黒い手・縁側の下
鈴木、佐藤、史葉に会う。
龍野涼は鈴木遣の様子がおかしいことに気づいた。
何やら、足取りが重たそうに見える。
「鈴木、どうした?」
「え……?」
「なんか、だるそう」
「あぁ……うん、ちょっと肩が──」
と鈴木は右肩を触って、苦笑いする。
涼には視えていないが、鈴木の肩には黒い手が掴まっている。
「十川さんとこ、行く?」
「あぁ、うん──そのつもり……迷惑じゃないかな」
「大丈夫大丈夫、十川さん優しいし──」
十川夕介。涼の近所に住んでいる。視える人だ。
前に涼の勧めで会ったのだ。
「じゃあじゃあ、私も行っていい?」
と佐藤縁が目を輝かせてやってきた。
鈴木は苦笑いで、まあ……と頷く。
「じゃあ決定ね! 楽しみ〜」
佐藤は怪談話など好きなので、この手の話には目がない。
「じゃ、放課後。十川さんちに──」
苦笑いの鈴木とノリノリな佐藤に、涼は言った。
*
「お前なあ! 何だコレは!」
涼たちが夕介の家に行くと、黒岩史葉が庭で怒鳴っていた。
「え? 誰あの人……」
「ちょっと怖い……」
佐藤と鈴木がひそひそと涼に言う。
「十川さんの友だち。黒岩さん──」
涼たちに気づいたのか、史葉が顔を横に向けた。
「あ? 誰だ?」
「どうも、黒岩さん──こちら、友だちの鈴木と佐藤です」
「──黒岩だ」
と史葉は機嫌が悪いのか、腕を組んだまま言う。
「……何かあったんすか?」
「あ──? こいつがな、俺のスーツ汚したんだよ──」
縁側には、軽く土で汚れているスーツが置かれていた。
「おれじゃないんだよ、でも史葉に言っても信じてもらえないし──」
と夕介が困った顔で涼たちを見る。
「それって、もしかしなくてもそうですよね?」
と佐藤が目を輝かせる。
「ははは……佐藤さん、史葉の前でそれは……」
と夕介は苦い顔をする。
佐藤がちらりと史葉を見ると、笑っていた。だが、目は笑っていない。
「あはははは……冗談ですよ、冗談──」
佐藤は額に汗を浮かべる。
今日初めて史葉に会ったにも関わらず、この手の話はだめだと佐藤は感じた。
「じゃあネコすか?」
「いや……違うんだよね……」
土で汚れている所をよく見ると、何やら手のような形をしている。
「だからお前かって聞いてんだろ」
「だから違うって──鈴木くん……?」
ふと鈴木の肩に目をやって、夕介は声をかけた。
鈴木は困った顔で「わかりますか?」と右肩を触る。
「肩、重いでしょ」
「……はい」
「なになに?」「佐藤は静かに」と涼が佐藤に言う。
史葉は眉をひそめて鈴木を見る。
「なに、君も視えるの?」
「え……あ、はい──」
「ほう。そうかそうか」
と史葉は鈴木の前に立つ。
若干、鈴木は後ずさる。
「──右肩か?」
「はい……」
夕介は面白いなぁ──と鈴木の右肩を視ている。
鈴木の右肩に掴まっている黒い手は、ススス……と肩の裏に移動した。
「はは。史葉、右肩の裏辺りに居るよ」
「ああ? 視えねえつってんだろ──!」
スーツを汚されて怒っている史葉は、鈴木の右肩を叩いていく。
「痛っ」
「史葉、ちょい裏──」
「ここか──っ」
「ちょ、痛っ」
鈴木が背中を向けて逃げようとすると、最後に背中を叩いた。
「痛っ──」
「あ、消えた」
黒い手は、ぶわっと空気に散るように消えた。
史葉はざまあみろというような顔をする。
「鈴木くんどう?」
「……ぁ、はい──軽いです!」
と鈴木は肩を回して笑う。
「良かったね──やっぱり史葉強い」
「あ? はぁ……もういい。クリーニング代寄越せ」
史葉はスーツを手にすると、ぱんぱんと叩いて夕介に手を差し出す。
「ええ……?」
「お前んちのがやったんだろ。出す義務がある──それか教育しとけ」
と史葉は溜め息を吐くと、庭を出て行く。
佐藤は出て行った史葉を見て、涼に言った。
「意外と、良い人なんだね」
「良い人だよ。ちょっと言葉遣いが怖かったりするけど、慣れれば普通」
「へぇ──」
「十川さん、ありがとうございました。あの、黒岩さんにもありがとうございましたって伝えてください」
と鈴木が嬉しそうに言う。
「もちろん、伝えとくよ──」
と夕介は笑った。
三人が帰った後、夕介は史葉の言ったことを真に受け、少しだけ縁側の下に居るモノたちに説教をした。
だが、夕介の家の前を通った人たちには『不審者』から『独り言の多い不審者』と、より悪い印象になるだけなのだった──
夕介「『ありがとうございました』だって」
史葉「それよりクリーニング代寄越せや」
夕介「……洗濯物しまわないと──(はぐらかす)」