おじさん
記憶は消えるか?
桜もなくなり、緑が増えてきたこの頃。
十川夕介は公園に来ていた。
「いい天気だ──」
ベンチに座り、夕介は辺りを見渡す。
木の間から陽が差し込み、暖かい。
黄色の毛玉は、今は黄緑色の毛玉になって舞っている。
「変わるんだ……」
毛玉を見ながら、夕介は呟く。
周りには散歩をしている老夫婦や、子ども連れの親子がいる。
「平和だ──」
そっと目を閉じて、夕介は周りの音に耳を澄ます。
犬の鳴き声、子どもの笑い声、親の心配そうで楽しげな声……。
「隣、いいかな」
ふと聞こえた声に目を開けると、白髪頭のおじさんが隣に立っていた。
夕介は「どうぞ」とスペースを作る。
「ありがとう……」
おじさんは一瞬驚いてから、隣に腰掛けた。
「君には、私が視えるのか……」
「あぁ、まあ、はい──」
と夕介は苦笑いする。
おじさんは「そうかそうか」と頷くと、言った。
「今日も、気づかれないと思ってたんだが、こうやって話せると良いものだな」
「そうですか?」
「そうだぞ──いつもは誰にも気づかれないんだから、こうやって言葉のキャッチボールを交わせるということは、とても良いことだ」
とおじさんは笑ってから、ハッとしたように夕介を見る。
「初めて会ったのに、こんなにベラベラ喋っちゃって大丈夫かね」
「大丈夫ですよ。話を聞くのは好きなんで」
「そうかそうか──」
おじさんは安心したように笑った。
夕介はおじさんを見て、おばあさんのことを思い出した。
「……元気かな」
「ん?」
「あ、いや。おばあさんです──おじさんと同じ……」
「そうか──」
とおじさんは空を見る。
夕介は前を向いたまま言う。
「……おばあさんと、一緒に話してたんですけどね、友人が声掛けてきて──、そしたらおばあさん、消えてたんです」
「…………」
「わかってたんですよ、消えることは」
と夕介は苦笑いする。それから、少し寂しげに言った。
「消えたら……、記憶も消えちゃうんですかね……。おれと会ったこと、話したことも……」
「消えないさ──そりゃ生まれ変わるとしたら、消えてしまうかもしれない。でも、会ったこと話したことは、記憶に刻まれて消えない」
夕介はおじさんを見た。
おじさんは空を見たまま続ける。
「消えないさ……。きっと」
「そうですか……消えないか──」
と夕介も空を見た。
「じゃあ、おじさんも?」
「ああ──。また話そうじゃないか」
「はい。話しましょう──」
おじさんはベンチから腰を上げると、それじゃあ、また、と歩いていく。
「…………また」
薄れゆくおじさんを見送りながら、夕介は呟いた。
*
「十川さん?」
龍野涼は、家の前でぼんやりしている夕介を見つけて、声をかけた。
「どうしたんすか?」
「…………ん? あ、涼くんおかえり──」
「ただいま……、じゃなくて、何やってんすか」
「え? いや、特には……、あ、毛玉がね、黄緑色になったんだけど、鈴木くんは何か言ってた?」
どこかいつもと違う夕介を見ながら、涼は首を傾げた。
「いや……言ってなかったと思いますけど……」
「そっか──」
夕介はまたぼんやりと空を見る。
「記憶に刻まれて……消えないって」
「は……?」
「ううん──こっちの話」
夕介は笑って、涼を見る。
『こっち』ってどこ……と涼は苦笑いするのだった──
夕介「消えないって、いいな──」
次回は再来週になります。