第一話 ① まさかのバトルラブストーリー
新西暦2058年。
東京品川市。
リニア新幹線を降りて、駅から徒歩十分の所に、その学校はあった。
国立NSL操縦士育成学校。
緩やかなアーチを描く近代的なモニュメントにも見えるその門の前に立ち、俺はぶるりと身を震わせた。
坂下歩、十五歳。これまでは何の取り柄もなく冴えない青春を送ってきたが、今日からは違う。
「ああ、最高だ」
門の先に一歩足を踏み入れた瞬間から、俺の感性は大きく刺激され高揚感で満たされる。
先進の機能が高度に融合された高層ビルのような校舎。白い御影石とガラスカーテンウォールによる外壁は実に未来的だ。そこに続く歩行路の緑もよく手入れされていて、豊かな自然とアートを感じさせた。
こんな素晴らしい所に俺はこれから毎日通えるのか。
「ふふふ」
思わず自分への期待に笑いが込みあげてくる。こんなにも素敵なことがあるだろうか。俺は選ばれたのだ。
選ばれし適性者のみが操縦できる全高六メートルの人型戦闘ロボット。
Noble Steel Limb――略称『NSL』の操縦士に。
〝高潔なる鋼の四肢〟を意味するこのロボットの操縦適性のある者はほぼ女性に限るとされていて、男性では実に十年に一人という逸材だ。
その逸材たる一人が、俺。他はみーんな女の子。
ここは日本で唯一のNSL操縦士育成学校。一般の高校と同じく三年制で、外国籍である等の特別な事情を除いて日本で発見されたNSL適性者は全員この学校に集められる。男の生徒はまず間違いなく俺一人だけだろうから、つまり、これから俺が三年間通うことになるこの学校はハーレムパラダイスということだ。
歩行路を行く女子生徒たちをついつい情熱的な欲望の眼差しで見つめてしまう。やばい、マジで。いけない妄想が止められない。
「ふふふ……ムフフ」
堪えられん。これからのことを思うと、我ながら気持ち悪い笑みがこぼれる。頭上で咲き誇る桜のように、俺の心も未来への希望でピンク色だ。
人型戦闘ロボットに加えて、女の子いっぱいの萌え萌え学校。
これは間違いなく、アレだ。俺、主人公だ(笑)。
これまで目にしてきた数多のアニメ、ゲーム、漫画、ライトノベル。
それら二次元創作物の数々がそう告げていた。
美少女達とキャッキャッうふふしながら愛と勇気と努力と根性で敵を屠り、大人へと成長しつつ問題を解決。
最後はメインヒロインとゴールインというバトルラブストーリー。
その主人公が、俺。
うんうん、絶対そうだ。そうに違いない。
その為の敵だって実際にもう出現しているんだ。
NSLを駆る謎のテロ組織。
ファナティックフォース。
最初の事件は二ヶ月前。ヤツらは東京の主要な街に何の前触れもなく飛来し、NSLでビルとかショッピングモールとかを破壊しまくった。そして何を盗るでも要求するでもなく姿を消して行く。その目的は未だ不明である。
なんてこった。熱いぜ、最高すぎる。
この世界の混沌はどう考えても俺が解決するべき事案だ。
今はまだヒヨっ子パイロットだが、後々には幾多の死闘を経て最強の騎士になる英雄譚。
まさしくこれ、今、この状況こそがそんな物語におあつらえ向きの舞台じゃないか。
よーしやってやるぜ。
俺の為の物語が、今、始まる!
と、そんなよがった意気込みのまま、俺は合同集会場でつつがなく入学式を終え、『1-C』と書かれたプラカードが掲げられた教室の扉を抜けて席に着いた。
妄想ないし想像したとおり、周りはみんな女の子。しかもどの子も可愛い。心なしか、空気がやわらかい。いい匂いがする。
「みなさん揃いましたね」
生徒が女性なら教師も全員女性である。二十代前半と思しき教壇に立つその人は、髪の長いいかにもなインテリの美人さんで、キビキビとした調子で「では、一人づつ自己紹介をしてもらいます」と教室の生徒達を促した。
俺はニンマリした顔で改めて教室の皆に目を向ける。と、ここで、とある異変に気づく。――あれ?
俺以外に、なんかもう一人……、スカートを履いてない生徒がいる。
ベージュ色の上質なブレザーにズボン――この学校の男子生徒規定の制服を身に纏ったその生徒がおもむろに立ち上がる。
「あー、ごほん。始めまして。出身はここ、東京になります。士希白春斗です。……正直、自分が男で、NSLの適正者に選ばれたことに、かなり驚いています。周りもそりゃそうなんだけど女の子ばっかりで、まだ戸惑ってるけど、でも、俺、頑張るんで。みんな、よろしくお願いします」
若干の緊張を滲ませながらも、ペコリと頭を下げ、明るくも無邪気な笑顔を皆に向ける。
背のスラリと高いイケメンさんだ。その立ち居振る舞いには嫌味は微塵も感じられず、男の俺にも好感しか残らない。女子生徒たちが色めき立ち、教室が少しだけ華やいだ雰囲気になる。
ってか、えっ? 男がもう一人?
十年に一人の逸材だぞ?
それが同じ年に二人って、すごい確率だな。あり得るのか? そんなこと……
まぁいいか。というか、むしろこれは僥倖か。
正直、男一人では心許ないと思っていた。同姓の仲間はいた方がいい。うん、一人よりは二人だ。
見たところ悪い奴じゃなさそうだし、仲良くやっていこう。そう俺は前向きに捉えた。
滞りなく俺も含めた生徒達の自己紹介が終わり、最後に教壇の教師が口を開く。
「私はこのCクラスの担任の八重樫凛華です。一年間、よろしくお願いします」
あ、先生の自己紹介、終了っすか。すぐさま「次にこのクラスの学級委員長を決めたいと思います」とか続けるあたり、ん~隙がない。
「誰か立候補したい人はいますか?」
八重樫先生が促すと、すぐに手が上がった。
「はいはーい! 先生、学級委員長はのあちゃんがいいと思います」
「えぇええ!?」
クラスメイトにいきなり指名推薦され、小動物のような小さな女の子が悲鳴をあげた。
涼野瀬のあ。左片側の髪をシュシュで纏めたちょっと幼い感じで背の低い可愛らしい女の子だ。いや、かわゆい女の子だ。声もかわゆかったな。頭撫でたい。
のあちゃんの隣の席に着く士希白春斗が推薦した女子生徒を諌める。
「おいおい、それはあんまりじゃないか」
女子生徒は慌てて手をパタパタと振った。
「あ、違うの。意地悪じゃなくってさ。のあちゃん、私らより年齢一コ下でしょ? だからね、あえてこういうのさせてあげた方がみんなと早く打ち解けられるかなーっと思って」
先ほどの自己紹介を思い出す。のあちゃんは飛び級生であるとのこと。年齢は十四歳。本来の学年は中学三年生である。たかが一つの年の差とはいえ、クラスメイト全員が年上では確かに肩身が狭いことだろう。推薦したクラスメイトの言うことも、なるほど、一理あるというものだ。教室もそのような空気に包まれた。
皆が暖かく見守る中、一念発起したように、のあちゃんは力強く決意を表明する。
「わかりました、私、学級委員長になります!」
わっ、と拍手喝采が湧き起こる。
「何か困ったことがあったらいつでも言ってくれよ。手、貸すからさ」
優しく、そして爽やかに、士希白春斗はのあちゃんに言った。
「ありがとうございます。士希白さん、優しいんですね」
「春斗でいいよ」
「えっ、じゃあ、私も……のあで」
「ああ、よろしくな、のあ」
「はい!」
のあちゃん、心なしか頬を赤く染めているような。
飛び級して不安を抱える年下のちっちゃな女の子がクラスメイトと打ち解けてくれて心和む光景ではあるのだが、なぜだろう、モヤモヤする。あれ? って思う。なんか、何かが、俺の思惑とズレているような……
教室の騒ぎが収まるのを見計らい、八重樫先生は落ち着いた調子で言った。
「HRは以上です。ではさっそくですが、みなさん、これからすぐにパイロットスーツに着替えて第二アリーナに集合してください」
えっ? と教室がどよめく。
説明を求める間もなく、八重樫先生はスタスタと教室を後にしてしまった。
入学初日にいきなりパイロットスーツに着替えて、何するの? 皆、同様の疑問と不安を抱えて顔を見合わせる。説明は後ということだろうか? とりあえず言われたとおりにするしかない。
廊下を歩いて男性更衣室に向かう途中、俺は士希白春斗に声を掛けた。ちょっと緊張。
「よぉ。わけわかんないな。いきなりパイロットスーツに着替えろとかさ」
士希白春斗はこちらに、おやっ? とした顔を向けた。
「ああ、まぁな。何をするのか、検討も付かないな」
「だよなー」
いたって気さくに声を掛けたそのままの調子で喋る。しかしまさかこの学校に入学して初めて会話するのが男とは。だがそんなことはもちろん気にしていられない。これからの学生生活の為にも、このクラスメイトとは仲良くしておきたい。いや、ほんと、友達になってほしい。通過儀礼を済ませておこう。
「まぁ、何はともあれ、これからよろしく」
と言って俺は立ち止まり、右手を差し出す。
「えーっと……、春斗でいいか? 俺も歩でいいからさ」
士希白春斗は白い歯を覗かせた爽やかな笑顔を見せ、快く俺の手を握ってくれた。
「もちろんだ。よろしくな、歩」
こうして俺と春斗は友達になった。歩きながら会話を続ける。
「出身東京だって? いいなー、家近くて」
「いやいや、確かに家が近いのはいいけど、東京はコンクリートジャングルだからな。俺は少しくらい自然のある所の方がいいよ。結構山とか川とか好きだからさ」
「おお、じゃあ今度釣りにでも行くか」
「いいねー。俺、弁当作ってくわ」
「え? おまえ料理できんの?」
「できるよ。うち、母子家庭だからさ。三つ下の妹の運動会の弁当なんかも作ったりしてたし」
「へー……母子家庭。妹もいるんだ」
「生意気だけどな」
はにかんだ笑みを浮かべ、しかし春斗は視線を落とす。
「……正直、俺さ、この学校に入学できて、本当によかったと思ってるんだ。母さんにはずっと苦労させっぱなしだったからな。早く強くなって、安心させてやりたい。そして……」
拳を強く握り込み、ギリリと奥歯を噛み締め、
「そして、父さんに、いつか、認めさせる――」
呪詛を唱えるように、言い知れぬ苦悶を口にする。
春斗は気を落ち着かせるようにフーと軽く息を吐き、少し影のある笑みを向けた。
「悪いな。いきなりこんな話しして」
「ああ、いや……うん……」
父親との確執まであるとか、こいつ……マジか?
隣を歩くその背中に、俺は軽く手を添えた。己にも言い聞かせるように小さく声を出す。
「頑張ろう……な」