3 人の食べているもの
授業が全部終わると、掃除の時間だ。
今週は……うげ、掃除当番、職員室じゃん。サボれないや。
「おーい、二郎、早く行こうぜ」
「おー」
雑巾を片手に先生がうごめく職員室へ。
職員室はいつもザラついたコーヒーの匂いがする。
「先生はズルいよな」
僕は膝をついて同じ床を拭きながら、ちりとりに空気を寄せている七彦に話しかけた。
「例えば?」
「ほら。カップ麺。ゲッシンのシーフード味でしょ、カクミヤのカップ焼きそば、ウミナガのキャラメル、ネススのウェハース」
「アイスクリーム味?」
スチール製の棚に住む保存食を指差した。先生たちの机の上に、その脱け殻があったりもする。
「先生、僕らにはお菓子持ってきたらダメだって言うのに」
「大人はみんなズルいよなー。母ちゃん、一人でコティハ食ってたりするし。……おい、なんか良い匂いしないか?」
七彦の鼻を真似て、僕の鼻もひくひく。
しょっぱい出汁の匂い、こってりバターの匂い、トゲトゲの胡椒の匂い……。
ズル、ズッズッ、と啜る音。紙をめくったり、キーボードを叩く音の中に、確かに聞こえる。
あー、お腹減るー。思わずお腹をさすった。
ひょこっと机の谷間から目を出すと、三田先生が割り箸で幸せそうにちりちりの麺を啜っていた。あれが匂いの原因か。
「三田先生、それ塩バター味?」
「そうだよ。カレー味が無くてね」
立ち上がった七彦が味を確認していた。大事だよね、味。
ちゅるっ、と良い音を立てて髭の生えた口に吸われていく。
「そんな目で見てもダメだぞ。君のお兄さんがカレーをくれなかったから、僕は今ここで一人寂しくカップ麺を食べてるんだ」
先生は僕を見ながら、まるで守るようにカップをたぽたぽの胸に近づけた。兄さん、何したの。
だけど、その麺は僕に食べてほしいって言ってると思う。だってとても美味しそうだ。
「先生、まだ太り足りないの?」
「ぐふっ」
「二郎、こういう時は遠回しに言うんだよ!」
七彦が萎れる先生を笑いながら、僕にアドバイスしてくる。世渡りの上手い七彦の言うことは、聞いておくべきだろう。
「なんて言えばいいのさ?」
「早く食べないと伸びますよ、手伝いましょうか、とか」
ふむ、確かに先生の手は止まっている。
「……早く食べないと伸びますよ、手伝いましょうか?」
「まんまじゃねえか」
すぱぁん、と僕の頭が鳴った。我が頭ながらいい音であった。