1 友達と食べるもの
春の布団はぬくぬくしている。朝の日差しがぼんやりと瞼を明るくし、ゆるゆると耳をふさぐ。
「太郎、二郎、朝だよー! 起きなさーい!!」
キッチンから叫ぶお母さんの声。いつものように僕と兄さんの部屋に飛びこんでくる。
「――……あ゛あーい」
寝ぼけた兄さんの、意外と大きい声がコダマする。その声に揺すられて、ぐらぐらと僕も目を覚ます。
もぞもぞと隣の布団が蠢いていた。これで六年生の中で一番頭がいいなんてサギだ。
兄さんの脳みそは飛んでいる。しかし僕の通知表はいつも白っぽい。
ぐしぐしと目を擦り、Tシャツとズボンを着た。一昨日も着たやつ。
まあいいか。ふあ、と欠伸をしながら、ちょっとへたれたランドセルを引きずって階段を降りる。最近ハマっているのだ。
ぺし、ぺし、と皮が笑う。中の空気が悶える。
焦げたパンの匂いと卵のぼやけた匂いにもおはよう。
ちぇっ、今朝はこんがりベーコンもぺらぺらハムもいないらしい。
「おはよー」
「おはよう、二郎。太郎は?」
「寝てる」
お母さんとのいつものやりとり。僕は椅子のそばにランドセルを放った。ないっしゅー。
「あ、メルミルク、買ってきたわよ」
「ほんとに!?」
冷蔵庫に飛びついて、買ってきてもらったメルミルクを取り出す。実験をするのだ。
牛乳の紙パックの口を開ける。くぱ、と景気の良い音。これは期待大。
透明のグラスにとぷとぷ。最初だからたぷたぷ。
給食の牛乳はおいしいのに、家で飲む牛乳はおいしくない。味が家出しているのだ。
メーカーが同じなら味も同じはず。
ぐい、と飲む。冷たい。
……おかしいな、味が留守だ。白塗りに変身したグラスに残っているのかな。
「どう、いつものより高いのよ。美味しい?」
ちぎられたレタスのサラダをテーブルに並べながら、お母さんはご機嫌だ。
「んー」
おいしくない、というのも気まずくて、ストローを棚の奥から取り出した。飲み方に牛乳が臍を曲げているのかも。
牛乳を注ぎ足して、ぷかっとストローをさす。
ちゅー、とやってくる牛乳は、全然やる気がさらさらない。
「むう」
「ぼよー。……じろうどうした? いつも嫌々飲んでるだろ、牛乳」
話しているうちに兄さんがしゃっきりしたらしい。不思議そうにぼくを眺めて、綺麗なランドセルを椅子の背もたれに背負わせる。可愛そう、あまりの重さにギシっと椅子が抗議した。
僕の斜め向かいに座ると、兄さんもお高い牛乳を自分のグラスに注いだ。
「学校の牛乳おいしいよね」
僕は目を上げず牛乳と見つめあう。
ちょっと温くしてみよう。グラスの汗ごと手で包む。十、九、八……。
「ああ……。俺もやったなー、飲み比べ」
「そうなの?」
兄さんはバターを分厚く綺麗に塗りたくって、かぶりつく。安い食パンの、あるか怪しい小麦の風味が台無しだと思うけど。
三、二、一、……ぜろ。
ちゅー。
「まあ、友達と食べる方が美味いわな」
「お母さん、残りの牛乳飲んで」