表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

2 美しくよそるもの



 四限目。

 今日の宿題になるだろうドリルの章を解く。担任の三田先生は出席番号で当てていくから、しばらく俺の出番は来ない。

 ぐるる、唸る腹を宥めるのはもう諦めた。隣の席の五吉がちらちらとこちらを見てくる。

 そんなことしてると三田先生にまた怒られるぞ。ほら。こっち睨んでいるし。頭もピカッてる。


「五吉! 聞いてるのか、この問題の答えは何!?」

「ぅえっ!? はいっ、えっと、答えは、『なに』です!」


 惜しい、八だ。音は近い。

 クスクスと周りに笑われて茹だった五吉は乱暴に席についた。更に笑われている。どんまい。


 あと十分で授業が終わる、という頃、がらがらと給食の載ったワゴンがやってくる。


 特徴的な匂いが斜め後ろから襲ってくる。ああ虫が騒ぐ。

 今日はカレーか。


 配膳に二十分くらい、〆て三十分。

 虫よ、せめて切なそうに泣きなさい。腹を押さえたのだからデクレッシェンドで頼むよ。


 ようやくチャイムが授業を終わらせ、日直の声に合わせて適当な礼をする。

 うきうきと机を付けて、古いが白い割烹着を着けた。

 五吉が恨みがましそうに声をかける。


「太郎、授業中、腹鳴りすぎでしょ。うるさかった。お前も恥ずかしがれよ、鉄面皮が」

「……明日宿題見せないぞ」

「わー、悪かったよ! 俺がうるさかったから!」


 ふんと鼻を鳴らして俺は満足した。ぎゅうと腹も鳴らした。

 五吉も割烹着を身につけながら尋ねてくる。


「……学校にくる前にごはん食べなかったの?」

「パンを食べた。二枚。バターたっぷり」

「いやそこまで聞いてないけど」


 五吉とワゴンをバラして配膳のセッティングをする。俺はお玉を持って大きな鍋型の容器の前に陣取る。


「太郎、大食缶(カレー)? また?」

「好きなんだ」


 五吉は呆れたように言って、自分は小食缶を担当する。

 五吉が蓋を取ると中身はナゲットだった。カレーの先触れに負けない油の匂い。

 くにゅっとした食感と中央の微妙な冷凍の名残が苦手なので、後で自分の分は五吉に押しつけようと思う。


 俺が満を持して鍋の蓋を開ければ、王さまカレーが熱をお供にお出まし。

 銀のお玉で一杯半。それが俺の黄金律。

 差し出される薄緑のトレーに惑わされず、一定のペースで。

 お玉を底から引き上げ、目線よりやや低く、陶器の椀から二十センチくらい離して恭しく傾ける。

 すっと差し出された器の縁を綺麗に残して、どろりとカレーはとぐろを巻く。

 皿の縁を汚さぬように、速やかにお玉を下げる。

 完璧だ。


 三十のカレーを完璧に送り出せば、見事にすっからかん。


 うむ、今日もいい仕事をした。


「おー、今日も綺麗に盛ったな」

「まあな」

「俺には及ばないけど」


 五吉は自慢げに空の食缶を見せた。油切りの網がかしゃかしゃと楽しげだ。


「なあ、二人とも、悪いんだけど。先生の分は?」


 三田先生が米と牛乳、明らかに配分を間違えた少量のナムルだけをトレーに乗せ、太い腹を揺らして悲しげに要請してきた。


「ありません」

「えーっ!? 子どもたちの分からちょっとずつとり分けてきてよ!」


 絶対嫌。せっかく綺麗に盛ったのだ。

 先生は一食くらい抜いてもいいと思う。腹を育てたい気持ちは俺には分からない。


「太郎、もう少しおぶらーとだっけ? それを使おうぜ」


 五吉がちょいちょいと割烹着をつついて、何かを包む動作をする。

 ふむ。俺はお玉を鍋の縁に丁寧に掛けた。


「ぜったい嫌です」

「おぶらーとおぶらーと!」


 おっといけない、本音が丸出し。

 先生は俺たちの説得を諦めたらしい。振り返って、声を張る。


「カレー要らない人~!!」


 みんな目を逸らした。


「あ、ナゲットなら俺の分あげますよ」


 先生は微妙な顔でありがと、と呟いた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ