私に、価値がないですって?
そう言えば、人前で怒ったのは何年ぶりだろうか。泣いたのも何年ぶりか分からないだけでなく、怒るのがいつ以来かも分からないなんて。
私は何て、つまらない人間なんだろう。
浮島 椿は、一人悲しんだ。
◇ ◆ ◇
どんなに酷い罵倒をされようと。
どんなに酷い暴力を振るわれようと。
私は耐えることが出来る。
怒りも、恐怖も、憎悪も、屈辱も、全て心の中だけに閉じ込めて鍵をして。
外観だけ見たら、操り人形みたく振る舞える。
だからこそ、泣かない。怒らない。
でも、流石の椿もこれには黙って居られなかった。
仮にも大規模な総合病院の医院長が気分じゃなかったから仕事に行かなかった?自分の管理下である病院のことを知らない?
ーーふざけるな。
総合病院には、沢山の患者様がいる。入院している人の中には一刻を争う病の人だっているだろうに。
それを、「知らん。」だと?
人を馬鹿にするのも大概にしろ。
「あんたのその身勝手過ぎる行動で、どれだけの人が困ってるか、考えた事ある?どれだけの人が犠牲になったか。どれだけの人を裏切ったか。どれだけの人があんたに失望したか!!」
椿は言いながら、止めようとする母親を押しのけて父親へと近付いて行く。
椿の剣幕に父親は思わず後ずさった。
「あんたの病院にいる患者様たちはね、みーんなあんたを信頼して、頼ってるのよ!それに対してあんたは何。気分じゃなかった、だ?寝言は寝て言え!!!!!!!」
そこまで言うと、椿は一旦息を吸い込んで、吐いた。
興奮した心を落ち着かせようとして。
しかし…あろう事かその父親は、椿に反論した。
「う、うるさい!俺が居なければまともに生活も出来ないくせに!こっちはいつでも離婚でいいんだぞ!」
その言葉に焦ったのは他でもない、母親だ。
「んなっっ!!そ、そんな事をしたら貴方の病院の後継ぎが居なくなるわよ!?!?椿以外、貴方の病院を継げるような人は貴方には居ないでしょう!!!!離婚して困るのはお互い様じゃない!」
「なら離婚だけして椿を俺が引き取れば万々歳だなぁ!!お前みたいな役立たず、養う価値もない!価値があるのは椿だけだ!!!!!」
その父親の言葉に、母親の様子が変わった。
これでもかと言うほど目を見開き、全身をカタカタと震わせている。おまけに何やらブツブツと呟き始めた。
「価値がない…?私に、価値がないですって?主席も満足に取らないような出来ないよりも、私の方が下だと言うの……!?!?!?ふ、ふふふふ、あっはははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!」
急に笑い始めた母親に訝しげな視線を送っていた父親は次の瞬間、ヒィイイッ!!!と悲鳴をあげた。
母親が、その手にナイフを持って飛びかかってきたのだ。母親の目は、もう何ひとつとして現実を映してはいなかった。その目にあるのは、強い憎悪。
母親が、壊れた。