バブみの終末
シュウ と空気圧が作用した事を思わせる音が響き、アルミ板金のような自動ドアが開く。
姿を現したのは、オギャレッドこと無職ニートだった。
「ふぅ……カツ丼すら出してくれないとは思ってなかったぜ……」
面を下げながらも、手の甲で口元を拭っている。
拭い終えたその手の甲には、それまでに口元についていたであろうソースが移っていた。
ソースに気が付いたのか、ペロリと手の甲のソースを舐めとる無職ニート。
「ポリスメンの野郎、カツ丼くらい出してくれてもいいじゃないか。
あまりに頭の中がカツ丼になったからついカツy……カツ丼チェーンに寄っちまったぜ。」
ぶつぶつと一人ごちながら通路を歩き、すぐにドアに行き当たる。
「アイコトバ ハ?」
「母性なきバブみ死すべし」
シュウ と音が鳴り自動ドアが開き足を進める。
「おっ? レッドか?」
「あぁ、まったく散々な目にあった。」
自動ドアの先には近未来的な空間と言うべきか、夢物語に出てくる宇宙ステーションの中とでも言うべきか、灰色と白で統一された空間に白色の丸みを帯びたソファーや机、椅子が上品に配置されている。
まるで2○○○年宇宙の旅にでも出てきそうな雰囲気だ。
「ん? ちょっとまて。なんかうまそうなニオイしないか」
そのソファーに腰掛けていたグリグリ丸眼鏡をかけ、頭がぼさぼさな白衣を纏った中年の男が顔を上げて鼻を引くつかせる。
「カツ丼食ってきた。」
無職ニートの答えに、ぐりんと目を向ける丸眼鏡白衣中年。
「まさか、ソースカツ丼をカツ丼だと言い張ってるチェーンじゃないよな? 卵とじだよな?」
「ソースカツ丼もカツ丼でしょうが。」
白衣の中年男は一度天を見上げて息を大きく吸い込み、そして横に向きなおって口から細くゆっくりと息を吐きだした。
「ふぅーーーーー……ギルティ。」
「はいはい。」
無職ニートは眼鏡白衣中年が親指を下にしてグっと下げるジェスチャーをしたのを無視し、そのままボスリとソファーに腰掛ける。
「それより博士。豚人間が思った以上に強かったんだが?」
「ギルティ。」
親指が再度下げられる。
「うん。やっぱり卵とじのカツ丼がカツ丼だよな。ものたりないわ。」
「よし。で? なんだって?」
「豚人間と戦ったんだけど互角だったんだが?」
「あ~。オギャレッドの運用な?」
「お~。それそれ。」
「それな……」
眼鏡白衣中年は唐突に黙り込み、腕組みをする。
沈黙は長く続き、無職ニートが訝しげに表情を伺う。
「……『バブみ』が死語になりつつあるから、もう無理だわ。」
「はぁっ!?」
座っていたソファーから立ち上がる無職ニート。
「ほら。なんていうの? 2017年でも『もう下火だよね?』って感じだったけどさ、2018年になったら、やっぱもう死語になるよね。元々『なんじゃそりゃ?』って思われながらなんとなくバズったから使っとけ的なノリで使われてただけだしさ。こうなるのも仕方ないよね。」
「ちょ、いや、え? いや、そういう事じゃなくて、え?」
「というわけで、流石にバブみ戦隊オギャリオンって流行らないと思うんだ。もう。だからさ、もうやめとこ?」
「いやいやいやいやいや、俺改造までされてるわけじゃない!? えっ!? あれっ?」
「うんうん。たしかにね、もう1人オギャブルーもいるしね。
オギャブルーのヤンキーギャルからのバブみ編もある程度流れができてたけど、なんていうか『あ。これ、もう旬過ぎまくってんな』感がでると……ほら、アウトじゃない? 意外とヤンキーのバブみって難しいところもあったしさ。ブルーもストレスマッハな展開からヤンキーギャルにオギャアア!するってなるのも、やっぱブルーじゃない。展開的に。ブルーだけに。」
「豚人間どうするのさ! 美女をさらってくって言ってたじゃん!」
「なんてーの? 豚人間紳士が多すぎて誘拐された方が幸せっていうのが若干浸透しつつあるっていうか? 里帰りした美女が自慢してまたあっちに戻ったのがネットで広がってるっていうか?」
「無害か!」
「無害だ!」
がっくりと膝と手を床につく無職ニート。
頭を振りながら顔を上げる。
「だましたな?」
「リアルな世間を知らない無職ニートが悪いのだよ。」
「う、うわぁあああ!」
立ち上がり、だばだばだばと眼鏡中年白衣にばたばた殴り掛かる無職ニート。
その速度は無職ニートのそれだった。
「ふっ。」
眼鏡中年白衣は鼻を鳴らし、スっと横にずれる。
無職二―トのパンチは鈍くさく避けた中年白衣の動きに追いつき、その頬にパンチがヒットする。
「いたいっ!」
「うわぁああ!」
「いた、いたいっ! 痛い!」
眼鏡中年白衣は、のけぞりながらパンチの乱打をくらう。
無職ニートは夢中でパンチを繰り出し続ける。
やがて眼鏡中年白衣は泣きだして蹲り、無職ニートも泣きながら崩れ落ちた。
「ひどい……殴るなんてひどいよぉ……」
「改造されて……これからどうやって生きていけば……」
しくしくと、大の男が二人うずくまって泣きべそをかきはじめる。
その時、また シュウ と音がなり自動ドアが開いた。
「タダイマ モドリマシタ。」
姿を現したのは、銀色のマネキンがメイド服を着た様な異様の存在。
銀色のマネキンはレジ袋を右手と左手に持っている。
レジ袋からはタマネギや牛乳、肉、そしてカレールー何かが頭を出していた。
「うわぁーん! ドレイモーン! オギャレッドが苛めるんだぁ!」
眼鏡中年白衣がバタバタと銀色のマネキンに飛びつく。
そしてその胸元にぐりぐりと眼鏡を押し付けた。
「アラアラ、ドウシタノ。コマッタワネ。」
ドレイモンと呼ばれた銀色マネキンは困ったような様子を見せながらも、抱き着くのに邪魔にならないように両手の買い物袋を水平に持ち上げて抱き着きやすい様な体制を取り、顔を左右に振って袋の置き場所を探す。
「うわぁーーーん!」
グリグリと顔を横に動かすと、ドレイモンの胸は柔らかい事を主張しているようにたぷたぷと波打っているのが服の上からでも理解できる。
もちろん無職ニートは、その様子を眺め、羨ましそうに涎を垂らした。
やがてドレイモンは諦めたように袋をその場に置き、そして優しく眼鏡中年白衣を抱きしめて頭を撫ではじめた。
「ヨシヨシ……ダイジョウブ。ダイジョウブ ダカラネ……」
「……オギャア」
聞こえた声にピクリと無職ニートが反応する。
「オギャぁああああああああっ!!」
『まさか』と言わんばかりの顔で、叫び声を上げた眼鏡中年白衣を見る無職ニート。
「天が吠え、海が鳴り、地が叫ぶ! バブみを守れと轟き叫ぶっ!
バブみ戦隊オギャリオンっ! オギャゴールデンっ! 参上っ!」
光の後、眼鏡中年白衣の姿はもう無い。
その場には黄金に輝くオギャゴールデンの姿があった。
「……嘘だろ」
オギャゴールデンは、ラジオ体操でいう『なんとなく恥ずかしい』ガニマタの体操の一番恥ずかしいだろうポーズ。
腕を大きく開き、両足で丸を作ったような体勢でポージングを取っていた。
バトルスーツは黄金の輝きを放っており、まるで後光が差しているかのように眩しい。
「……私も既に改造済みなのだよ。オギャレッドよ。」
「なん……だと……」
愕然としていた無職ニートに現状の理解が戻ってきた。
「よくもやってくれたな。まぁ変身する為にバブみが必要となると一度落ち込むのが手っ取り早いからな。フッフッフ。」
「あ~……そうそう。変身するまでがなかなか大変なんだよな。」
ゴールデンの言葉に大層納得したようにうなずく無職ニート。
「……やっぱそうだよな。」
確信を突かれた、というよりは、やってみて初めて分かった事に共感したように返答するゴールデン。
無職ニートは更に頷きを深くして口を開く。
「大体、赤の他人に対して母性を感じさせてくれるような女なんて、そうそういないから。いや、まったくいないから変身すること自体むずかしいんだよな。普通自分の母親くらいしかいないだろうしさ。」
「そうそう、で、それを欲したらマザコンとか言われるしな。どうしろと。」
「でもその点、考えたな。アンドロイドなら言った通り行動してくれるし、バブみを感じることもできるんだもんなぁ。」
「フッフッフ、ドレイモンを甘く見るなよ? 完全自立行動型アンドロイドドレイモンだぞ? もちろんあり余る母性で色んな事ができる。」
「色んな……こと……だと?」
「そりゃあ液体金属だからな。あんなことやこんなこと、そんなことまで完備。パーフェクツなアンドロイドよ。」
「くそーうっ! 問題は色くらいしかないじゃないか!」
「いや。色はコレが至高。あとは若干ひやっとする冷たさは、予めお風呂に入ってもらって人肌にあったまってもらっておくと良い。」
「くそーうっ! なんて羨ましいんだ!」
「ふふふ、さらに自動落ち込み検知によるバブみ授与機能まで備えているからな。完璧も完璧。」
ドレイモンがスススっと動き、四つん這いになって悔しがっている無職ニートの頭をそっと抱く。
「ヨシヨシ」
「……オギャア」
「あっ」
「オギャぁああああああああっ!!」
素っ頓狂な声を上げたオギャゴールデンの前には、オギャレッドとなった無職ニートが立っていた。
「…………」
「…………」
「…………なんだ」
「…………まぁ」
ポリポリと頭を掻くゴールデン。
手持無沙汰に頬を掻くレッド。
「「 飲むか 」」
「ソレジャア オツマミ ツクルワネー」
「「 ママーー! 」」
今日も世界は平和だった。