初体験
佐藤、初めて──。
佐藤縁は、日直のため放課後に教室で学級日誌を書いていた。
外からは外部活の生徒たちの声が聞こえてくる。
「あー、ちゃんと休み時間に書いとけばよかった……」
三時間目の授業内容を思い出しながら、佐藤はシャーペンを走らせる。
ふと、佐藤は何かを感じて止まった。
「…………」
見られてる──?と佐藤は神経を後ろのドアに集中させる。
佐藤は意を決して、ばっと後ろを見た。
「……びっくりしたぁ──」
ドアの近くには、小学生らしき女の子が立っていた。
佐藤は教師が待たせていて、探検させているのだろうと思い、笑顔で訊く。
「お母さんかお父さん待ってるの?」
こくん、と女の子は頷く。
佐藤は「そっかそっか」と言い、
「これ書き終わったら職員室行くから、一緒に行く?」
と女の子に訊く。
女の子はまたこくんと頷いた。
「じゃあ、ちょっと待っててね。すぐ終わらせるから──」
と佐藤はまたシャーペンを走らせる。
女の子はちょこちょこ歩いてくると、佐藤の学級日誌を見つめた。
「ん。これはね、学級日誌って言うんだよ。今日一日あったことを書いて、先生に提出するの」
女の子は口を「へー」という形にさせた。
「……もしかして、声出せないの?」
佐藤が訊くと、女の子は頷く。
「そっか……」と佐藤は呟いて、女の子の頭を撫でた。
女の子は気持ちよさそうに目を閉じて微笑む。
「気持ちいい?」
そう訊くと、女の子は二回頷いて笑った。
「そっか──よし、じゃあお姉ちゃんすぐ終わらせるから、これ食べて待ってて」
と佐藤はリュックからアメを取り出して、女の子に渡す。
女の子はパッと目を輝かせて「ありがとう」と口を動かして笑った。
佐藤が終わらせて顔を上げると、女の子はいなかった。
数分前まではアメを口に含みニコニコしていたのに、今はいない。
「……帰っちゃったのかな──」
佐藤は学級日誌を持ち、リュックを背負う。
それから、女の子を探しながら教室を後にした。
職員室に着くまで、佐藤は女の子に会わなかった。
「……はぁ──」
「どうした?」
学級日誌を渡して、佐藤が溜め息を吐くと、担任が訊いた。
「珍しいな、溜め息なんて」
「あのですね………、女の子がどっか行っちゃって、探してもいないんです……」
どこ行ったんだろ──と佐藤は呟く。
担任は首を傾げて言った。
「女の子? いるわけないだろ──ここは高校だぞ。それに、子どもがいる先生だって、女の子は幼稚園児だし、あとは男の子だからな」
「え……?」
「えって、それに関係者以外立ち入り禁止なんだから、入るわけないだろ──」
と担任は笑って言う。
「幽霊でも視たんじゃないのか?」
「幽霊……」
「そうだよ、幽霊だ。幽霊──じゃ、これから職員会議だから、用がないならさっさと出てけ」
と担任は学級日誌で払う仕草をする。
佐藤は「幽霊か……」と呟き、職員室を後にした。
*
「──ってことがありまして、やっぱり幽霊ですかね?」
と佐藤は十川夕介にさっきのことを話した。
夕介は縁側に座り、佐藤の話を聞いていた。
「かもねぇ……」
「やっぱり! 初です! 初めて私幽霊視ました! あー、可愛かったなぁ──」
と佐藤は両手を合わせてうっとりする。
夕介は「はは」と笑って佐藤を見た。
「視れてよかった?」
「はい! 死ぬ前に一度は視ておきたかったので──よかったです」
と佐藤は笑う。
すると、くいくい、と洋服の裾を引っ張られた気がして、夕介は佐藤とは反対側に顔を向けた。
そこには、女の子がいた。きっと佐藤の話に呼ばれて現れたのだろう。
チラリと佐藤を見ると、どうやら視えていないようで「可愛かったなぁ」と笑って前を向いていた。
「……どうしたの?」
こっそりと訊くと、女の子は口をぱくぱくと動かしてから、笑って消えた。
「……」
「十川さん?」
佐藤に呼ばれ、夕介は佐藤に向き直った。
「今ね、女の子が来てたよ」
「えっ?! 気づかなかった!」
く〜、と佐藤は悔しそうな顔をする。
夕介は笑って、女の子が言ったことを佐藤に伝えた。
「佐藤さんに伝言。『アメありがとう、おいしかったよ』って」
「ほんとですか! よかったー。次会えたら、もっとあげますね!」
と佐藤は嬉しそうに笑った。
そして佐藤は、リュックの中に常に大袋のアメを一袋入れるようになった。
いつでも女の子にあげられるように──
佐藤「可愛かったなぁ──」