普通
他人と自分の普通が、同じだとは限らない。
十川夕介は、庭に自然と咲いている花に水をやっていた。
「皆きれいだ」
と話しかけながら──。
花たちは水を浴びて、いきいきと太陽の光に輝いている。
「あ、もういい? わかった。じゃあまた、夕方にあげるね。……迷惑? そんなことないよ──」
と夕介は手を振って言う。
周りから見れば変な人に見えるだろうが、夕介にはなんら日常と変わらない。
「……さて、水もあげたし。買い物行こう」
夕介はキュッと蛇口を締め、ホースを片して縁側から部屋に入った。
*
「買いすぎたかなぁ──」
両手にビニール袋を持ち、夕介はスーパーから帰路についていた。
「あ──」
公園の前に差し掛かかった時、ふと入り口に視線がいった。人ではない何かが、話している気がしたのだ。
入り口と言っても、木で壁が作られていて、入り口だけ木二本分開いているだけだ。
その木のもとに小さな花が咲いていた。
夕介はそっと近付き、しゃがみ込む。
「……どうした?」
と花に耳を傾ける。
何かを言っている気がした。実際、花は言っていた。
「うん……、水──? ちょっと待って──」
夕介はビニール袋を探り「あったあった」と、ペットボトルの天然水を取り出した。
それからフタを開け、ちょろちょろと花に水をあげていく。
「どう? ……うん。貰えなかったら枯れるとこだったって? あはは、じゃあ枯れなくて良かった」
花は「もう大丈夫」というように太陽の光を浴びて輝いている。
「……じゃ、もう行くから。また何かあったら声かけて──」
微かに花が、風もないのに揺れた。
夕介は微笑んで「じゃあまた」とビニール袋を両手に持って、歩き出す。
振り返ると、花は手を振っているかのように左右に揺れていた。
夕介も袋を持ったまま手を振る。
「なにしてるの?」
ふいに訊かれて前を見ると、幼稚園の制服に身を包んだ女の子が夕介を見上げていた。
夕介は一瞬驚いてから、手を振るのをやめて言った。
「……お別れの挨拶だよ」
「だれもいないのに?」
確かに、周りに人はいない。
女の子は不思議そうな顔で夕介を見つめている。
夕介は笑って言った。
「お花さんに」
「ふーん……、へんなのー」
女の子はそう言うと、とたとたとたとた──と駆けていった。
「……『変なの』か──」
夕介は苦笑いして歩き出す。
普通だと思うんだけどなぁ……とひとりごちながら──
夕介「他の人も、視えたり聞こえたりしたら、普通だと思うんだけどなぁ──ねえ?(苦笑)」