00.間抜けで悲惨な女子
“私”の始まり。
朝のニュースの天気予報は洗濯日和の晴れ、降水確率は0％の猛暑日だったのに、突然青空に広がった暗雲は大粒の雨を降らせた。
「最悪......」
傘なんか持っていなかった私は、突然降ってきた熱帯雨林のスコールみたいな雨によってびちゃびちゃに濡れてしまった。
お気に入りのワンピースも、電車を降りた駅から走った際に跳ねた水溜まりの泥でぐちゃぐちゃ。
ずぶ濡れで帰宅したため、当然自宅玄関のたたきもびちゃびちゃに濡れてしまった。
今の気分も状況も、最悪以外の言葉は見付からない。
「ふふふっ今日の占いワースト１、大当たりだったなぁ」
ワンピースの裾を軽く絞ってから、私は上がり框に座り込んだ。
座ってしまったら、帰宅して気が緩んでしまった私の涙腺も一気に緩み出す。
「浮気されたんじゃなくて、からかわれていただなんて......こんなのって、」
溢れだした涙は、服と髪とは別の水滴となって膝の上へと零れ落ちた。
「あんまりだぁ～！！」
あんな奴等のために流す涙が勿体無くなってきて、天井を仰いだ私は絶叫した。
今ばかりは、好きに絶叫出来る一人暮らしで良かったとぼんやり思いながら。
あれは遡ること数時間前。
今日は、通っている大学の所謂リア充グループに所属している今時のイケメンな彼から告白されて、付き合って１ヶ月の記念日だった。
お洒落なカフェでランチを食べた後、彼からラブホテル行きを提案されてしまい大混乱した私は「まだまだそういう関係は早い」と断った途端、彼は豹変したのだ。
それはもう、イケメンな顔が台無しになるくらいのキレっぷりに私はドン引きした。
平日だったから、周囲にあまり人通りが無かったのは不幸中の幸い。
髪を染色してピアスを付けていても眉毛をシャキーンと整えていても、爽やかな笑顔が似合うイケメンだと思っていた彼は、子どもみたいに地団駄を踏みながら悪態を吐きだした。
「くそっ！ 付き合って１ヶ月経つのにヤらしてくれないとか有り得ねえよ！ これじゃ賭けは俺の負けだ！」
「賭け？」
彼の口から出た不穏な台詞に、私の頭の中で警報が鳴り出す。
唖然とする私と苛立つ彼のやり取りを聞いていたらしい、歩道に設置されているベンチに座っていたカップルがプッと吹き出した。
「ほらぁ～賭けは私の勝ちね。まぁくんは私を裏切らないって信じていたもの」
キャハハッと声を出して笑うのは、金髪の髪に付け睫やら色んな化粧で顔を加工し、たわわな胸元と太股を惜しげもなく出した派手な服装の彼女。
「あーあ、焼き肉食べ放題は無しかぁ」
残念がるのは、Tシャツにダメージジーンズの鼻にピアスをしたほぼ坊主頭の目付きの鋭い彼氏。確かこの彼は大学のリア充グループの一員。
「あの、これは、どういうこと？賭けって......」
豹変した彼と嗤う女子と悔しがる男子。
沸き上がる嫌な予感に、私の心臓はばくばくと早鐘を打つ。
戸惑う私を見ながら、彼氏は芝居がかった仕草で溜め息を吐いた。
「ゲームに負けた罰ゲームでお前に告白したんだよ。次は、１ヶ月付き合ってみてヤれるかどうか賭けをしていたんだ。俺はお前みたいな貧乳なんかより、アイツみたいな巨乳の方が好きなんだ。お前なんか地味な女を本気で相手にするわけないだろ」
ニヤニヤ厭らしい笑いを浮かべて彼は金髪女子の肩を抱く。
一応、膨らみはあるんだから貧乳じゃない、と反論したくとも私の喉はカラカラに渇いてしまい声が出せなくなった。
「やっだー本当のことを言ったらかわいそうじゃ～ん」
キャハハ甲高い声で嗤った金髪女子は、蔑んだ視線で私の頭から足元まで見下ろした。
頭の中が真っ白になった私は、馬鹿にしないでとか、最低とか、彼等を罵る台詞は全く出てこなくて情けないことに走って逃げるしか出来なかった。
「からかわれてたんじゃなくて、弄ばれていた？ イケメンから告白されたって、私、浮かれちゃって馬鹿みたい」
黒髪黒目ささやかな胸に可もなく不可もない顔立ちの、見た目も中身も平凡より地味寄りな私に、リア充なイケメンが一目惚れなんかするわけないのに。
あっさり騙されて笑い者にされていた揚げ句、あんな奴に処女を奪われたかもしれないなんて悲惨で間抜け過ぎる。
「くっそ～！！ 悔しいよぉー！！」
うわーん！ と泣き叫ぶ声は、幸いにも激しい夕立の音が掻き消してくれて御近所さんからの苦情は来なかった。
