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聖なる歌姫は嘘がつけない。  作者: 水瀬 こゆき
前世編
4/22

…お前、ふざけてんのか?

母親のいつもと同じ罵声と暴力に耐えながらおもいだしたのは、空ちゃんと同じくらい大切で大好きな友達の、鈴堂 圭くんーー私は彼を鈴くんとよんでいるーーにノートを返してもらっていないことだった。

彼はとても良い人で、予備校で知り合って直ぐに仲良くなった。彼は私と同じく国公立の大学の医学部を志望していたこともあって、接点も多かった。

違う学部志望の空ちゃんはいつも不満そうに頰をふくらませていたのは忘れられない。

そして、晴れて今年私と鈴くんは同じ国立大学の医学部に合格。空ちゃんも同じ大学の別学部に合格。それが分かった時は泣きそうになったっけ。



…………あれ?


私、最後に泣いたの、いつだっけ。



ここ十数年、まともに泣いた記憶がない。

なに、これ。あれ?

私って、そんなに人間味のない人間だったっけ?

考えても考えても、最後に泣いた記憶が思い出せなくて…歯痒くて眉を顰めた。

すると、それを見逃さなかった母親はすかさず平手打ちをしてきた。

「何よ!何か文句があるっているの!?!?口答えなんて許される事じゃないって何だ言えばわかるのよこの出来損ないがっっ!!!!」


誰が出来損ないよ。超有名国立大学医学部の中で3位以内に入ってるのよ?あんたの方がずっとずっと、出来損ないじゃない。知能的にも、人間的にも。


何度も殴られているうちに頭がグラグラと割れるように痛くなってきた。

思えば、こうして罵声を浴びせられて暴力を振るわれても、いつからか涙も出なくなっている。人間とは良く出来た生き物だ。何度も同じ目に遭うと、学習して、そして最後には何も感じなくなるのだ。

はぁ、馬鹿みたい。毎日毎日同じことの繰り返し。

大学から帰ったらまず、帰るのが遅いのよ馬鹿!との罵倒。それからは暴力フェスティバルだ。

…よくもまあ、何年も同じこと繰り返して飽きないものだよねぇ。

フンッと鼻で笑いそうになった時、リビングに人影が見えた。



ーー父親だ。



のらりくらりと寝癖のついた髪の毛を掻きながら部屋着のまま入ってきた父親を見て、椿はポカンとした。

理由は簡単だ。

今の時刻は午後4時すぎ。間違っても、総合病院の医院長が家に居ていい時間ではない。

だから椿は、思わず彼に聞いてしまった。

「…ねぇ、仕事は?何で家にいるのよ。」

母親も財源である父親には逆らえないため大人しく黙っている。そして父親はと言うと、何言ってるんだお前とばかりに言い放った。

「知らん。今日は仕事に行く気分じゃなかったから病院には行ってない。」


その言葉に、椿はキレた。


「…お前、ふざけてんのか?」


そう、低く言って自分を睨み付ける椿に、父親は瞠目した。それも当然だろう。

椿が家族の前で本心を曝け出したのは、十数年ぶりの事だったのだから。


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