プロローグ 自作他演の無双劇
「そこまでよ! 悪党ども!」
街道に、紅華お嬢様の声が響く。
同時に、ごしゃッ!と音がして、盗賊の一人が吹っ飛んだ。
「な、なんだ!?」
盗賊の頭がうろたえる。
「騎士さんたち! 義によって助太刀するわ!」
お嬢様はプラチナブロンドの髪をなびかせ、襲撃されていた騎士たちにそう告げる。
「た、助かる……が、あなたは?」
「ただの通りすがりの格闘家よ!」
答えながら、お嬢様は別の盗賊へと踏み込んだ。
「素手だと!? 舐めやがって!」
盗賊が、手にした剣を振り下ろす。
だが、
「はぁッ!」
「ぐはぁっ!?」
剣を紙一重でかわしながら懐に潜り込んだお嬢様が、盗賊の鳩尾に肘をめり込ませる。レベルだけは上のはずの盗賊が、身体を「く」の字に折ってくずおれた。
「くそっ! おまえら、武器も持ってねえ女相手に何やってやがる! 全員一斉にかかるんだよ!」
さすが、頭だけあって冷静だ。
頭の指示に、盗賊が数人同時にお嬢様へと斬りかかる。
「ふんっ、素人もいいところね!」
お嬢様は振り下ろされる剣をかわして盗賊一人の顔面を拳で打ち、別の盗賊のナイフをグローブの甲で逸らしながら、素早く引いた手で掌打を繰り出す。
「ぐはっ!」
「ガギッ!?」
最初の盗賊は折れた歯を噴きこぼしながら昏倒し、次の盗賊は顎を撃ち抜かれた勢いで頸椎が砕けた。
「このクソアマがっ!」
その隙に、背後から盗賊が組みつこうとした。
だが、お嬢様は突き出していた腕を勢いよく振り下ろし、背後に向かって体重の乗った肘打ちを放つ。
「ぐげぁ……っ!」
お嬢様に組みつこうとしていた盗賊は、鳩尾に肘を食らって悶絶した。
その盗賊は革の鎧を着込んでいたが、お嬢様は「勁」を使って衝撃を身体に直接叩き込んだらしい。
「な、なんだってんだ!? くそっ、話が全然違うじゃねえか! 野郎ども、撤退だ!」
頭が、形成不利と見て、撤退の指示を出す。
なかなかの好判断だ。
伊達に頭をやってるわけじゃないらしい。
だが、なまじ好判断なだけに、かえって動きが読みやすい。
僕は、隠れていた木陰から、盗賊の頭の前へと姿を現わす。
「なっ……てめえは!?」
盗賊の頭が目を剥いて逃げ足を止める。
僕は、にこやかに笑って言ってやる。
「やあ、昨日ぶり」
「てめえ! 約束がちげーぞ!」
「そうだっけ? 僕が約束したのは、襲撃時間の延期だけでしょ。返り討ちにしないとは言ってない」
「だ、騙しやがったな!?」
「悪いけど、お嬢様の前でそれ以上しゃべられると困るんだ」
言いながら投げたスローイングダガーが、頭の喉に突き刺さる。
「がひゅ……」
「悪いね。僕の優先順位は、第一に、お嬢様の身の安全の確保。第二に、お嬢様を退屈させないこと。君たちは大いにその役に立ってくれた。紅華お嬢様のお役に立てたんだ。地獄に落ちながら光栄に思うといい」
僕は、頭の懐から、渡していた懐中時計を回収する。
懐中時計は、正午数分すぎを示していた。
昨夜、僕が盗賊の頭に話をつけた、まさにその時刻である。
「見た目と違って、時間に正確な人たちで助かったよ」
懐中時計には、鳳凰院家の家紋が入っている。
鳳凰院家の使用人だけが持つことを許される懐中時計だ。
回収しておかないと、お嬢様にやらせがバレてしまう。
「ちょっと! 美味しいところを持ってかないでよ、ケイ!」
他の盗賊どもを片付けたお嬢様が、僕に向かって言ってくる。
「すみません。差し出がましいとは思ったのですが、逃がすと厄介だと思いまして」
「わたしがこの程度の相手を逃がすわけがないじゃない!」
「万一ということがありますので。ここは異世界。彼がなんらかの魔法やスキルを使わないとも限りません。逃走用の罠を用意している可能性もあります」
僕はつらつらと、用意しておいた言い訳を述べる。
「……まあ、それはそうね。罠となると専門外だわ。そりゃ、ちょっとは知ってるけど」
「でしょう?」
「でも、そいつからは魔力を感じなかったわ。魔法は使えないんじゃないかしら」
「かもしれませんね。でも、まだサンプルが少なすぎます」
「相変わらずあんたは慎重よね。慎重っていうか……なんか隠してない?」
「いえいえ、まさか。いらぬこととは思いつつ、とっさに手を出してしまいました」
しらばっくれる僕の顔を、お嬢様がじっと見つめてくる。
「ま、いいわ。盗賊に襲われてるなんか偉そうな人を助ける――定番中の定番よね!」
お嬢様が拳を握りしめ、目を輝かせてそう言った。
この顔だ。
この顔が見たくて、ついつい僕は面倒ごとを引き受けてしまう。
その苦労も、この笑顔を見れば吹っ飛ぶというものだ。
「ご満足いただけたようで何よりです」
「ええ、満足したわ!」
笑顔でうなずくお嬢様に、助けられた騎士たちの代表が近づいてくる。
「助かりました、あなたは――」
「いいのよ! 行きがかり上助けただけだわ!」
上機嫌で受け答えするお嬢様を眺めつつ、僕はにやりと一人ほくそ笑む。
(これだから、お嬢様の執事はやめられない)
理解してもらえるかどうかはわからないが、これが僕の幸せであり、僕という人間の存在意義だ。
――そう。
これは、異世界に紛れ込んだお嬢様格闘家が無双しまくる物語――ではなく。
それを演出する、彼女の執事の物語である。
お読みいただき、ありがとうございます。
キーワードに「チート」と入れかけて気づいたのですが、この話にチートはないですね。でも結果的に最強なので実質チートのようなものだと思います。