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竜帝陛下と私の攻防戦  作者: えっちゃん
彼と彼女の非凡な日々
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01.不思議な本と不法侵入者

 失恋と言うには悲惨な経験をしてしまった私は、お風呂へ入りずぶ濡れの体を温めてから布団へ横になったのだが......気分が高ぶっていて全く眠れなかった。


 若い頃の苦労は買ってでもしろ、と亡き祖母は言っていたけれど今回ばかりは買いたくも無い苦労だし、必要無いでしょ。

 初めての彼氏があんな男だなんて、男性不振になっても仕方ないじゃないか。告白された1ヶ月前に戻って、浮かれまくっていた自分を引っ張っ叩きたくなる。


「復讐、まではいかなくても、ちょっとでも不幸になるような物があれば......」


 布団の中でぶつぶつ呟いて、あることを閃いた私は体に巻き付けていたタオルケットを蹴り飛ばして起き上がった。


 自室から薄暗い廊下を通り台所へ行って、冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターのペットボトルに口を付ける。

 冷たいミネラルウォーターで喉を潤し、ほぅと一息つく。

 冷たい水を摂取して高ぶっていた気持ちが少し落ち着いた。



 フラれた挙げ句に、すぶ濡れになって泣いて叫んでと精神的に崖っぷちの私、名前は佐藤佳穂(さとうかほ)。先月二十歳になったばかりの私立大学二年生である。


 住んでいる家は日本の首都、その中でも下町と呼ばれる場所に建つ昔ながらの平屋の日本家屋。

 幼い頃、両親を事故で亡くした私はこの家で祖母と叔父と一緒に暮らしていた。

 二年前に祖母は病気で亡くなり、考古学者の叔父は半年前から仕事で長期海外赴任中のため、寂しく一人暮らし中。


 何事も大雑把で明るい叔父が家に居れば、フラれたことを笑い飛ばしてくれただろう。居ればウザすぎる叔父がこんなにも恋しいだなんて、私は相当心が疲弊しているらしい。

 今の私は一人で悶々と考え深みにハマっていたせいか、後に冷静になった時に考えてみたら少々、いや大分思考がイカれていた。

 じゃなければ、夜中に普段は近寄りたくない部屋へ行って、呪術的な書物や道具を探そうだなんてしないはずだ。


 頭のネジが外れかけている私は、叔父の部屋の隣室、仕事関係で手に入れたコレクション部屋の襖を躊躇無く開ける。

 久し振りに入ったコレクション部屋は埃っぽくて、鼻炎持ちの私は舞い上がる埃を吸って大きなくしゃみをした。

 たまにはこの部屋を掃除しようと考えながら、部屋にある珍品を物色する。

 部屋の四隅に並んだスチール棚には本が並び、中央に設置されたラックには少数民族の楽器やら何かの儀式用の道具、干からびた謎の物体、鏡や銅剣が置かれていた。


「相変わらず意味不明な物ばっかりあるなー」


 用途がわからない物にはなるべく触れないようにして、私は部屋の奥に設置されている棚へと向かう。

 目的の棚には、学術書から数年前に流行ったライトノベルまで様々なジャンルの本が置かれていた。


「えーっと、黒魔術、呪術っと」


 私は目を皿のようにして本の背表紙をチェックしていく。

 数冊の本を手に取り、内容をチェックをし終えて棚へ戻す。

 背表紙で判断出来ない本は、棚から出して中をチェックする。この作業は地味で単調で段々面倒になってきた。


 さすがに眠くなってきて欠伸をした時、バサッと一冊の本が棚から落下した。


「何これ?」


 赤茶色の表紙は何語か分からない文字が踊る、古い外国の辞典みたいな本を手にしてパラパラとページを捲ってみる。

 捲っても黄ばんだ白いページが続くのみで、何だこれはと私は首を傾げた。


「何も書いてない、真っ白? って、えぇっ?」


 白いページを指でなぞると、ぼんやりと灰色の文字が現れたのだ。薄い文字は、私が驚く間に色を濃くしていく。


「仕掛けつきの本かな?」


 ページの中央に現れた文字は日本語とも英語とも違う、不思議な文字なのに私の脳裏にはその意味が音となって響いた。


「“我を開けた者こそが我が主、我の片割れを持つ者こそ汝と運命を共にする者”」


 現れた文字を声に出し終わると文字は消え、ページ中央に新たなる文字が現れる。


「“我が片割れの主となる者こそが、汝の魂の片割れとなり、遥かなる悠久の時を歩まん”」


 口に出し終わっても次はページには続く文は現れず、何か仕掛けがあるのかと期待していた私は、拍子抜けした気持ちで本に触れた。


 パアアアー!!


 触れた瞬間、本の表面から白く輝く光が放たれていく。


「えぇっ!?」


 驚きのあまり大声を出した私は、本から溢れ出てくる光の洪水に堪えきれずに両目をきつく閉じた。




 白熱灯のオレンジがかった灯りより強烈な白い光が収まり、私はきつく閉じていた目蓋を恐々開いた。


「なんなの?」


 突然の光に驚いて、落としてしまった本を拾おうと手を伸ばす。


「っ!?」


 下を向いた私の背後から、突然何かにパジャマの襟首を強く掴まれ一瞬息が詰まった。


 だんっ! 


「いっ!?」


 背後から襟首を捕まれ無理矢理上向かされた私は、勢いよく本棚へ押し付けられてしまった。

 体が動かしたくても動けない。

 何者かの大きな手のひらが、私の背後から凄い力で肩を押さえているのだ。

 何が起こったのか理解が追い付かず、何とか状況を把握しようとして、動かせそうな首を動かそうと力を入れた。


「動くな」


 耳元で聞こえた声は、ドスのきいた低い男の声。

 動揺のあまり、体を揺らしてしまった私の背中を押さえる男の腕に力がこもる。

 背骨がミシミシと悲鳴をあげ、私は息苦しさにはくはくと喘いでだ。


「なに、はな、離してっ」


 背中を押さえる男は、叔父のコレクションを盗みに来た強盗だろうか。

 力付くで本棚へ押さえ付けられているせいで、顔面と肩が棚や本に当たって痛い。


「此処は何処だ? 貴様は何者だ?」


 妙なことを言い出す背後の男に対して、私の頭の中にはクエスチョンマークが大量に出てくる。


「何処って、此処は、私の家で、」


「レヌールの神殿ではないのか? 貴様、俺に何をした!?」


 強盗ではなくまさかの酔っぱらいか。

 強盗よりは幾分マシとはいえ、前後不覚となった酔っぱらいは話が通じにくいからタチが悪い。


「何って、何のこと? 知らないっ」


「そうか、痛め付けられねば分からぬか」


 背後にいる男の声が低くなり、発せられる痛いくらいの圧力が強くなる。


(怖いっ逃げなきゃ!)


 本能が危険だと告げ、私は何とか身をよじって男の手から逃げようとして......


 ゴキンッ


「ひっ!? いたぁあっ!」


 押さえ付けられていた背中と右肩に鋭い痛みを感じ、私は悲鳴を上げた。

 痛い痛い痛い。

 右肩がとんでもなく痛くて熱い、肩から先の腕が動かずにダラリと下がった。


「っ!?」


 男が息をのむ気配がして、私の背中を押さえる腕から力が消える。


「何だと......」


 背後から驚愕した男の呟きが聞こえても、私は振り向くことも出来ずに初めて体験する激痛に涙を流して呻く。


「まさか、これも魔道具の力か? 魂を共有、馬鹿なっ」


 チッと舌打ちした男は、関節が外れて垂れ下がる右肩へ触れる。


「いやあっ! 触らないでっ」


 痛みと恐怖から半ばパニックへ陥った私は、男に手から逃れようと動く左手で本棚にしがみついた。


「おい、暴れるな。それを治してやる」


 呆れたような男の声は、恐怖に震える私の耳には入らない。

 恐怖のあまり、体を強張らせる私の右肩が温かくなり、徐々に痛みが消えていった。


「なに、これ......」


 今度は何が起こったかと首を動かして右肩を見て仰天した。淡い黄緑色の光が、右肩を包んでいたのだから。


「魔法?」


 ファンタジーの世界にある魔法のような、あたたかい淡い黄緑色の光が消えると、私の外れた右肩の関節は元の位置へ戻り、叫びたくなるくらいの痛みは完全に消え去っていた。


「魔法効果は半分ほどか。クソッ厄介だな」


 吐き捨てるように言いはなった男は、私の治ったばかりの右肩を掴みクルリと反転させた。


「女、よく聞け」


 今度は本棚に背を預け、男と対峙する羽目になった私は固まってしまった。

 視界に飛び込んできたのは......私よりも頭一つ分背が高く、黒の詰め襟服を着た細身だが筋肉質な体つきをした、銀髪蒼目のとても綺麗な顔立ちをした男だったのだ。


 ポカンと口を開けて呆ける私の顔の横へ、男は逃がさないためか本棚へ大きな手のひらを置く。

 私を見下ろす男は苦々しい表情になると、小さく「厄介だ」と呟いた。


「どうやら俺とお前は、心臓が、魂が繋がってしまったようだな」


「......はっ?」


 あまりにも斜め上なことを男が言い出すものだから、すっとんきょうな声が私の喉をついて出てしまった。



二人が出会いました。銀髪の青年の名前はまた今度。

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