幸せの六ペンス
この作品は豊中市で自費出版されている「庄内通信第十二号」に掲載された拙作品を手直しし転載されたものです 風立 音無
幸せの六ペンス 風立音無
「だからさあ」
「んー」
「今日は行きたいわけ」
「だあめ」
鏡子はそういって説志郎の腕を振りほどいた
強く振りほどいたのか説志郎は少しよろめいた
「今日はお稽古の日だから」
説志郎はちょっと手を地に着くとふっとため息をついた
「パソコン?」
「ううん」
鏡子はめがねを少しずり下ろして言った
「え・い・か・い・わ」
説志郎は手を払いつつ
「シフト制なんだろ」
「今日は休むと只にならないのよ」
庄内センタービルの階段は古びてはいるが下りる時には
かんかんと音のする重厚な階段だ
そのかんかんという音をレイゾック・ハイヒールで響かせつつ
鏡子は降りていく
「いこうぜ」
「強引過ぎる男はキ・ラ・イ」
鼻に指先が触れた
年上の彼女というものはなぜこんな扱いにくいものか
「どうせ黒人の教師と溺てんだろ」
「くだらない想像。」
彼女は全身をくねらせつつ言った
「アンビリーバブル! 理解できませーん」
「お前の性格のほうが理解できないつーの」
歩道をかんかんと歩きつつ言った
「もう30日だぜ」
かんかん
「セイリ日だろ?」
「そうよ」
「じゃあいこうぜ」
「私だって事情があるわよ」
鏡子はネクタイをつかみつつ言った
「そんなことでは夫として迎えられませーん」
普通は妻を夫がむかえるんだろっつーの!
年上だからって威張るなよ!
心の声
「とにかく今日はジョージ先生と」
「ジョージ…」
「おべんきょしちゃうの!」
「…そんなことでは妻として迎えられません」
「…やだ…」
「え?」
「あなたは…そんなこといっちゃだめ」
鏡子はちょっと後ろを振り向いていった
「キス…して」
「ん…」
触れる
「あなたにそんなことは言われたくないのよ」
「あたしが…迎えるの」
触れる
「明日こそは…行くわ」
触れる
「ん…」
「じゃあ英会話ね…」
やっぱり恋人としてパートナーのことはわかってやらねば
するり
長身の長い髪がふっと鼻に触れる
少しラズベリーのにおいがした
彼女がグラマラス・ボディーを
ホンダ・アコードの運転席へと滑らせる。
が…が…が…
が…が…が…
が…が…が…
「?」
が…が…が…
「??」
が…
「あら?」
もう音が…しない
「エンジンあがっちゃった!」
「ほほなんとまあ」
彼女はそれでもキーを回すが一向に音がしない
「やっぱりあのヤブオクの下から2段目のやつにしとくんだった…」
「うーんなんとまあ」
「ショックう」
「しょうがないな今日は自転車で」
「イヤ」
「え」
「あなた直して」
「え」
彼女はボンネットにグラマラスボディをたたきつけると向き直って
「なおしてよー」と絶叫
後ろの後部座席になだれ込むと
赤いケースを取り出す
修理道具か?
「直して!」
渡されたのはノミ、かんな、げんのう…
何かのインストールディスクもある
無理だ
というか直すというか
まずは充電だろ?
俺はペーパードライバーで車持ってない
というか普通車の構造ぐらい教習所で習うだろ?
鏡子というのはとかく謎の多い女だ
「こんなのより充電!わかる?」
「あーバッテリーねえ」
「バッテリーバッテリー」
「ばってりーで車が動く」「ふんふん」
「これよねえ」
後部座席の奥から替えのバッテリーを持ち出す
「コレをつなぎかえるのよねえ」
鏡子はバッテリーチェッカーを取り出す
「少ししか電気がないわ」
あまり触れなかった
「エンジンがかかりゃいいのよ」
コレをこうつないでこう
「あなたやって」
「んー」
こっちをこうつないで
こう
バチッ
わっ!
「あなた…もしかして」
「うん」
同時に言う
「放電した」
「うそー冗談じゃないわよお」
配線をよく見ると
プラスとマイナスがショートしている明らかに配線ミスだ
「どうしよう…」
ためしにチェッカーをもう一度取り出して見る
ほとんど触れない
「…アウトだったわね」
バン!
ボンネットを彼女がたたく
「あなたのせいよ!」
「ばっかやろーお前がバッテリーチェック…」
「あなたが…放電させたんじゃない!」
「いつ俺が放電させた!」
「バックレンジャないわよ!」
「何時何分何秒!」
「17時76分99秒!」
「場所は!」
「庄内センタービルガレージ!」
「住所は!」
「大阪府豊中市庄内どこだっけ…」
彼女は少しどもって向き直り
「あたしは悪くないわよ!」
「バッテリーチェックは基本だろ!」
「今日はたまたま忘れてたのよ!」
「んなんありか…」
「にんげんなんだから!」
「世の中そんな理屈が通ると思うな!」
「うるさいわよ!今日は…いくわよ!」
「今日はセイリ日だ!」
「関係ないわよ!」
「やんのかよ!」
「やってやるわよ」
「ポケットには500円」
「いくわよ」
「おう!」
「絶対満杯にしてやるんだから」
今日はパチスロの台整理日
あまりいい台は残っていない
「コイン10万枚は取るわよ」
このカップルは本当に500円から
コインを稼いでいくプロのパチスロ師だ
見る見るコインがたまっていく
大音狂があたりの大人たちを釘付けにしていく
台の調子などお構いなしだ
プロのパチスロ師というのは台を選ばないというのをこの二人は
体現している
鏡子のめがねに見る見る3セブンが写っては消えていく
縦3列横3列ダブルトリプル
二人は鬱憤を台にぶつけた
従業員が止めに入る
「やめてください店が潰れます!」
二人とも同時にオールセブンが出たときに二人はやめた
コインがざらざら計数機に入れられていく
二人には村田レートというのが店との取り決めで
決められておりコイン一枚1円のところを0.1円になってはいるが
最近それも意味を持たなくなってきている
二人はこうやって結婚資金をためているのだ
狂の収穫一万三千八百六十九円
「まだまだリオで挙式は遠いわね」
「というかさー新店がオープンしたら1円レートでいけるはず」
「でもそこでもやがては0.1円レートになっちゃうわよ」
「少し手をぬくか」
「アマの振りをするの?」
「そしたら1円レートでいけるはず」
「そうねそれもいいかも」
「さてATMで入金だ」
池野恋銀行ATM
キャッシュカードをいれ札とコインをじゃらじゃらと入れる
お金見て思い出す
「お前英会話は」
「そんなもんどうでもいいわよ」
「カラーン」
「ん?」
「なんか返却口に出てきた」
「なんだコレ」
「六pence…」
「6ペンス?」
「でもコレ日本国六ペンスって書いてあるわよ」
「おもちゃかな」
「月と6ペンスって知ってる?」
空を見上げる
今日は満月だ
「サマセット・モーム」
「うん」
「とにかく気味悪い」
「うん」
銀行で日本円に換えてもらおう
窓口へ
「幸せの六ペンスですね」
「幸せの六ペンス?」
「ええ」
「日本円にしていくらぐらい?」
「くだらないですね」
「え?」
「くだらないです」
「くだらない?」
「ええ、くだらない話です」
「あのねえ…」
「次の方どうぞ」
「はあ…」
白髪のおばあちゃんがあとに続く
「あの〜この5千円崩して…」
「両替ですね」
「変なもん手に入れちゃったな」
「くだらないですって」
「どうせくだらないものよ」
「自動販売機で10円くらいにはなるんじゃない?」
「そうするか」
自動販売機で
「コーラを買おう」
「あ」
「ん?」
「財布の中全部入金してた」
「ばっかでー」
「だってー」
「六ペンス入れるか」
チャリーン
「買えるわけないじゃん」
「一応押すぞ」
がたん
「…買えた」
「ふーん」
「100円に近かったのか」
ぷしゅっ
「アーうめ。半分ずつな」
「…あれ?」
「んー?」
「六ペンス…戻ってる」
「え?」
鏡子の右手にあるのは確かに六ペンス
「壊れてんのかな」
自動販売機をたたいてみる
「ひょっとして…」
「もう一回入れるぞ」
チャリーン
今度はオレンジジュースを買ってみる
がたん
チャリーン
返却口には
六ペンス
「ラッキー」
30分後
山のような缶缶
「うーもう飲めない」
「六ペンスまだある?」
鏡子が右手を出す
…六ペンス
「すごいな」
「というか明日店のおじさんに謝っておいたほうが」
「そうだなある意味だましだもんな」
「帰りたくなったわね」
「帰ろうか」
「その前に新聞かっていこう」
「そこのコンビニで?」
「うん」
コンビニ
「いらっしゃいませ」
「新聞…毎日新聞」
「はい170円です」
「あ」
「お金ないんだった…」
「六ペンスしかないのな」
「あのー一応日本国って書いてあるんで」
「はい、幸せの六ペンスですね」
「はあ」
「はい新聞です」
「新聞買えちゃったね」
「早く帰ろうぜ」
自動ドアの前に立つ
自動ドアが開く
「お客様」
「あー…」
「怒られるう」
「おつりお忘れですよ」
「え?」
「あ、ああ」
「いくら?」
「六ペンスです」
「え」
「ですから六ペンスおつりです」
「あのー…」
「からかってるんですか」
「おつりをお受け取りください」
「あのね普通お金のシステムってねえ…」
「お受け取りください」
「じゃあコレ返します」
新聞を返そうとする
「返品ですか?」
「返品?」
「返品伝票をお書きします」
いうが早いか返品伝票を幸せの6ペンスと書かれ
六ペンスを返される
「そっそうこれでいいのよ」
「もうからかうなよ」
「タバコ切れてら」
「六ペンスで払うよ」
「タバコは何にしますか」
「若葉一カートン」
「六ペンスのお返しです」
結局俺たちは若葉一カートンと六ペンスを持って店を出た
「ゼッテーおかしい」
「そうね」
「あの店もう行かないでおこう」
「そうね」
「後でふんだくられるぞ」
「そうね」
「とにかく六ペンスはあるんだなあ」
「ねえ」
「ん?」
「この六ペンスって何でも買えるって言うか」
「買えるって言うか?」
「もらえるんじゃないかしら」
「何でも?」
「何でも」
「じゃあ車買って帰ろうよ」
「買うって言うかもらうだろ」
「そうね」
空にはまだ月が輝いている
気がつくと二人は
ぼうっとしながら
カーディーラーで説明を聞いてた
価格は350万円
恐る恐る六ペンス出す
「幸せの六ペンスでお買い上げですね」
キーをもらって
「幸せの六ペンスお返しです」
あれから不動産、ヨット、クルーザー
冷蔵庫、洗濯機、乾燥機…
日用品、食料品、ツマヨウジにいたるまで
全部六ペンスで買ったというかもらえた
「六ペンスってすごいわねえ」
「絶対手放さないぞ」
「ねえ」
「六ペンスで式挙げちゃおうか」
「俺も考えてた」
「六ペンスでリオで式!」
「リオで式!」
旅行会社に問い合わせる
旅行も六ペンスでできた
リオの式は地元の人みんなで祝福してくれた
いい式だった
お土産も六ペンスで買った
六ペンスですべてを手に入れ結婚まで
できた
二人は夜に結ばれた
まさに幸せの六ペンスだった
帰りの飛行機で
「ねえ」
「なに」
「幸せだねえ」
「幸せだねえ」
「ねえキスしよう」
「うん」
ひさしぶりのディープ・キス。
「コレがあれば何でももらえるねえ」
「というか貯蓄六ペンスだけどな」
「ねえ入籍いつしよう」
「そういえば決めてなかったな」
「今度の水曜あたりどうだ」
「いいねえ」
水曜日豊中市役所
「文書料六ペンスです」
「ん?」
「そういえば」
ボールペンの手を止め妻が言った
「六ペンスくださいって言われたの初めてだねえ」
「そうだね」
「なんか悪い予感がする」
「やめてくれよ入籍するんだから」
「六ペンスです」
「はい受理されました」
…
「あのー」
「はい」
「六ペンスは」
「お返しできませんよ」
「え」
「だからお返しできません」
「えっ、それってどういう…」
「どういうこと!」
「入籍したら六ペンス使えませんよ」
「そんなっ」
「あたりまえでしょ」
…僕らはすごすごと帰るしかなかった
入籍はできた
六ペンスは失った
「大変大変!」
ゴルフクラブを磨いていると
おなかの大きい鏡子が駆け込んできた
「ベビーに障るぞどうした」
「六ペンスが売ってるよ」
「なに!」
インターネットルームに駆け込む
「幸運の六ペンス販売中」
ショップ名はジェイコインズ
250円
「えらく安いな」
手に入れるか
3日後届いた
6ペンス
かつて在りし六ペンスとは違う
イギリス6PENCE
日本国六ペンスとは明らかに違う
「使ってみよう」
自動販売機に入れてみたが
何も買えずに6ペンス出てきた
銀行では
「お取り扱いできません」
パン屋のおばさんには
「6ペンス、へえ」
程なくして
「使えないね」
どこへ行っても
6ペンスは使えなかった
空には月の輝く晩
妻は確かに幸せの6ペンスを握り締めていた
終わり