から知っていた。
この国には今だに男尊女卑なんていうものが根強く残ってるから、多少の女遊びは男の甲斐性だなんて馬鹿げたことをいう貴族が殆どで、そんなだからリリーもただ黙って静かに耐えていた。
私も納得はしなかったが、とんでもなく愚かな兄さんだけど辛うじて最後の一線は守ってるようだったから、学園にいる間だけならと苛立ちながらも目を瞑っていた。
なのに、兄さんの女遊びは学園を卒業しても収まらなかった。むしろ悪化の一途をたどっていて、若気の至りですませられないレベルにまできていた。
もう我慢の限界だった。日に日にやつれて本来のリリー・レッドの輝きを失っていくリリーを見ていられなかった。
大切にしてくれるのなら、そう思って受け入れてきた婚約だった。その思いごと踏みにじるのなら兄さんになんて、男になんて、くれてやる必要はないだろう?
私は何か特別なことをしたわけではない。しいていうならちょっとばかし噂話に花を咲かせただけだ。私を慕ってくれている噂好きの令嬢達に、兄が王宮のバラ園でよからぬことをしているのではないか心配だと相談したら、気づいたらあれよあれよという間に社交界や国民達の間に女好きの第二王子の噂が広まってしまったのだ。
どんなに上手くやっていたとしても人の口に蓋は出来ないんだよ、兄さん。
心地よい風に目を細め、ルルはこれからのリリーとの生活に胸を踊らせた。




