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竜帝陛下と私の攻防戦  作者: えっちゃん
彼と彼女の非凡な日々
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08.竜帝陛下は気持ちの変化に戸惑う

ベルンハルト視点。

 魔術書の魔力で妙な女と心臓が繋がり、異世界へ強制転移させられてから一週間経った。


 この世界には魔法が無い分科学という技術が素晴らしく発達しており、目新しいモノ、機械や習慣等新たな知識を得るためベルンハルトは膨大な量の書物を読み漁っていた。

 此方の世界の書物を読み漁り、インターネットやテレビで気になった情報を調べて過ごす時間は信じられないくらい穏やかで、久しく取っていなかった休暇を纏めて取っている気分になる。



 居間のソファーへ腰掛けたベルンハルトの指先が、タブレットの液晶画面を滑り目的の動画を検索していく。

 治めている帝国へ新たな技術を持ち帰ろうため情報を検索し、画像や動画を魔石へ記憶させ終わるとタブレットの検索履歴を削除した。


 これだけの技術情報があれば、たとえ自分の代で竜王の血が薄れてもトルメニア帝国は世界一の大国へと在り続けるだろう。

 腑抜けの先帝が軍備と外交に消極的だったせいで、帝国を軽んじ反旗を翻そうとする態度が見え隠れしている一部属国や、不可侵条約を結んでいるが新王が即位してから緊張状態が続いている魔国が動こうとも、この世界で知り得た科学技術があれば大きな力となる。


 異世界転移など、女と心臓が繋がるなどと面倒なことになったと思ったが、今ならこれは我がトルメニア帝国の更なる発展のため、神の采配があったのかと思えていた。




 ***




 学生の身分であり今は夏期休暇中だったカホは、今日は集中講義のため学校へ行くらしい。此方の世界の学校はどんなものか気になり、ついて行こうか迷っているうちに彼女は玄関先で「行ってきます」と叫び慌ただしく出ていった。


「行ってきます、か。まったくもって変な女だな」


 “行ってらっしゃい”


 今まで生きてきた中でこの台詞を言うなど考えられないし、こんな場面は自分をよく知る側近達が見たら顔面蒼白になるか、無遠慮な宰相なら腹を抱えて笑うだろう。


 竜王の血を継ぐ皇帝である自分が平民の女に気を使うなど、本来ならばとんでもないことだ。

 居間に一人残されたベルンハルトは息を吐く。


 カホという女は、最初こそは自分と距離を置いていたようだったが、今ではすっかり共に居ることに慣れたらしい。

 恋人や夫以外の男と同居しているのに、危機感が薄いというのは女としてどうかと思うが、自分に対して物怖じしないで接する女はそう多くないため少しばかり扱いに戸惑う。

 下心も無く素直に礼を言われると、心臓がざわめくような妙な感覚になるのは、何故かは理解したくも無かった。


 飲み物を取りにソファーから立ち上がり台所へ向かい、開けた冷蔵庫にはカホがベルンハルトへ作ったオムライスが入っていた。

 二日前にテレビ番組でオムライスが映し出され「食べてみたい」と言ったのを覚えていたらしい。


「何て、単純な女だ」


 何処までもお人好しで単純な女。

 呟いた声は、大した音量ではないのに静かな室内に響いて聞こえた。

 この家の周囲は住宅街のため、テレビを消すと室内に響くのは時計の針が刻む音のみ。

 カホが居ないとこの家に居るのはベルンハルト一人で、常に周りに侍従や護衛が付く宮殿とは比べ物にならない程静かだ。


 定位置となっているソファーに戻る途中、居間に隣接している和室にピンク色の下着が干してあるのが見えて、ベルンハルトは眉を顰めた。


「あいつは一応、女だろ」


 神経が図太いというか、無頓着というか恥じらいが無いのか。否、自分に対して媚びる女よりかはマシか。変わった女だが、不快には思えなかった。


 もしも、カホがトルメニア帝国へ来たのならそれなりに歓迎してやろうと思うくらいは、既に自分は彼女に対して気を許していると自覚はしていた。




 花柄レースと水色地に白レースの可愛らしい下着を見てしまってから、外出する気がすっかり失せたベルンハルトは、カホの学者をしているという叔父のコレクション部屋へやって来た。


 古代から現代までの幅広い趣向の物が乱雑に置かれているこの部屋には、魔術書の呪いを解くヒントとなる物があるかもしれないと、コレクションを壊さないことを条件に自由に入ることを許されていた。

 一見がらくたにしか見えない物も、何百年か前の遺跡からの発掘品や文明の成り立ちを伝える貴重な書物ばかりで、考古学者の叔父とやらの目は称賛に価するくらい確かだ。


 此所に有るのは数百年の知識が詰まった品ばかりでは無い、ベルンハルトは手のひらから所蔵品へ影響を与えない程度の微量の魔力を放出する。

 魔力を帯びた遺物や、界渡りをした異世界の産物が存在していれば、放出された魔力に微弱な反応を示すのだ。


 ガタンッ


 部屋の片隅に積み上げられた木箱の一番下から音がして、ベルンハルトはカタカタと揺れる木箱を引っ張り出す。

 木の蓋を開け、カタカタ音を発する中身を確認する。


「これは、面白い」


 上々の掘り出し物を発見し、ベルンハルトはニヤリと口角を上げた。




 日が傾く頃、家へ近付いてくるカホの気配に気付き、魔力を注いで成長させた“ソレ”の姿を見えないように隠蔽魔法をかけた。


 ガチャガチャ、ガラガラッ


「ただいま~」


 玄関の開閉音に続いて、少し上擦ったカホの声が聞こえる。


 カラリッ、


 急いで帰って来たらしいカホは、頬を上気させ肩で息をしながら居間の襖を開けた。


 ソファーに座るベルンハルトと目が合うと、目元を提げてくしゃりっと笑う。


「ベルンハルトさん、帰りました」


 作った笑みとは違う裏表など感じ無い屈託ない笑顔に、ベルンハルトの心臓がざわめいていく。


「......おかえり」


 貴族令嬢や名だたる美しい姫達が向ける自身を美しく魅力的に見せるよう計算された微笑みでは無く、淑女とは言い難い子どものような笑みなのに、この裏表無い女の顔をもっと見ていたいと、もっと笑いかけて欲しいとすら思ってしまう自分に戸惑い目蓋を臥せる。

 この理解し難い感情の名前を知ろうとする度に、これを知るのは危険だと、ベルンハルトの脳中で警報が鳴り響くのだ。



「ベルンハルトさん? どうしたの?」


 きょとんと、首を傾げたカホからの視線に耐えきれず、ソファーの足元に居るソレへかけていた遮蔽魔法を解いた。


「がうっ!」


 ソファーの下から勢いよく飛び出した白い毛玉の塊が、カホへ向かって飛びかかった。


「うっぎゃあっ!?」


 真正面から体当たりを食らい、尻餅を突いたカホの口から蛙が潰れたような悲鳴が上がる。

 尻を強か打った痛みと衝撃でカホが涙目になったと同時に、ベルンハルトの尻にも鈍い痛みが走った。


「なんっ、なにっ?」


 体当たりをしてきた毛玉の塊、光沢のある真っ白な毛の中型犬は千切れんばかりに尻尾を振り、目を白黒させているカホの顔中を舐めまくる。

 仕込んでおいた甲斐もあり、彼女を主と認識し敬愛を示しているのだろう。


「コイツは、お前の叔父のコレクション部屋にあった彼方の世界の魔獣の一部だ。過去に、時空の歪みに落ちて此方の世界へ渡った魔獣がいたのだろう。剥製(はくせい)にされていたのを魔力を注いで一時的甦らせてみた。元が魔獣の一部のせいで本来の力は無いが、ただの犬よりは力はある。この家の番犬代わりに飼ってみるか?」


「ええっ!? 魔獣!?」


「ばうっ」


 一気に顔色を悪くしたカホへ、白い犬は顔を擦り寄せ甘える。


 元の魔獣よりは弱くなっていても、この犬にも大人の男を簡単に噛み殺すくらいは出来る。

 魔力を注ぎ再生させた肉体も犬の範囲内にした。

 これで、自分が此処から居なくなった後の番犬にはなれるだろう。



ひねくれた竜帝陛下は、危機意識の低い佳穂を心配して番犬を用意した、とは素直に言えない。



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