冷たい雨の降る夜に
一部のごく限られた名家の者しか知らないことだが、世の中には従者筋と呼ばれる家系がある。
四院家と呼ばれる名家は、いずれも専属の従者の家系を抱えている。鳳凰院、花京院、伊集院、鬼龍院の四院家には、数百年以上にわたって従者として仕え続ける家系があるのだ。
だが、誰かに仕え、また、誰かに仕えられるという関係は、見た目ほど安定したものではない。
戦国時代に下剋上が横行したように、主従関係は時に、劇的な逆転に見舞われる。
それが、個人ではなく「家」という集団同士の力関係であればなおさらだ。
だからこそ、主家の側は、従者筋に絶対の服従を求めようとする。
その方策は多岐にわたるが、最も効果的なのは、従者筋に生まれた野心家を、力をつける前に葬ってしまうことだ。可能なら、その野心家と血脈の近い人間を根絶やしにしてしまうのが上策だろう。
かくして、従者筋からは、将来野心家になりうるような遺伝的素質の持ち主が淘汰されていく。
同時に、主家の歓心を買うことのできるような、野心がなく、忠実で、上位者に従順な遺伝的素質の持ち主が増えることになる。
犬という動物は、人間とともに暮らしながら進化したことで、たくみに人間の庇護欲をそそるような感情表現を身につけた。
忠犬ハチ公が帰らぬ主人を待ち続けたのは、遺伝的にプログラムされた本能に従った結果であり、本人の(本犬の)意思や信念でそうしていたわけではない。
従者筋も、それと同じだ。
従順でかわいげのある従者のみが生き残り、子孫を持つことを許される。
逆に、野心的で油断のならない従者は殺され、後世に一滴の血を遺すことも許されない。
現代では血なまぐさいことは少なくなったが、主家と従者の家系に働く力学そのものは、昔と変わることなく生きている。
同時に、家系によっては千年近い時をかけて「進化」してきた遺伝的な性質もまた、変わることなく生きている。
僕の生まれた霧ヶ峰家は、そうした従者筋の一つだった。
仕える先は――鬼龍院家。
四院家の中でも、代々軍事分野で権勢を誇ってきた一族だ。
「はぁっ……はぁっ……!」
降りしきる雨の中を、七歳の僕は必死になって逃げていた。
山奥の深い森の中に、霧ヶ峰の本邸はある。
従者とはいえ、四院家に仕える家柄だ。
霧ヶ峰の本邸は、世間的に見れば十分に豪邸の部類だろう。
だが、その豪邸の中は、今、地獄と化していた。
「――逃すな! 追えっ!」
背後から追っ手の声が聞こえてくる。
その声は、九人いた兄の中の一人のものだ。
霧ヶ峰礼司。
十人兄弟の次男に当たる。
「生かしておけば将来必ず禍根となる! 絶対に仕留めるんだッ!」
僕を追い詰めているはずの兄もまた、ひどく追い詰められた声をしていた。
この時点で、十人兄弟のうち、おそらく半分が既に死んでいる。
いや、殺されている。
霧ヶ峰の豪華な邸宅のカーペットは、彼らの血を吸って赤くだぶだぶに膨らんでいた。
血を分けた兄弟を殺したのは、父であり、叔父であり、長兄であり、そして僕でもあった。
その日、霧ヶ峰の邸宅を、主家である鬼龍院家の当主が訪れた。
血族総出で迎えた霧ヶ峰の現当主――僕の父に向かって、鬼龍院の当主がぼそりと言った。
「――ちと、男が多すぎる。減らせ」
その言葉を合図に、肉親同士での、血で血を洗う惨劇が始まったのだ。
殺し合い、生き残った者が次の当主。生き残った者が父だったとしても、あるいは最年少の僕だったとしても、だ。
実際、霧ヶ峰の当主が誰だったところで、鬼龍院にとって、たいした違いはないのだろう。
これは、跡目争いの名を借りた、単なる「口減らし」にすぎないのだ。
霧ヶ峰の者たちは、そのことを十分に弁えながら、肉親に己が刃を突き立てた。命を削って磨き上げたおのれの技を、血を分けた家族を殺すために躊躇なくふるった。
どれほど理不尽な命令だろうと――あるいは、命令ですらない、ほんの気まぐれの一言だろうと、主家の言葉は絶対なのだ。
だが、これは決して例外的な事件じゃない。
霧ヶ峰家の歴史を繙けば、この程度の出来事は事件ですらないことがすぐにわかる。
そんな中で、まだ幼く、味方もいなかった僕は、九人の兄弟すべてから狙われていた。
そのうちの一人を返り討ちにはしたものの、結託した次兄と五兄から同時に狙われ、僕は屋敷から逃げるしかなくなった。
本邸の周囲の山は、僕にとっては修行場で、庭のようなものだった。
だが、それは他の兄弟にとっても同じである。
僕は、一か八かの奇策に打って出ることにした。
決して近づくなと言われていた峰を越え、別の四院家の支配する領域へと逃げ込んだのだ。
「あのガキ……! まさか鳳凰院に逃げ込む気か!?」
付かず離れずのまま追走してくる次兄が、焦りの滲む声を上げた。
「くそっ、鬼龍院と鳳凰院をぶつけてその隙にってわけかよ! クソガキがっ……後でどんなことになるかわかってんのか!?」
もちろん、そんなことは百も承知の上だった。
霧ヶ峰は、鬼龍院の尖兵である。
過去には何度となく鳳凰院へと刺客を放ってもいた。
だが、その刺客たちが生きて霧ヶ峰に戻ってくることはなかった。
以降、鳳凰院は霧ヶ峰にとって触れてはならない存在と化している。
僕が峰を越えかけたところで、次兄の放った「針」が僕のふくらはぎを貫いた。
「ぐっ……!」
声を押し殺し、下りに変わった稜線を降りる。
いや、転がっていく。
次兄の針は、僕の足を的確に麻痺させていた。
といっても、毒が塗られているわけではない。
次兄には、針によって人体に硬結を生じさせ、その機能を阻害するという技術があった。
他の兄弟に比べれば地味な技術ではあったが、地味だからこそ、今回の争いで初動の混乱に巻き込まれずに済んだとも言える。
事実、単純な戦闘能力で突出していた四兄は、結託した父と六兄の奸計によって、実力を発揮する間もなく殺された。
受け身を取って衝撃を減殺したものの、僕は立ち上がることができなかった。
貫かれた足に生じた麻痺は、股関節にまで及んでる。
背後には断崖がそびえ立ち、腕の力だけでは逃げることすら不可能だ。
屏風のように聳える断崖は、侵入者を威圧するかのように、屏風の先を庇のように伸ばしていた。
稜線から転げ落ちた僕が行き着いたのは、その屏風の谷折りになった部分である。
背後はおろか、横に逃げる道すらない。
「……フン、これまでだな、敬斗」
追いついてきた次兄が僕に言う。
「おまえの歳で跡目争いに巻き込まれたことには同情するぜ。だが、俺にとっては幸運だった。おまえは才能がありすぎる。もう数年も後だったら、俺の方が殺されていた」
「珍ら、しいね……礼司、兄さん。僕を、褒める、なんて」
「ふん。全身を麻痺させたつもりだったんだがな。腰んところで気を張って堰き止めやがったな? ったく、末恐ろしいガキだ。うまいこと手なづけて兄貴や親父にぶつけてやろうと思ってたが、残念ながらその時間がなかった」
「どう、やって、智一、兄さん、や……父上、を、制す、つもり、なの?」
言葉を発するごとに、麻痺を堰き止める「気」が緩みそうになる。
もちろん、礼司兄さんはそれをわかった上で話しかけてきているのだろう。
僕の言葉に、礼司兄さんが唇を歪めた。
「けっ、痛いところを突きやがって。最期までかわいげのねえ弟だ。奴らに関しちゃ、せいぜい潰しあってくれるのを期待するしかねえ。
さて、言いたいことはそんだけか? 辞世の句があれば聞いてやるよ。七歳児に言い遺すようなことがあれば、だがな」
言いながら、礼司兄さんが近づいてくる。
正面から針を投げても、僕の腕が動く以上は弾かれる。
だから、近づいてトドメを刺すしかない。
手下どもにも僕を遠巻きに包囲させ、絶対に逃さない構えを取っている。
(慎重な礼司兄さんらしいや)
礼司兄さんは、自分の実力不足を知っている。
だから、決して油断しない。
策を巡らせ、逃げ道を塞ぎ、思わぬ障害となりかねない一切のものを取り除いてから、ようやく相手に襲いかかる。
その慎重さは、十人兄弟の中でも突出していた。
(学ぶべき、かな)
僕は感覚のない足から意識を逸らすように、そんなことを考えた。
(学ぶべき、だろうね。その慎重さを、ではなく……いくら慎重に慎重を重ねても、万が一はありうるっていう教訓を)
その「万が一」を引き寄せるために、僕は足掻く。
「僕、は……」
「うん? 何か言いたいことでもあるのか?」
勝利を確信してる礼司兄さんは、薄っすら笑みを浮かべて聞いてくる。
「反吐が、出る、ね」
「この、肉親同士で相食む殺し合いが……か? フン、何を青臭いことを言ってやがる。やっぱりおまえには、霧ヶ峰の人間たる資格がねえ」
「違う。反吐が、出る、のは……兄さん、たちだよ。主家に生まれた、だけの、無能に……媚びへつらう……。犬だって、もっと、プライドを持って、生きてる、さ」
僕の言葉に、礼司兄さんの顔から笑みが消える。
「……危険だな。その歳で主家を侮辱して憚らんとは……。おまえは、従者筋に生まれてはいけない人間だった。今日殺せることを幸運に思わねばならんな」
「肉親で、殺し合い……当主になったと、意気がってみても……しょせん、鬼龍院の、飼い犬、だ」
「……もういい。殺す!」
従者の血筋が、礼司兄さんから冷静さを奪った。
指のあいだに幾本もの針を握りしめ、礼司兄さんが僕に向かって襲いかかる。
僕は、足に刺さった針を、力任せに引き抜いた。
激痛が走った。
ちかつく視界の中で、狙い通りに針を投擲できた自分を褒めてやりたい。
「何を――」
礼司兄さんが気付いた時にはもう遅い。
僕の上に張り出した岩壁。
その庇の一点に、僕の投じた針が突き刺さる。
――破点。
霧ヶ峰の古文書から発見し、密かに研究を重ね、その実在を発見した、僕だけの術理だ。
破点を突かれた庇が崩落する。
崩れる庇に引っ張られ、岩壁全体が崩れ出した。
僕の視界が、岩雪崩で埋め尽くされる。
視界が塞がる最後の瞬間に、礼司兄さんが岩石の下敷きになるのが見えた。
この程度、他の兄弟ならかわしただろう。
礼司兄さんは、自分の弱さを、十分には理解できていなかった。
(わかるわけがないんだ)
自分が弱いのに、他人の強さを理解できるわけがない。
自分が持ってないものの値打ちを、真に理解することなどできないのだから。
(でも、僕もこれが限界か……)
全身を続けざまに衝撃が襲う。
ひときわ大きい岩の塊が、僕の頭に正面から降ってくる。
もう避けることも、迎撃して砕くことも不可能だ。
がつん、という衝撃とともに、僕は意識を失った。
「やるじゃない、あんた」
それが、明るい部屋で目を覚ました僕に投げかけられた、最初の一声だった。
「は?」
思わず間の抜けた声を漏らしつつ、僕はすばやく室内を確認する。
どうやら、大きな屋敷の一室のようだ。
広さや調度からして、数ある客室の一つだろう。
壁は薄紅色で、開かれたカーテンは真紅、僕にかけられた布団のカバーはワインレッド。
その色彩だけで、ここがどこだか推察がつく。
「鳳凰院家……?」
「そうに決まってるでしょ。それより、あんた、やるじゃない」
しつこく、同じことを繰り返してくる声に向き直る。
そこには、金髪碧眼の美少女がいた。
年齢は、僕と同じくらいだろう。
(鳳凰院の跡取りが、たしか僕と同い年だったはずだ)
「ひょっとして、鳳凰院紅華様……ですか?」
「そうよ。あんた、やるわね」
美少女は、三度同じことを繰り返した。
話が進まなそうなので、僕は素直に乗ることにした。
「お褒めいただき光栄です、紅華様」
「なによ、堅苦しいわね。わたしに褒められたのよ? もっと喜びなさいよ!」
鳳凰院紅華が頬をぷくっと膨らませる。
その背後にいた特徴的な人物が笑いながら言う。
「ふふっ。弟子よ、その少年は窮地を脱したばかりなのだ。おまけに、かなりの怪我も負っている。話をあまり急くではない」
鳳凰院紅華をなだめたのは、拳法服姿の美女だった。
黒い髪に、赤い瞳。
緑色の光沢のある拳法服を着ている。
女性としての極致にあるような美貌と、抜群のスタイルの持ち主だ。
年齢は、不思議とわからない。二十歳と言われても頷けるし、四十台と言われても納得できそうだ。
そして、
(隙がない……)
ただ立っているだけに見えるのに、驚くほどに隙がない。
これほどの佇まいの持ち主は、霧ヶ峰家にもいなかった。
「はぁい、老師」
鳳凰院紅華が素直にうなずいた。
「だが、わたしも気になった。いくつか聞いてもいいか、少年?」
「……どうぞ」
「まず、地形だ。少年があの場所に逃げ込んだのは故意だったのか?」
「はい、もともとあの場所に目をつけていました」
「ほう。理由を聞いても?」
「一見、追い込まれたと見える場所だということが一つです」
「ふむ。やはり君は、狙ってあの岩雪崩を起こしたのだな?」
「それは……」
「詳しく語らずともよい。『あれ』が見えるとは、少年はよい目をしているな」
美女――老師とやらが言う「あれ」とは、もちろん破点のことだろう。霧ヶ峰の古文書から復元した術理を、なぜこの女性が知ってるかはわからないが。
「やっぱりあんたがあれをやったのね! すごいじゃない! あんな細い針で崖を崩すなんて!」
「……どうも」
顔を近づけ、目を輝かせて言ってくる鳳凰院紅華から目をそらす。
「つまり、すべては君の計算通りだったというわけだ。
君は以前からあの場所に目をつけていた。『あれ』はどこにでも見出せるものではあるが、あそこほど劇的に崩落を引き起こせる場所は限られている。
さらに、一見逃げ場がないと見える場所にあえて逃げ込むことで、君は追跡者の逃げ場をなくしたのだ。あの場所に『追い込まれた』のは、君ではなく追跡者のほうだったというわけだ。この分では、追跡者の針をくらったことすら演技だったのだろう?
いやはや天晴れ。その計画性をこの弟子にも分けてほしいものだ」
「でも、自分まで巻き込まれてたじゃない。生き残ったのは偶然よね?」
「さて、少年。わが弟子はこう言っているが、君はどう考えていたんだい?」
老師が、僕を覗き込んで聞いてくる。
その瞳には有無を言わさない光があった。
僕はため息をついてから答える。
「まず、僕のいた位置は、岩雪崩に対してある程度安全なんです。無傷とはいきませんが、礼司兄さんのいた位置よりは、岩石の直撃をくらいにくい場所です。岩の庇や崖の角度からそうだろうと思ってただけですけど」
「うん、いいね。だが、それだけではなかろう?」
「……ええと、言いにくいんですけど。岩雪崩を派手に起こせば、鳳凰院家の人たちが飛んでくると思ったんです。あそこはもう鳳凰院家の領域ですから」
「えっ、どういうこと?」
鳳凰院紅華が首をかしげた。
老師が代わって説明してくれる。
「あの追っ手と相打ち以上に持ち込めたとしても、あの状況では君も身動きが取れなくなる公算が高い。実際、その通りになったわけだ。そこを他の兄弟に襲われれば、もはや抵抗はできないだろう。
だが、そこに鳳凰院家の人間がくちばしを突っ込んでこれば、戦いは水入りとなって、他の兄弟からの追い討ちを防ぐことができる。
つまり、自分が動けなくなった後の保険として、鳳凰院家を利用したんだ」
「……すみません」
「謝ることはない。あ、いや、鳳凰院の当主は渋い顔をするだろうが、わたしや弟子にとってはどうでもいいことだ」
一体どういう立場の人なのか、老師が小さくうなずいた。
「あの……僕はどうなるんでしょうか? もうご存知のようですけど、僕は霧ヶ峰の末弟です。霧ヶ峰は今、跡取り争いの真っ最中で、僕がここにいることは鳳凰院家に迷惑をおかけする結果になるのではないかと」
「迷惑か。ふっ。まあ、霧ヶ峰ごときの刺客でわたしをどうにかできるのであれば、ぜひやってみてほしいものだな。弟子に実地で指導できるいい機会だ」
たしかに、老師の身にまとう雰囲気を見る限り、父上や兄たちが束になっても勝てるかどうか。
「それとも、君は霧ヶ峰の跡取りを目指すのかい? 今からあっちに戻って、残りの肉親を殺して回りたいと?」
「正直、あまり興味はないですね」
「ほう。鬼龍院家に仕えることこそ至高の誉れ……とは思わないのか?」
「冗談でしょう。誰が好きこのんで暴君に仕えて喜びますか」
「そう言えばあんた、いいタンカを切ってたわね。犬だってもっとプライドを持って生きてるさ……とかなんとか。あれ、笑っちゃったわ!」
「……見てたんですか?」
あのとき、老師はもちろん、鳳凰院紅華の気配も感じなかった。礼司兄さんに気を取られていたにしても情けない。あるいは、この二人が異常なのか。
「あんた、自分はどうなるのかって聞いたわね?」
鳳凰院紅華が聞いてくる。
「はい。助けていただいたご厚意にはとても感謝しています」
「そんなの、こっちが勝手にやったことよ。それよりあんた、この先のアテはないってこと?」
「そう、ですね。礼司兄さんを誘い込んで倒すまでは考えたんですが、その先のことまではとても……」
もし出ていけと言われればすぐに出ていくしかない。
その場合、僕は否応なく霧ヶ峰の跡目争いに舞い戻るはめになる。
僕が跡目争いに不干渉を決め込んだところで、鬼龍院の従者であることに至高の価値を見出す父や兄からすれば、僕がいずれ力をつけて、当主の座を狙ってくるものとしか思えないだろう。
つまり、逃げたところで、霧ヶ峰からの刺客に怯え続ける毎日を送ることになってしまう。
考え込む僕に、鳳凰院紅華がきっぱりと言った。
「――なら、わたしの執事になりなさい!」
「……は?」
「聞こえなかった? わたしの執事になれって言ったの!」
「いえ、聞こえましたけど。本気……ですか?」
「わたしはいつだって本気だわ。あんた、おもしろいから、わたしの執事になりなさい。それとも、霧ヶ峰に戻って親兄弟殺して回るほうがいいって言うの?」
「いや、できることならそんなことしたくないですよ」
べつに、殺すのに抵抗があるわけじゃない。
そんな感情は、物心ついた頃からの厳しい修行でなくなった。
ただ単に、今の僕では、残っているだろう親族相手に戦い抜くだけの力がないってだけだ。
「じゃあ決まりね!」
「えっ、いや、その……だって、僕は霧ヶ峰で」
「そんなのどうでもいいわ」
「僕は従者筋なのに、主家への忠誠心とかないんですよ? 自分が認めた相手以外に人生を捧げるなんて馬鹿げてると思ってて……」
「けっこうじゃない。あんな家に育ったくせに、まともな感覚が残ってるのね」
「い、いや、その……少しは疑うもんじゃないですか?」
「疑う? 何をよ?」
「その、今回のことが霧ヶ峰の大掛かりな自作自演で、七歳児の僕を鳳凰院に保護させて、僕に鳳凰院の当主を暗殺させようとしてる……とか」
「わたしはべつに、あんたが同い年の子どもだからって理由で保護したんじゃないわ。おもしろいと思ったから助けたのよ。そんな不確かな狙いのために、親兄弟揃って殺し合いをやってるんだとしたら、霧ヶ峰の連中は馬鹿ばっかね。そんな狙いがなかったところで、馬鹿としか言いようがないような気はするけど」
「たしかに……」
そう言われればぐうの音も出なかった。
「ともかく。あんたは今日からわたしのものよ!」
「強引ですね。僕が本心からあなたに仕えるとは限りませんよ?」
「無条件に従うようなやつなんてつまらないわ。あんたくらい、ハン、ハンコ……?」
「反骨心?」
「そう、反骨心があるほうが楽しいじゃない! 見てなさい、あんたはきっと、わたしのことを認めたくなるんだから」
「もしならなかったらどうします?」
「どうもしないわよ。認めたくないならしょうがないわ。ま、そんなことありえないと思うけどね!」
鳳凰院紅華は――いや、紅華お嬢様は、その後も一切引き下がらず、僕は戸惑いながらもお嬢様の執事としての一歩を踏み出すことになった。
他人に絶対の忠誠を誓うなど馬鹿げてる。
最初はそう思ってた僕だけど、お嬢様に仕えるうちに、徐々にそのことに喜びを感じるようになっていた。
最初は内心で抵抗もしたけれど、最終的には、お嬢様に仕える喜びに屈服した。
それを、僕の中に流れる従者の血統のせいだと言うこともできるだろう。
でも、そんなのは知ったことか。
僕にとってお嬢様は唯一無二の存在であり、生涯でただ一人の主君なのだ。
冷たい雨に身を打たれながら、僕は長い狩りを終えていた。
柄にもなく昔のことなど思い出してしまったのは、この雨と、ゲルの破点を突く作業が単純すぎたせいだろう。
僕は小さく息をついてから、自分自身に【看破】をかける。
《
霧ヶ峰敬斗
レベル 79(↑10)
HP 287/287(↑35)
MP 900/1348(↑256)
スキル
【鑑定】49(↑10)
【看破】9(NEW!)
【火魔法】83(↑22)
【火炎魔法】43(↑22)
【獄炎魔法】23(↑22)
【風魔法】33
【水魔法】24
【土魔法】19
【インスタント通訳】
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