第6話
「誰だ?」
DTDが振り向いた先にはボロボロになりながらも魔法を撃った張本人がいた。
恐らく、下のアンデッドと戦って勝ったのだろう。彼らの戦力を上方修正する必要があるな。
魔法を撃った人間の他にも4人いたが特段強そうではなかった。
「ウィリック、無事だったのか!」
満身創痍になりながらもオズウェルが叫ぶ。
「ええ、下にちょっと厄介なアンデッドがいましたが、やっと倒せましたよ」
「気をつけろ! その男は人間の影を操って後ろから影の持ち主を攻撃させる能力を持ってる! その影は目で見ないと消えない!」
オズウェルが先の激戦で手に入れた情報を伝える。
「闇属性の魔法族か。面倒な相手だ。お前たち、注意しろよ」
ウィリックがぼやき、警ら隊の面々に緊張が走った。
その間、DTDは彼のステータスを盗み見ていた。
ウィリック
NPCレベル 49
魔法族 ゲー(※土系魔法族レベル1)
体力 527/810
攻撃力 807
防御力 629
器用 1078
素早さ 1424
知力 1010
魔力 947
<装備>
トーティンの鎧
トーティンの籠手
トーティンのブーツ
攻撃回避率10%アップ
ターミナスの剣
麻痺効果
今日ゲームを始めたばかりの初心者ならウィリックがこの状態でも全く歯が立たないだろう。
しかし、DTDは事情が違った。
無傷であり、夜間時のステータス全て10倍という破格の能力を備えた彼の体力は優に4000を超える。
もともと彼らに勝ち目はないのだ。
「行くぞ!」
そんな事も知らずに、ウィリックのかけ声と共に警ら隊の全員がDTDに飛びかかってきた。
彼の冷酷な計算の中には増援の危険性を考え、長引かせないということが組み込まれている。
そういうことで、彼は早速、もう1つの奥の手を使うことにしたのだ。
「<混沌の濁流>」
回避不能の全方向への無慈悲な負のエネルギーの放出。
魔法による衝撃などは一切なく、負のエネルギーによってステータスがなし崩し的に減っていくという魔法族ニュクスの能力の1つ。
DTDが何かを口ずさむのを見て、一同は目を剥いたが、余りにも遅すぎた。
詠唱した直後に、彼を中心に薄黒い波が発生し全方向へと伝わり、一気に警ら隊の面々を包み込んだ。
1人を覗いて全ての人間が倒れた。
DTDはその男のステータスをじっくりと見た。
オズウェル
NPCレベル 56
体力 5/105
攻撃力 136
防御力 241
器用 65
素早さ 12
知力 57
魔力 59
「今のお前には初心者プレイヤーを倒す力すらない。実際、そうやって這いつくばってるだけでもやっとだろう」
地面を向いたまま四つん這いになって今にも意識を失いそうなオズウェルにDTDは近づいて声をかけた。
ドスンッ
最後の力を振り絞ったのか、片手剣が一筋、DTDの胸に触れる。
「無駄だと分からないか?」
ギシャンッ
彼は差し出した左手でその剣を胸から離し、それを握りつぶした。
オズウェルは様々な感情入り乱れ歪んだ顔を上げた。
鋼鉄の舞雪が虚しく宙を踊り、それに目のピントが合い、余計にDTDが遠く感じられたのだろう。
すぐ目の前に部下の仇がいるというのに余りにも遠いという無力感と悔しさに襲われ、地面についた手で思わず土を強く握りしめる。
「お前、さっき俺が魔法を出す前に襲撃してきたが、あれは守りを前提にした攻撃だったな。お前、俺を恐れていたのだろう? 慎重になるのと恐怖を抱くのとは別だ。お前の目には間違いなく恐怖の色が見えた。恐怖は弱者の持ち物だ」
「……殺してくれ」
「これ以上、聞きたくないと言うのなら、その望み叶えてやる」
DTDは剣をオズウェルの肩の上に置いた。
「まだ死ぬのは早いぞ? オズウェルよ」
突如として聞こえた女の声と同時にDTDの頭めがけて投擲物が飛んできた。
それを余裕で回避するとけむり玉だったようで、あたり一面に煙が立ちこめた。
動揺して一瞬の隙を見せるDTD。
背後で高速で動く生物の気配を感じ取り、振り向くとちょうどオズウェルを忍者装束のNPCが持ち運び出している。
攻撃する時間もなくまんまと逃げられ、もう1人の女のところにオズウェルを連れて行かれた。
この女がさっきの声の主だと分かった。
「オズウェル隊長、君の部下が見当たらないが?」
「モニカ様、もう、し、わけ、ありません。俺、以外は、もうっ……」
言いかけて苦渋に満ちた顔をそらすオズウェル、そしてそれを察したモニカ。
「そうか、ウィリックは逝ったか。惜しい人材を亡くしたものだ」
「モニカ隊長! 増援部隊全員連れて来ました!」
部下の1人と思わしき人物が40人ほど引き連れ、門の前までやってきた。
「でかした、そのまま囲ませろ」
モニカの命令を聞いたその部下はすぐにそれを他の者に伝えた。
多勢に無勢。DTDは逃げ場をなくしたわけだが、その表情には焦りの色はなく、無表情なままだ。
「どうした? 怖いか?」
モニカが挑発も兼ねてDTDに真意を問うた。
「いいや、喚くことなど無意味な動作だから行ってないだけだ」
「そうか。それは残念だ。お前たち、手を出さなくてもいいぞ。あとは、」
部下たちに下がれと指示を出すモニカ。
「……私がやる」
モニカと呼ばれる女戦士が抜剣してDTDに向かって走り出す。
モニカ
NPCレベル 231
体力 89400……
彼は視界の端の相手ステータス読み取っていたが、モニカが突如として消える。
「ステータスなど読んでいても大丈夫か?」
後ろから声が聞こえる。
DTDが振り返り防御の姿勢をとる。
凄まじい剣同士の激突。
モニカの攻撃の威力が遥かに勝り、広場の中央から館の壁まで吹き飛ばされる。
レベル231
これは並大抵の数値ではなく、プレイヤーの中でも上級者に位置する。
レベルには100ごとに大きな壁がある。
例えば、レベル1〜99について考えると、レベル90代からレベルが一気に上がりにくくなり、レベル99になった時、死戦を乗り越えなければレベル100にはなれない。
現にこの難関のおかげでレベル100に到達しないプレイヤーがこの世界では約半分を占める。
不老であるプレイヤーと違って寿命のあるNPC。
NPCで2回も死戦を乗り越え、若くしてレベル231に達したモニカは紛れも無い猛者なのだ。
そして、どうだろうか。
未だに衝撃によって倒れたままのDTDと無傷のモニカ。
勝負は既についたかのように思えた。
その時だった。
いつの間にか剣を構えたDTDがモニカの背後に回り、斬りつけようとしている。
これは魔法族ニュクスの特殊能力で夜間に限り、精巧なダミーを作り出せるという効果だ。
先ほど飛ばされたダミーが塵となり消えていく。
「<混沌の濁流>!」
最大出力の負のエネルギーがゼロ距離にいるモニカを襲いステータスを削る。
そして、斬撃を繰り出す二段構え。
モニカは間に合わないと直感したその時だった。
「<聖なる呪縛>」
光の大縄がDTDの胴に巻きつき、それを解除しようと暴れ、バランスを崩し前方へ倒れるDTD。
「いや〜、ヒヤヒヤしましたよ、モニカ隊長」
魔法を撃った男が後頭部をさすりながらモニカの助けができたことを喜ぶ。
「ふっ、お前の魔法を考慮した上での行動だ。そのために敢えて隙を作ったのだからな」
「ほ、ほんとですか〜?」
嘘くさいが自分を信じてたような言葉を投げかけられ上機嫌になる男。
「それよりもこいつをどうにかしないとな。レイン、こいつをもっと縛りあげろ。さっきの攻撃でステータスが半分削れたぞ。また、暴れられたら対処しきれんかもしれない」
モニカは倒れたまま動けないDTDに目をやった。