2 美しくよそるもの
四限目。
今日の宿題になるだろうドリルの章を解く。担任の三田先生は出席番号で当てていくから、しばらく俺の出番は来ない。
ぐるる、唸る腹を宥めるのはもう諦めた。隣の席の五吉がちらちらとこちらを見てくる。
そんなことしてると三田先生にまた怒られるぞ。ほら。こっち睨んでいるし。頭もピカッてる。
「五吉! 聞いてるのか、この問題の答えは何!?」
「ぅえっ!? はいっ、えっと、答えは、『なに』です!」
惜しい、八だ。音は近い。
クスクスと周りに笑われて茹だった五吉は乱暴に席についた。更に笑われている。どんまい。
あと十分で授業が終わる、という頃、がらがらと給食の載ったワゴンがやってくる。
特徴的な匂いが斜め後ろから襲ってくる。ああ虫が騒ぐ。
今日はカレーか。
配膳に二十分くらい、〆て三十分。
虫よ、せめて切なそうに泣きなさい。腹を押さえたのだからデクレッシェンドで頼むよ。
ようやくチャイムが授業を終わらせ、日直の声に合わせて適当な礼をする。
うきうきと机を付けて、古いが白い割烹着を着けた。
五吉が恨みがましそうに声をかける。
「太郎、授業中、腹鳴りすぎでしょ。うるさかった。お前も恥ずかしがれよ、鉄面皮が」
「……明日宿題見せないぞ」
「わー、悪かったよ! 俺がうるさかったから!」
ふんと鼻を鳴らして俺は満足した。ぎゅうと腹も鳴らした。
五吉も割烹着を身につけながら尋ねてくる。
「……学校にくる前にごはん食べなかったの?」
「パンを食べた。二枚。バターたっぷり」
「いやそこまで聞いてないけど」
五吉とワゴンをバラして配膳のセッティングをする。俺はお玉を持って大きな鍋型の容器の前に陣取る。
「太郎、大食缶? また?」
「好きなんだ」
五吉は呆れたように言って、自分は小食缶を担当する。
五吉が蓋を取ると中身はナゲットだった。カレーの先触れに負けない油の匂い。
くにゅっとした食感と中央の微妙な冷凍の名残が苦手なので、後で自分の分は五吉に押しつけようと思う。
俺が満を持して鍋の蓋を開ければ、王さまカレーが熱をお供にお出まし。
銀のお玉で一杯半。それが俺の黄金律。
差し出される薄緑のトレーに惑わされず、一定のペースで。
お玉を底から引き上げ、目線よりやや低く、陶器の椀から二十センチくらい離して恭しく傾ける。
すっと差し出された器の縁を綺麗に残して、どろりとカレーはとぐろを巻く。
皿の縁を汚さぬように、速やかにお玉を下げる。
完璧だ。
三十のカレーを完璧に送り出せば、見事にすっからかん。
うむ、今日もいい仕事をした。
「おー、今日も綺麗に盛ったな」
「まあな」
「俺には及ばないけど」
五吉は自慢げに空の食缶を見せた。油切りの網がかしゃかしゃと楽しげだ。
「なあ、二人とも、悪いんだけど。先生の分は?」
三田先生が米と牛乳、明らかに配分を間違えた少量のナムルだけをトレーに乗せ、太い腹を揺らして悲しげに要請してきた。
「ありません」
「えーっ!? 子どもたちの分からちょっとずつとり分けてきてよ!」
絶対嫌。せっかく綺麗に盛ったのだ。
先生は一食くらい抜いてもいいと思う。腹を育てたい気持ちは俺には分からない。
「太郎、もう少しおぶらーとだっけ? それを使おうぜ」
五吉がちょいちょいと割烹着をつついて、何かを包む動作をする。
ふむ。俺はお玉を鍋の縁に丁寧に掛けた。
「ぜったい嫌です」
「おぶらーとおぶらーと!」
おっといけない、本音が丸出し。
先生は俺たちの説得を諦めたらしい。振り返って、声を張る。
「カレー要らない人~!!」
みんな目を逸らした。
「あ、ナゲットなら俺の分あげますよ」
先生は微妙な顔でありがと、と呟いた。