第3話
サバイバーオンラインに最初にプレイヤーが召喚される神殿があるのはNPCを市長とする都市アーノエルだ。
ここにはNPCは10万人ほどいるが、アーノエルに居を構えるプレイヤーも同程度いる。そのプレイヤーの大半が初級者、中級者で、アーノエルは事実上、初心者支援のための都市なのだ。
都市の中央から離れた区画のとある裏路地にもそんな「元」初心者がいた。
「今月で3件目か」
無惨にも喉元を掻き切られた亡骸を見ながら、男がため息をつく。
茶色の短髪をオールバックにした、ガタイのいい40代ぐらいに思われる男。
青いマントを肩から流している彼は、アーノエルの警ら隊に所属しているのだろう。
「3件とも殺し方からして同一犯の可能性が高いですね。しかし、こうも裏路地でひっそりと殺られるとこちらも手がかりが……」
その男の隣で細身の青年がぼやく。
「この都市の治安を乱すなど言語道断。お前たち遺体は任せるぞ。残りの者は私についてこい。副隊長、パトロールだ」
サバイバーオンラインではプレイヤーが死亡した場合、プレイヤーデータは全て消え、ゲームへの再参加は次のアップデート後になる。
アップデートの間隔は非常に長いこともあってデスペナルティーは計り知れないほど大きい。
なので、このゲームではデスの比重が違う。街中で堂々とプレイヤーキルをしたものなら重罪なのだ。
「了解です。オズウェル隊長」
青年は要領よく答えた。
部下2人に後は任せてオズウェルは10人ほど引き連れて都市を脅かす殺人犯探しに乗り出した。
ーー神殿から少し離れた裏路地ーー
DTDの後ろから殺気が迫り、それを彼は難なく避け退いた。
「くっかっか、いい動きすんじゃねーか」
そう口元に怪しい笑みをたたえているのはベンだった。
先ほどまでの朗らかな青年はなりを潜め、殺気を剥き出しにした凶悪な男へと変貌しているようだ。
「俺はよぉ、お前みたいな何も知らない初心者に優しく接近してな、相手が打ち解けてきたところでズドンっと殺すのがこのゲームでの楽しみでな。さらに! 俺の魔法族はクレーロノモス、殺した相手の魔法族も奪えて一石二鳥って訳よぉ」
ベンは目を血走りさせながら、自分の獲物を舌でひと舐めした。
「そうか。だからどうした?」
「あぁ? 言ってる意味が分かってねえのかぁ? 今からなぁ」
ベンが突撃の態勢をとる。
「お前は、死ぬんだよぉおおお!」
湾曲したナイフをベンがDTDの首もとに向けて狙いを定める。
カキンッ
DTDがとっさに出した初心者の剣によってガードした。
初撃を弾かれたものの、ベンは一歩も引かない。
逆に自らのステータスにモノを言わせ足を相手の足に絡めるようにして攻め立てる。
「ふんっ。どうしたぁあああ! ニュクスでも夜じゃなかったら防戦一方かぁあ? えぇえ?」
繊細に攻撃を繰り出しながらも、激しくベンは煽り立てた。
一方、DTDは迫り来る斬撃の嵐に対応するのに全ての力を割いているようにも見える。
元々、プレイヤーレベル1のDTDとレベル30のベンでは前者が分が悪いのは当然。
むしろ、ここまでノーダメージのDTDの技術は畏怖すべきものだろう。
少しベンに焦りの色が見え始めてきたその時。
本能的に恐ろしいものを感じ取ったベンは一旦距離をとった。
すると、ベンは自分の頬に微かな痛みと生温かい流体が流れ落ちるのは感じた。
血だ。
距離を置いたベンのほうにDTDが指をさす。
「お前の動き見切った」
DTDの顔には幾多の斬撃の激しい応酬による疲れは一切見て取れない。
あるのは全てを見透かした様な冷徹な眼差しのみ。
「なん、だと?」
「だから言葉の通りだ。もう、後手を取らない」
それを聞いて、挑発と捉えたベンは怒り狂った。
「そうか、俺の頬に傷をつけたことが嬉しいか……この金貨1000枚の賞金首ベン様に傷をつけたことがそんなに嬉しいか……」
ベンがカッと目を見開く。
「驕りたかぶるなよ! ゴミ風情がぁああああああああああ!」
彼は今までの比ではないほどの速さに怒りを乗せ、DTDに飛びかかった。
はずだった……
「お前の動きは見切ってると言ったはずだ」
ドサッ
ベンが自分の離れた肉体を見て、その意味が死の直前に理解できたどうかは誰にもわからない。
気持ちの高ぶりを抑えられずまずいことをした。
この世界ではプレイヤーキルが重罪だったという程度のことはDTDも小耳に挟んでいる。
彼は無表情に剣に付いた血を振り払い、鞘に収め、1つの肉塊を置き去りにして裏路地を出た。
名前 DTD
プレイヤーレベル 21
プレイヤーポイント 20000
魔法族 ニュクス(※闇系魔法族レベル3)
体力 250
攻撃力 420
防御力 248
器用 285
素早さ 475
知力 241
魔力 273
<装備>
初心者の革鎧
初心者の剣
初心者のブーツ
金貨3枚
数時間後、
「こいつはマズイことになった」
分かれた頭と体の死体を見て、オズウェルが呟いた。
周りには同じ警ら隊のメンバーが揃い、裏路地の外では一時的に通行規制をしている。
「今月の3件は全て特徴的な湾曲ナイフが凶器でしたが、この遺体も湾曲ナイフをもってます。さらに、別隊のデイクニューミにこの遺体に残ってる記録を調べさせましたが、こいつが黒で間違いないですね」
「問題はそこからだ。こいつが真っ二つに殺されてるということはこいつ以上の殺人犯が都市に潜伏しているかもしれないということだ。記録からこれをやった犯人の足はついたか? ウィリック副隊長」
ウィリックと呼ばれた青年は魔法によって作成した画面をオズウェルに見せた。
そこには無表情な黒髪の男の姿が映されている。
「初心者装備? 本当にこいつが?」
「間違いないです」
それを聞くとオズウェルは多少の違和感を感じたようだがが今は犯人確保のために流した。
「では、急ぎこいつの行き先を調べろ」
「はっ。オズウェル隊長」
ウィリックが去り、他の部下たちも各々自分の仕事に取り組み始めた。
「あぁ、太陽はあんなに眩しいのに、ここは照らせないんだよな」
オズウェルは薄暗い裏路地から悲しそうに空を仰いだ。