第一話 ③
全ての試合が終了し、皆制服に着替えて教室に戻った。
いきなりのNSLの操縦で表情に疲労の色を滲ませる生徒達に、八重樫先生は少しもブレることなく相変わらずのキビキビとした調子で言う。
「それではみなさん、観戦していたのでわかってるとは思いますが、改めて先ほどの試合の結果をお知らせします――」
一位、ラーラ・ウォルデン。
二位、夏原朱莉。
三位、士希白春斗。
四位、佐倉真奈美。
五位、涼野瀬のあ。
「――以上になります。尚、留学生のウォルデンさんは祖国であるイギリスから特機の支給が入学以前より決まっていますので、先ほどの試合結果での特機の支給からは除外されます。士希白さんは試合前に言い渡したとおりです。よって、夏原さん、佐倉さん、涼野瀬さん。先に述べた二名に加え、以上の三名に特機が支給されます」
「「おー!」」
歓声が上がった。生徒たちは皆口々に「おめでとう」と祝福する。俺も皆と共に拍手をする。複雑な笑みを浮かべながら。
八重樫先生は教室が落ち着いたのを見計らい、話しを続ける。
「私は今持てる全てがあなた方の実力ですとお話ししました。しかしあなた方の可能性はまだまだ未知数であることも確かです。特機は保有者の能力に合わせてカスタマイズされますが、適性がないと判断された者にはすみやかに降りていただきます。ウォルデンさんも、そしてもちろん士希白さんもです。肝に命じておいてください。他のみなさんも気を引き締めて、一日でも早く一人前のNSL操縦士になれるよう、日々の鍛練に励んでください」
「「はい!」」
皆、やる気に満ちた大きな声で返事をした。そうだよ、まだ希望が潰えたわけじゃない。まだまだこれからじゃないか。
しかし、俺は己の能力にとある深刻な欠点を抱えていた。幼少期から苦しまされ続けてきた頭の痛い問題だ。NSLで戦うぶんには大丈夫だと思っていたが、どうやら当てが外れたらしい。でも昔とは違う。俺だって成長したんだ。今度こそ、きっとこの忌々しい欠点の克服もできるはずだ。
「では次に、寮の部屋割りを申し渡します」
おお、ようやく本日のメインイベントの到来だ。この学校は全寮制である。それも全室二人部屋。もちろん、男子寮なんてない。だからしてつまり俺はちょー自然の法則で女子生徒と二人っきりの相部屋になれちゃうわけだ。グフフフ。
「137号室、夏原朱莉さん、士希白春斗さん」
順当に部屋が割り振られ、教室の生徒たちの名前が呼ばれていく。よしよし、春斗と女子生徒の名前が呼ばれたぞ。もしかしたら男二人部屋なんてこともあり得ると思ってたからなー。これで安心だ。さてさて誰と一緒の部屋になれるやら。呼ばれている二つの名前はどちらもクラスメイトもの。ようするにこの教室の誰かと相部屋になるということだ。俺は皆の顔をひとつひとつ見まわしていく。もちろん俺は佐倉さん一筋なわけだけど、それはそれとして色んな女の子とキャッキャッうふふな学園生活も送りたいわけで。でもやっぱり、佐倉さんと一緒になれたらいいなー。
「148号室、藍乃瀬依織さん。美沙羅智奈さん。149号室、坂下歩さん。――これで全員ですね」
MUリストバンドで胸の位置に起動した光化学モニター。そこに表示された部屋番号と名簿を読み終え、八重樫先生は顔を上げた。
――ぅん? あれ? おっかしーな、聞き間違いかなー、何か足りない気がするよ。いや気のせいじゃないなこれ。うん、全力で抗議しよう。
「あ、あの、先生!」
「はい、なんですか?」
「いや、あの、149号室、俺だけしか名前呼ばれてないみたいなんですけど……?」
「そうですね。今年この学校に入学した一年生の生徒数は奇数なので、二で割っていくとどうしても一人余る計算になります。そしてあなたが一人部屋に選ばれました。それが何か?」
それが何かってあんた。
「どうして、俺が、一人部屋なんですか……?」
「あなたが男性だからです」
ほーなるほど、男だから、が理由なわけですか。なるほどなるほど、この学校は女尊男卑なんですね。
「どうしても不服なら、代わりに誰か他の女子生徒を一人部屋に押し込むことになりますが?」
「……」
そんな言われ方をしたら、俺はぐうの音も出ない。教室の皆の視線が痛い。
「ご納得いただけたようですね。では本日のプログラムは以上です。みなさん、また明日」
先生はそれだけ言って、さっさと教室を後にしてしまった。アウチ! そりゃないよセニョリータ……
よりにもよってなんで俺が一人部屋なんだ? いや百歩譲って男が一人部屋なのはよしとしよう。でもそれだったら春斗だっていいわけじゃないか。今日は本当にツイてない。いや、これはもはやツキだけの問題なのかしら。
「はぁ~あ……」
しかたなし。大人しく寮に行こう。俺は一つため息を吐いて席を立つ。
鞄を持って教室を出ようかとしたが、その前に、春斗に声をかけよう、と思った。
子供じゃないんだ、負けは潔く認めている。わだかまりのある関係は避けたい。そう思いながら春斗の下に向かう。
春斗は数人の女子生徒と談笑していた。
「春斗くんNSLの操縦すっごく上手だったねー」
「そ、そうかな?」
「みんな言ってたよ。カッコイイって」
「いや、ははっ、まいったな」
「今度乗り方教えてほしいなー」
「ああ、いいよ。俺でよければ」
はいはい。「ずるーい抜けがけー」なんてね、言われてみたいもんですな。
女の子に言い寄られて困ってるみたいなので、遠慮なく声をかける。
「よぉ、春斗」
「おっ、歩」
「いいなー、おまえはモテモテで」
しまった、あくまで友好的に会話するつもりが、少し僻みっぽく言ってしまった。いや僻んでるけど。
「いや、これは、そんなんじゃないよ。俺がモテモテとか、ありえないって」
何言ってんだ? あきらかに好意を寄せられまくりじゃないか。さてはこいつ、ニブイな。
「俺なんか一人部屋に入れられたっつーのに」
「なんだ歩、一人部屋、いいじゃないか。なんなら俺が変わってやろうか?」
「え? いいの?」
俺は光明を見た。渡りに船とはこのことか。
だけどそんなものはやっぱりあっさり打ち砕かれる。
「あーら士希白さんてば、私と一緒の部屋になるのがそんなに嫌なのかしら」
いつの間にか春斗の背後に立っていた夏原朱莉がえらく不機嫌な調子で言った。
「い、いや、けっして、そんなことは」
「フンッ」
気を害したらしい夏原さんは教室を出て行こうとしてしまう。
「ちょっ。夏原さん――」
慌てて夏原さんを追う春斗。ま、そうだよねー。なかなかそんなにうまい話しはないもんだ。
春斗の他に、俺にはもう一人、声を掛けたい相手がいた。
せめて挨拶だけでもしたいなと思い、その姿を探して、キョロキョロと教室を見回す――いた。
「佐く――」
その名を呼びかけた俺の前を、彼女は駆け足で通り過ぎて行く。
彼女の向かう先には――春斗がいた。
教室を出て行く直前でなんとか引き止めた夏原さんに「ごめん、そんなつもりじゃなかったんだ」と言い訳しているその背中を、佐倉さんは「えいっ!」と両手で押した。そしていたずらっ子のみたいに愛くるしく笑う。
「ふふっ、隙ありだね」
「佐倉さんか、びっくりしたなぁ」
「ごめんごめん。春斗くんなら、かわせるかなと思って。何せ私に勝った人だから。っていうか、私のこと名前で呼んでほしいな」
「ああ。真希奈、でいいかな?」
「うん。春斗くん、次は負けないからね。勝ち逃げなんて許さないんだから」
「いいぜ、何度でも勝負しよう。強くなろうぜ」
さりげなく手を差し出す春斗。
「一緒にな」
佐倉さんは春斗の手と、その爽やかな笑顔を少しの間、ぼー、と見つめて、
「うんっ!」
両手でその手を握り、嬉しそうに返事をした。そこに他の女子生徒も加わって、また談笑の花を咲かせる。そしてそのまま春斗は女子生徒たちを引き連れ、教室を後にした。
「……」
春斗と話す佐倉さんは、本当に楽しそうで。憧れの男の子を見つめる恋する乙女の顔をしていて。
俺はただ、きついな、と思った。