同級生×2
涼の友だち二人です。
植物は生きている。
「ん〜、いい天気だなぁ──」
朝食を済ませ、十川夕介は縁側で陽に当たっていた。
「桜もまだ、残ってるな」
近所の桜もまだ咲いている。
だが、風が吹く度に散っていて、雨でも降れば散ってしまうだろう。
「……あ、涼くん行ってらっしゃい」
「十川さん、ひなたぼっこすか?」
「そうそう。春だね」
と夕介は笑って、スポーツバックを肩に掛けた龍野涼に言う。
涼は塀に近寄って柵を掴むと、苦笑いした。
「涼くんはやめてくださいって──」
「だって、涼くんは涼くんだし」
「まあ、そうすけど……」
「それより時間、大丈夫?」
「……行ってきます──」
「気をつけて」
と夕介はひらひらと手を振った。
ふと何かを感じて横を見ると、人の影みたいなモノが、やっぱり手を振っていた。
「……ま、いっか──」
見送るだけなら、涼くんに害はないだろうし──と夕介はまた桜を眺める。
風が吹いて、ひらひらと舞う。それに混じり、淡い黄色の毛玉みたいなモノも、ふわふわと舞っていた。
*
「いる……」
「ん。どうした鈴木──」
鈴木 遣が、黒板の上辺りを見て固まった。
今は六時間目の数学で、皆眠そうな顔で授業を受けていた。
「龍野は……視える?」
「いや、視えん──そもそも信じてない」
数学教師にバレないよう、声を潜めて話す。
鈴木は涼の右隣に座っている。
鈴木も夕介と同じタイプの人間で、視えるし聞こえる。夕介と違うのは、話さないこと──。
「……黒板の上辺り、長い髪の毛がはえてる……」
「……へぇ──」
涼も黒板の上辺りを見てみるが、特に何もない。
すると鈴木が、ひっ、と小さく悲鳴をあげた。
「どうした?」
「ぁ、動い……無理っ──」
と鈴木は俯く。
小刻みに震えていた。
「大丈夫か──?」
「髪が……、壁からっ……か、顔が──」
鈴木が見たものは、女性の顔だった。
長く垂れていた髪がもぞもぞと動いたかと思うと、そこから青白い顔の女が見えたという。
「授業終わったぞ」
「…………うん──」
授業終了後涼が声をかけると、鈴木はゆっくり顔を上げて頷いた。明らかに顔色が悪い。
涼は気の毒そうに言った。
「ノート、貸すよ──それと、近所に鈴木みたいな体質?の人が住んでるんだけど、会ってみる?」
「え……?」
「何か変わるかはわからないけどさ。どうよ」
鈴木はちょっと考えてから、何かを決意したように頷いた。
「……うん。会ってみる」
「じゃあ、部活終わったら案内する」
早めに終わらせるから──と涼は笑う。
写しながら待ってるよ──と鈴木は微笑した。
放課後、涼が部活に行っている間。鈴木は教室で、数学のノートを写していた。
「すーずき」
「え……? あ、佐藤……」
顔を上げると、机の前に佐藤 縁が何やらにこにこしていた。
「……なに?」
「鈴木ってさ、『視える』んでしょ?」
「…………だったら?」
佐藤はぱっと目を輝かせて訊く。
「じゃあじゃあ、今までも視てきたんだよね!?」
「そうだとしたら、なに──?」
佐藤は大の怖いもの好きで、怖い話、幽霊、妖怪、都市伝説、学校の怪談などなど、そういう類が大好きな女子だ。いつも「視たい視たい!」と言っていて、見たくないのに視てしまう鈴木からしたら、理解できない人物だった。
「すごいすごい! やっぱりぼやけてたり、透けてたりする? それともハッキリしてるの?」
「…………どっちも」
「へえ! すごいなぁ──」
佐藤だけが盛り上がっていると、涼が教室に戻ってきた。
「あれ、佐藤。どうした?」
「ちょっと鈴木に色々聞いてた」
「……龍野は部活終わったの?」
「へえ──今日はすぐ終わった。助っ人みたいな部活だし──鈴木も写し終わったか?」
「うん。終わった。ありがとう」
とノートを返して、鈴木は立ち上がり佐藤を避けて行こうとする。
「じゃあ、行くか──」
「どこ行くの?」
涼が鈴木と行こうとすると、佐藤が首を傾げて訊いた。
「鈴木と同じ体質?の人のとこ」
と涼が答える。
佐藤は一瞬考えるような顔をして、理解したのか笑って言った。
「私も行っていい?! その人に興味ある!」
「俺はいいけど……鈴木は?」
「いいよ……べつに」
鈴木は少し嫌々ながらも言う。
佐藤はそんな鈴木に気づいていないのか「やった!」とガッツポーズをした。
そして三人は、夕介の家に向かった。
*
夕介の家の近くに来ると、夕介は家の前で涼が今朝会った時のように、桜を見ていた。
「なんか、不思議な人だね」
「確かに……」
佐藤と鈴木の言葉を後ろに聞きながら、涼は夕介に声をかけた。
「十川さん、何してんすか」
夕介は涼の声に気づき、顔を向けた。
「桜、見てた。黄色の毛玉もまだ舞ってるよ」
三人は夕介に近づき、涼が紹介する。
「十川さん、俺の友だち紹介します。鈴木と佐藤です」
「涼くんの友だち? へぇ、よろしくね。おれは十川夕介です」
と二人を見る。
「鈴木遣です」
「佐藤縁です。不思議なことが大好きです!」
「鈴木くんと、佐藤さんね──不思議なこと?」
と夕介は佐藤を見る。
佐藤は「はい!」と意気込むと、ぺらぺらと話し出す。
「私、幽霊とか全く視えないんですけど、そういうの信じてて、鈴木は視えるらしくて、いいなぁと思ったりなんかも」
「っ、いいわけないだろ……! 視たくて視てるわけじゃない──!」
鈴木が我慢が出来なくなったように声を荒げた。
佐藤と涼は驚いて鈴木を見る。
「…………」
鈴木はぐっと歯を食いしばって俯いた。
すると夕介は「じゃあ」と笑って言う。
「ちょっと、公園行こうか──」
*
近所の公園に移動して、夕介は三人をベンチに座らせた。
そして夕介は話し出す。
「ここの公園って『出る』んだって」
「ほんとですか!? まさかこんな穏やかな公園にも……」
と佐藤は唸る。
鈴木と涼は夕介を見ていた。
「佐藤さんがそういうの好きだって口にするのに、べつに口出しするつもりはないけど、時と場合は考えてほしい──そういう話をして、集まってくることもあるかもしれない。それで被害を受けるのは、鈴木くんみたいな人だったり、もしかしたら佐藤さんかもしれない。涼くんかもしれない……。それはちゃんと頭に入れておいて?」
「ぁ、はい……」
と佐藤はしゅんとして肩をすぼめる。
「鈴木くん。鈴木くんは、視えるんだよね?」
「……はい、あと聞こえます」
「あ、じゃあおれと同じだ──」
と夕介は笑う。それから桜を指差して、夕介は訊く。
「鈴木くんは、黄色の毛玉視える?」
夕介の指差した方に顔を向けて、鈴木は頷く。
「はい。ふわふわしてます」
「あ、やっぱり? ふわふわだよね──」
佐藤は「なになに?」と涼に訊くが、涼にも視えてないので「わからん」と返す。
「じゃあ、ちょっと鈴木くんこっち来て」
「はい……?」
手招きされるがままに、鈴木は夕介の後をついて行く。
佐藤が行こうとしたのを、涼はそっと引き止めた。
少し奥に進むと、一際大きな桜の木があった。
夕介はその木の前まで行くと、振り返って鈴木を見た。
「ここには、何が視える?」
鈴木は周りを見渡してから言った。
「……黄色の毛玉しか視えません」
「そっか。他にも色々居るんだけど──」
と夕介は周りを見渡してから「視えないならいっか」と鈴木に視線を戻す。
「鈴木くんは、怖いのばっかり視てきたの?」
「……まぁ、割と……はい」
「そっか──おれは色々視てるから何とも言えないけど……。鈴木くんの周りには、優しいのがいっぱいだよ」
「え……?」
夕介は笑って、桜の木に手を当てた。
「桜さん、ちょっと、鈴木くんに力を貸してあげてください」
サワサワサワと桜が小さく揺れる。
風は吹いていない。
「鈴木くん、ちょっと触ってみて」
夕介に言われるがまま、鈴木はそっと桜に触れた。
「ぁ……」
温かい──陽に当たっていた暖かさではなく、人のような温もりが桜から鈴木の手のひらに伝わる。
「桜さん、ありがとうございます──どう?」
夕介が微笑んで鈴木に訊くと、鈴木は笑って頷いた。
「……はい、大丈夫です──」
何が大丈夫なのか鈴木自身わからなかったが、何となく大丈夫だと言っていた。
「うん、戻ろうか」
「はい」
夕介は先導して、鈴木と二人の元に向かった。
歩きながら、鈴木はいつも見ている風景がちょっとだけ変わった気がした。
戻ると、涼と佐藤はベンチから立っていた。
「あ、先帰ったのかと思いましたよ」
「えー? 帰らないよ──ごめんね、待たせて」
「何か視えた?」
「いや……『感じた』かな」
と鈴木は佐藤に言った。
「あ、あと、ごめんね……さっき考えてたんだけど、十川さんの言うとおり時と場合を考えてなかった……気をつけるよ」
「それならいいよ。僕もさっき声荒げてごめん」
二人は顔を見合わせて、お互いに笑った。
涼はそんな二人を見て、夕介に訊く。
「何かしたんすか?」
「え? 何もしてないよ。したとしたら、それは桜だ」
「……桜?」
「そう。桜──」
と夕介は笑う。
涼はよくわからなかったが、ふーん、と言った──
鈴木・佐藤「また来てもいいですか?」
夕介「え、まあ、うん──どうぞ(微笑む)」
次回から色々出る予定です。