第9話
城門をくぐるとプレイヤーたちでぎっしりと詰まった露店が並ぶ賑やかな大通りへとでた。
DTDがまず初めに探したのは武器屋だった。
それを見つけるまでにいろいろな店の看板が目に入る。
食べ物、回復アイテム、トラップアイテム、マジックアイテム、おしゃれな服、換金などなど様々なジャンルを取り扱ってるようだ。
歩くこと5分ほどで目的の武器屋が見つかった。
店の名前は「武器屋 鉄」。
ずいぶんシンプルな名前だった。
屋台式ではなくレンガ造りの建物だったので中に入る。
「いらっしゃいあせ!」
粋のいいオヤジさんのあいさつが店内に響く。
店の中には飾り気のない実用性重視の武具や防具が乱雑に並べられていて、複数の客が作品に目を通していた。
そこまで繁盛している様子ではない。
奥からハチマキを巻いたスキンヘッドのいかつい店長がでてくる。
さっそく、DTDはその男のステータスを覗いた。
名前 鉄平
プレイヤーレベル 153
プレイヤーポイント 970万6540
魔法族 ヒュポモネー(※肉体系魔法族レベル2)
体力 30241/30241
攻撃力 22170
防御力 40698
器用 19755
素早さ 16529
知力 20104
魔力 7621
<装備>
気合のハチマキ
疲労感を若干軽減する
ただの白シャツ
ただの腹巻
ただの白ズボン
中級者の中でも真ん中らへんの実力だろう。東方連合のような巨大コロニーだと中級者はさほど珍しくない。
彼の眼の下にはクマができており、精神的に追い詰められているように見える。
DTDには他人の事情に介入する理由もなかったので特にそのことについては触れようとはしなかった。
「装備を購入したいんだが」
「わかりやした。レベルはおいくつで?」
「62だ」
鉄平は驚いて、少し怪しんだ素振りを見せた。
無理もない。レベル62ともなればプレイ時間数年は少なくとも超えている。
初期装備でレベル62とは一体どんな縛りプレイをしているかなんて彼の想像の及ぶ域ではないだろう。
「どんな武器をご所望で?」
「長剣1本に短剣4本、それに俺が装備できるなかで最も軽い防具」
これは重要だった。DTDにとって戦場では敵の目をくらませるほどの速さが命。
逆に動きが遅いと複数を相手にする彼にとっては動きを捕捉され、それはすなわち死を意味するのだ。
わずかな注文でDTDのプレイスタイルを見極めた鉄平が彼にあった装備を探すため店内を物色する。
しばらくして、鉄平がDTDに勧める武器が出そろった。
<ロングソード・スぺリアル>
金貨150枚
素早さ5%アップ
攻撃力+100
<ショートブレード・時雨>
金貨40枚
素早さ10%アップ
<ライトアーマー2式>
金貨70枚
素早さ10%アップ
<アニマブーツ>
金貨20枚
静止からの移動時、素早さ10%アップ
DTDはシルビアから貰った1万枚の中から金貨400枚を出して買い物を即断即決で行い、店からでた。
大通りはずっとまっすぐ続いており、いろいろな店に立ち寄りながらDTDは歩き続けた。
人混みの中のプレイヤーはどれも中級者以上のレベルに感じられ、強者との肌の触れ合いに思わず身震いした。
恐怖からなのか、はたまた興奮からなのか戦闘狂の彼なら言うまでもないだろう。
そうこうしているうちにY字路の股のところまでたどり着いた。
DTDが顔を上げると石造の巨大な建物が建っており、2階にあたる部分には銅版にクエスト依頼所と書かれている。
シルビアから聞いた情報では戦いたいならまずここに立ち寄ってクエストとやらを受けろとのことだった。
扉のないクエスト依頼所からまぶしい明かりと喧騒が漏れている。
DTDが中へ入ると数百席もの椅子とそれに囲まれるように木製のテーブルが至る所に設置されており、座席はほとんどが談笑するプレイヤーたちによって埋め尽くされていた。
DTDは誰からも気にされることなく受付という看板がぶらさがった場所まで行き、NPCと思われる黒髪の受付嬢に話しかける。
「クエストを受けたい」
「会員証はお持ちでしょうか?」
「なんだそれは?」
「クエスト依頼所でクエストを受けるには会員証が必要です。新しく会員証をお作りしますか?」
「なら頼む」
「登録画面をそちらに送りましたので、必要事項に正しく記入してください。それが終わりましたら、完了ボタンを押してください」
受付嬢が事務的に説明し、DTDは数分ほどで作業を終えた。
それから、受付嬢が記載された情報を確認すると、DTDはお勧めの宿をおしえてもらい、礼を言って、内設している食堂でほろほろ鳥のとろとろうどんとやらを頼んで空いている席についた。
味はそれなりにいいようだ。
そういえば、DTDはついこの間、都市アーノエルで大事件を起こしているのにもかかわらず全くここの人間には気づかれていない。
大抵、そういうプレイヤーはどのゲームでもすぐに名が知られることになるのだが。
まさか、あのシルビアがこの事について手を打ってでもいるのだろうか。
東方連合のような巨大コロニーを動かせるほどの力でもあるのかもしれない。
まあ、彼にはあまり興味のないことだろう。
思考をめぐらせながらうどんをすすっていると横から声がした。
「すいません! 他に席がなかったんで向かいいいっすか?」
声の主は若い青年のアバターのプレイヤーで気さく、悪く言えば軽薄、そんな印象をうける男だった。
DTDは興味なさげに頷くと、満面の笑みで彼が座った。
「ぼく、フワフワガラスっていう者っす! カラスってよんでくださいっす! そちらのお名前なんですかー?」
さっそく遠慮なしに話しかけてきた。
「DTDだ」
「DTDさんは1人でクエスト受けているんすか?」
「まだ受けたことはない。この都市に来たのもついさっきだ」
それを聞くとフワフワガラスはわざとらしく驚いた。
「えぇ! すごーい! まだクエストを受けたこともないのに東方連合の首都トワイライトに来るなんて度胸あるっすね~。まあ、詳しいことは聞きませんよ。ぼくもDTDさんみたいに変わり者なんっす」
「そうか」
そっけなくDTDが返す。
「1人ならぼくとパーティー組みませんすか? ぼくも1人なんすよ」
DTDはカラスのステータスを見ようとする。しかし、何も見れない。
それに気付いたのかカラスはうっすらと口元に笑みをたたえた。
「ごめんなさいっす。ぼくもDTDさんみたいにステータスはロックかけているんすよ」
「俺がロックをかけてる?」
「はい、そうっすよ。まさか自覚ないんですか? レベル2以上の魔法族を所有してるみたいすけど」
「ないな」
「なるほどっす。 それで、さっきの話はどうっすか? ぼくはこれでもこのワールドに長くいるほうっすよ。いろいろ教えられることも多いと思うっす」
DTDにとって悪い話じゃなかった。
彼自身、前のゲームではずっとソロだったが、それは他プレイヤーから恐れられていたというだけであって特段孤独が好きというわけではない。
彼はカラスが少し怪しいと思ったが、考えても今は無駄だと思い、その情報力を見込んでパーティーの件を承諾した。
「クエストはいつから受けますか」
「今からだ」
DTDはこの都市に来るまでずっと戦闘はお預けだったので体がうずいて仕方がなかったのだ。
カラスが少し驚いたものの、DTDはそれを無視して席を立とうとしたその時、クエスト掲示板の隣にあるイベントクエスト掲示板に青白い光が発生し、1枚の大きな依頼書がぽつんと貼り付けられていた。
瞬く間にプレイヤーの注目が集まり、掲示板の周囲に人だかりができた。
クエストを確認したプレイヤーたちからどよめきが起こる。
<クエスト名> 精霊の舞踏
<クエスト内容> バーレイ森林最奥の精霊の憩い場から精霊の秘宝の1つである精霊の聖水の採取。
1パーティーが採取した時点でクエスト終了。
クエストは第3期3月19日朝8時から終了条件が達成されるまで。
クエスト中、森林内のモンスターからの経験値は通常時の1.5倍。
<クエスト達成報酬> 採取した精霊の聖水
<参加プレイヤーレベル制限> なし
カラスが遠目から魔法を使ってクエスト内容を確認し、DTDに教えた。
「精霊の聖水、使用した対象のあらゆる状態異常を無効にし、対象が10秒以内に死亡した者なら、蘇生させる超レアアイテムっすね。これはえらいことになりましたっすよ、DTDさん」
「興味ないな」
無表情にDTDは言い捨てると、クエスト掲示板のほうへ向かった。
その道中で厄介なことに男プレイヤー3人が女プレイヤー1人を囲んで執拗な勧誘をしていた。
「ねえねえ、いいじゃないか、お嬢さん。減るもんじゃないし」
「おれっち達と組めば効率のいい経験値の稼ぎかたとか色々と手取り足取り教えてあげるよ~」
「え、えーと。何回も言っているようにすいませんっ!」
懸命に女が頭を下げる。
「んだとー! 人が親切にものを言ってるっていうのに!」
男の1人がその女に手をあげようとしたその時だった。
「邪魔だ。どけ」
DTDが3人の中で目の前にいた大柄なプレイヤーに声をかけた。
「あぁん? なんだてめぇ」
「聞こえなかったか。邪魔だ。どけ」
その男が威圧するも全く動じず、ただ無表情を保つDTD。
そんな彼の装備を確認して中級者にもなってないな、と判断した男は鼻を鳴らした。
「ふっ、いい度胸じゃねぇか? この東方連合のポッド様に向かって」
「やっちまえ~、兄貴!」
「そのヌーブ野郎の鼻をへし折ってやれ~!」
ポキポキとこぶしの骨を鳴らすポッドとそれを応援する子分の男プレイヤー2人。
さっきの女プレイヤーはかなり青ざめているようだ。
周囲の視線が集まってきて、ポッドはどこか得意げな顔をしている。
「なんだなんだ」
「東方連合のポッドってやつと多分レベル100いってない初級者がやりあうらしいぜ」
「おいおい、まじかよ。誰か止めたほうがいいんじゃね?」
「どうする。今のうちに謝っておくかぁ?」
すっかり自分の優位性を見出したポッドは悦に浸っている。
「なぜだ? ごたくはいいからかかってこい、ウスノロ」
「んだとぉぉぉぉ!」
安い挑発にまんまと触発されたポッドは怒りくるって拳をふりかざした。
誰もがこれから始まるであろう一方的な蹂躙に目をつむろうとした次の瞬間、DTDが消えた。
いや、消えたのではない。正確にはあの一瞬でポッドの背後にまわり、首筋に短剣をたずさえていたのだ。
「黙ってここから立ち去れ。目障りだ」
あたりがシーンと静まりかえり、ポッドは全身から冷や汗をかいた。
「お、お前ら、さっさと出て行くぞ!」
そう子分たちに呼びかけクエスト依頼所から焦って逃げ出していった。
周囲のプレイヤーたちからはワーッと称賛や感心の声があがった。
そのまま短剣を懐にしまい込み、DTDはクエスト掲示板のほうへ何事もなかったかのように足を進めた。
彼の後ろからは厄介ごとから助けてもらった女プレイヤーが何度も何度もお礼を言うのが聞こえる。
その一部始終をクエスト依頼所の入り口から見ていた1人のプレイヤーがいた。
先ほどの武器屋の店主、鉄平だ。
「精霊の聖水、そしてあのお客さん、もしかしたら……」
彼は騒然とした依頼所の中で誰からも事情を知られることもなく、淡い期待を1人で抱いていた。