ゾッとした
お久しぶりです。
史葉が軸です。
そろそろ梅雨も終わりだろうと油断した黒岩史葉は、帰りに会社から出て舌打ちをした。
朝は晴れていたのに、今は雨が降っている。
「なんか、前にもこんなことあったよな……」
と史葉は苦い顔をした。
前は、寿退社をしていないはずの畠さんに、赤い傘を貸してもらったのだ。
傘を返しに行ったら、生き霊じゃないかと話していたのを聞いて、そんなわけあるかと史葉は思ったのだ。
「はぁ……。今日こそ濡れて帰るか……」
と史葉が一歩踏み出そうとした時、スマホが鳴った。
史葉はスマホを耳に当てて、電話に出る。
「……もしもし」
『あ、史葉? 今から帰り?』
十川夕介からだった。
史葉は「あぁ」と頷いて答える。
「そうだよ、あいにく濡れて帰るんだけどな」
『たぶんもう着くよ』
「は?」
と史葉は間抜けた声を出す。
「何、お前が迎えに来てくれんの」
『いや、影くんが行ってるから。たぶんもう着くんじゃないかな』
「影くん……って、お前んちに居るっていうあれか」
『そうそう。人に見られたらダメだよって言ってあるから、たぶん会社と隣の建物の間から出てくると思うから、その時はよろしくね』
「は? ちょっと待てよ、俺そいつと面識ないぞ?」
と言うと、夕介が『大丈夫だよ』と笑って答えた。
『青い傘が近付いてくるから、その傘をさして帰ってくれればいいんだ。あと影くんは史葉のことわかるから、史葉に近付いてくる青い傘が影くんね』
「はぁ……」
『うん。だからよろしく。じゃあね』
と夕介は通話を切る。
一方的に切られた史葉は、少しの間スマホを見つめてから、胸ポケットにしまった。
「……隙間から出てくるって──」
と史葉がふと右を向いたら、ちょうど隙間から青い傘が出てきて、パッと開いた。
「…………マジか」
少し驚いたまま見つめていると、その青い傘はスススと史葉の所まできて、止まる。
史葉はおずおずと青い傘を掴んでから、小さくお礼を口にした。
「……ありがとな」
すると傘が微かに揺れて、史葉は苦笑いする。
「ほんとに居るんだな……」
その言葉に影くんは反応はしなかった。
とりあえず、史葉は帰ることにする。
夕介もそのまま帰ってくれればいいと言っていた。
「……ま、いつか返せばいいか」
と史葉は青い傘を見て呟く。
それから、居るかいないかもわからない相手に向かって話すのもおかしいだろうと思い、史葉は黙ったまま帰り道を歩いた。
特にいつもと変わらない景色の中を、雨と一緒に歩いていく。
「早く梅雨明けねえかな……」
そう呟いて、少し広い道路を横断しようとした時、目の前が急に明るくなった。
「え──」
プァーという音と共に、視界が真っ白になる。
それからグンッと傘に引っ張られた。
「……え?」
気付くと道路の端に尻餅をついていて、近くに青い傘が転がっていた。
周りに居た人たちも、何が起こったのかとざわついている。
目の前の道路は普通に車が行き交っていて、何事もなかったかのように車が流れていく。
「…………は?」
史葉は何が起こったのかわからないまま、少しの間雨に打たれていた。
*
「あ、お帰り影くん。ありがとう」
帰ってきた影くんに夕介がそう言うと、影くんは両手を振っていやいやと反応する。
「……史葉、大丈夫だった?」
夕介が苦笑いして訊くと、影くんは少し戸惑うような仕草をしたあと、小さく丸を作って見せた。
「……うん、掠り傷はしたかもしれないって? そっか、でも大きな怪我はしてないんでしょ? ……うん。なら良かった、きっと驚いてるだろうけど、おれ行けなかったから、影くんに行ってもらえて良かった」
と夕介は安心したように笑う。
「とりあえず、傘返しに来てもらうついでに、話そうかなぁ……。信じてもらえないだろうけど──」
と夕介は苦笑いした。
*
後日、傘を返しに来た史葉に、夕介は話した。
その日は変な夢を見たこと。
その夢が不吉で、胸がざわついたこと。
そしてその不吉な夢に出てきたのが史葉だったこと。
だから影くんを行かせたこと、などなど……。
一切、そういうことを信じない史葉も、今回は真剣な顔で聞いていた。
そして最後に「そうか……」と呟いた後に「ありがとな」と言った。
夕介は「うん」と頷いてから「死ななくて良かった」と言った。
もしあの時、夕介から頼まれた影くんの傘を使っていなかったら……。
そう考えて、史葉は初めてゾッとしたのだった──
史葉「夕介の一言にゾッとしたわ」