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4 思い出の食べもの



 窓から見える空が薄くなってきた。

 教科書が詰めこまれたランドセルを背負い、下駄箱に向かうと、五吉が座っていた。


「帰らないのか?」

「おう、七彦を待ってる」


 七彦ねえ、聞き覚えがあるような、ないような。

 俺は靴を履きながら可能性のある選択肢を挙げる。


「ああ、弟?」

「近所の子だよ! 親同士が仲良いだけだよ!」

「道理で似てない」

「え、知りあい?」

「知らん」

「相変わらず酷えな!?」


 五吉はぶつぶつ文句を言いつつ、ランドセルのポケットを漁りはじめた。


「まあ俺も次郎待つし。隣座るぞ」


 今日は俺も二郎も五限までだから、一緒に帰る約束をしているのだ。

 五吉の返事を聞かず隣に腰を下ろす。ランドセルは……、背負ったままでいいか。

 ツルツルの床はひんやりとしていた。


「おー、あったあった。ガム食う?」

「賞味期限平気?」


 満面の笑みで黒猫の絵柄のガムを出してきた。いちご味のやつ。


「あ、切れてら」

「くれ」

「食うんかい」


 五吉は銀紙を剥くと、半分に折って片方をくれた。


「そっちの方が良い。デカイ」

「変わらんぞ? ……あ、マジだ。よく見てんのな。やらんけど」

「さよか」


 最初に出された小さい方を口に入れて、指についた粉を舐める。

 一度噛めば、粉っぽさとわざとらしい甘みが広がる。ごろごろした歯ごたえはやがて丸くなる。


「お前は欲望に忠実だよな」

「母さんが子どもは素直なのが良いって」

「真っ直ぐすぎん?」


 ぷう、と真っピンクの風船がとなりで膨らむ。

 噛んで形を整えて、舌で押しのけ空気を送る。同じくピンクの風船ができた。流石に色は薄くて、桜色だ。

 ぷしゅっ、と破れた。口に収めてまた噛む。


「久しぶりに食べたけど、意外とできるもんだな」

「お前でも体で覚えることがあるのかー」

「失礼な。頭だって体だ」


 てんてんてん、と階段を降りる足音がする。まだ上に誰か居たっけ。


「なんか甘い匂いがする。……五吉か! またお前は~!!」

「げっ」


 下駄箱の陰から出てきたのは三田先生だった。慌ててガムを舌の裏に隠す。俺の顔は無表情らしいので助かる。


「せ、先生も食べます? オレンジ味」


 五吉は切羽詰まったのか、追加のガムを取り出した。悪手だと思うが。

 フィルムが少し黄ばんでいて、明らかに賞味期限切れ。


「この、バカモノ!」

「それたぶん賞味期限切れてますよ」


 先生に賞味期限切れを伝えてよいしょと立ち上がる。すまんな、俺は怒られたくないんだ。


「五吉、また明日な。先生、さよなら~」

「おう、さよなら」

「先生! 太郎、太郎もガム食ってる!!」


 さらっと別れの挨拶をしたら、五吉が絶望したような顔をして、俺を道連れにすべくすぐさま先生にチクりやがった。

 ヤバイ。さっさと逃げよう。


「あいつが賞味期限切れのものを食うわけないだろう! 嘘をつくんじゃない!!」


 勉強ができると、こういう時便利だよな。

 しかし先生、俺は賞味期限切れの菓子を食べないような完璧人間ではないぞ。


 悠々と昇降口から出て、誰も近くにいないことを確認する。さっさと証拠を隠滅しよう。

 唾液を纏って大人しく佇んでいたガムは、飲み込むには少し苦かった。


「あ、兄さん」

「よう、二郎。帰るか」

「うん」


 さて、今日の夕飯はなんだろう。



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